第33話
授業が終わった直後、小林が振り向いてきた。だが、何をするでもなくスマートフォンをいじっている俺の手をじっと見つめている。
「な……何?」
「や、高橋って手大きいなって」
小林はそう言いながらパーの形にした手を見せてくる。大きさを比べたいということなんだろうか。
手のひらを小林の手のひらと合わせると指の関節一つ分俺の指が長いことがわかった。
「ほらね。大きい」
小林はお互いの手を愛おしそうに見つめながらそう言う。
「ふ、普通だよ」
小林が妙に可愛らしいことをしてくるので照れながら顔をそらし手を外そうとすると、小林が俺の指の隙間に自分の指を絡めるように手を握ってきた。
いきなりのことに驚きながらその手を見つめる。
「……ん?」
「や、これは私を遠隔操作してる人がコマンド入力を間違えた」
小林は慌てて手を外して前を向く。
なんだなんだ……また何か変なことを考えているんじゃないか?
自然と手が触れるような導入だったけど、少なくとも小林がそんな小悪魔ぶりっ子みたいなことをするはずがない。
不思議に思いながら小林の背中を見つめていると、少ししてまた小林が振り返ってきた。
「ね、高橋。次の授業なんだっけ?」
小林はやけに鼻にかかった声で話しかけてきた。
「世界史だけど……それより大丈夫?」
「ん、何が?」
「すっごい鼻声だけど……体調悪い?」
「や、すこぶる元気」
小林は首を傾げながら前向く。やっぱなんかしてるな……
疑いが確信に変わってきたところで小林がまた振り向いてきた。何かを仕掛けているのが丸わかりな雰囲気で、顎を引き、俺を睨みつけてくる。
「な……何か?」
戸惑いながら小林に尋ねると、俺を睨みながら首を傾げた。
「や、何も」
そう言いつつも小林は首を左右に振りながらガンを飛ばすように俺を睨んでくる。意図が分からなさすぎるぞ……
「何もないのに睨まないでよ……」
「や、別に睨んでるわけじゃ――あ、睨んでるみたいにみえる?」
「うん。親の敵くらい睨まれてる」
「高橋、誰かの親を殺したことあるの?」
「ないよ」
「じゃ、その例えが正確かどうかは分からないね」
小林は捨て台詞を吐いて前を向き、スマートフォンの内側のカメラを起動し、色んな角度から自分を睨みつけ始めた。
さすがに怖くなってきて隣の席の理栗に小林に聞こえないように話しかける。
「ね、ねぇ……あれ何してると思う?」
理栗は小林の方を見て首を傾げる。
「うーん……睨んでる……? あ、上目遣いの練習かな?」
「う、上目遣いってあんな感じなの?」
「こんな感じぃ」
理栗は可愛らしく顎を引き、上目遣いで目をパチパチとさせながら俺を見てきた。さすがのメインヒロイン力。完璧な可愛い上目遣いを使いこなしている。
一方、小林。完全にストリートでフリースタイルのラップバトルが始まる前の目つきをしていた。
だが、小林に「上目遣いが下手だよ」なんて言えるわけもない。
そもそも何のために上目遣いの練習をしているんだろうか。狙ってやらなければできているときもあるのに、わざわざ練習をするなんて……
練習に勤しんだ小林はまた俺の方を振り向く。
今度は何が来るのかと身構える。
小林は真顔のまま「え? 地球って太陽の周りをまわってるの? 逆だと思ってた」と言い放った。
「……天動説信者?」
「や、私馬鹿だからさ」
「今のこの時代に天動説を信じてるのは馬鹿というか愚かな人だよ」
「や、今日も高橋の言葉のナイフはいい切れ味だね。これからも頑張るんだよ」
小林は今日の集大成とばかりに俺の手を握って睨みつけながら鼻声で言った。
「あ……う、うん……」
小林はにやりと笑うと前を向いた。だめだ、意味がわからなさすぎる。
「こ、小林」
小林は嬉しそうに微笑みながら即座に振り向き、首を傾げる。
「ん、何?」
「さ、さっきまでのは何だったの……?」
小林はじっくり考えてから「あのさ」と言った。
「高橋は平均的な男子? ちなみにあそこの長さを聞いてるわけじゃなくて中身の話をしてる」
このクッションにならないワンクッションの置き方は確実に小林だ。普段通りに戻ってきて何故か安心してしまう。
「まぁ……そうだと思うよ。モブだし」
「ん。だよね。平均的な男子はあざとい小悪魔女子が好きだと生成AIが教えてくれた」
「そんなこと聞いてたんだ!? ……ってことはさっきのはあざとい女子っぽいことをしてたってこと?」
上目遣いというのもそれなら納得できる。
「や、『してたってこと?』って聞かれるくらいにはできてなかったんだ」
小林が肩を落とす。
「ソッ、ソンナコトナイヨ!?」
「や、棒読みだ。はぁ……そうかいそうかい……」
テンションの下がった小林はまたもや前を向く。これまでよりも背中が丸いので妙に哀愁が漂っている。
とはいえ何かしらフォローはしたほうがいいんだろう。俺が背中をつつくと小林がジト目で振り向いた。
◆
『あざとい小悪魔女子になりたいからやり方を教えて』
『はい。わかりました。あざとい小悪魔女子になりたいんですね。あざとい人はさりげないボディタッチ、アニメのような可愛い声、上目遣い、天然キャラを使いこなします。これらのテクニックを使えばあなたはあざとい小悪魔女子と思われるでしょう』
手に触れてみたけど何もなく、ぶりっ子っぽく鼻にかけて喋ってみたら体調不良を疑われ、上目遣いは睨んでいると言われ、天然ではなく愚かと言われてしまった。
「全部効果ないじゃん……うそつき」
教室で前を向いたままぼそっとAIに毒づく。
この手の仕草はメインヒロインのような人がやるべきで、それが自分ではないということなんだろう。
どうすれば高橋の興味をもっと引けるのか、そればかり考えてしまう。いっそ振り向きながら服をたくし上げておっぱいでも見せてみようか。いや、さすがに無理か。
「はぁ……」
ため息をつくと同時に高橋が背中をつついてきた。
仕方なく振り向くと、高橋はやけに真剣な目をしていた。
「俺、小悪魔より大悪魔派だよ」
「大悪魔?」
高橋は頷きながら私を指さす。
「ふふっ……私って大悪魔なんだ?」
「でぃ、ディスってるわけじゃないよ!?」
「大悪魔って褒め言葉なんだね。ふふっ……面白……」
私が笑うと高橋も照れながら顔を赤くした。
「ほっ、褒めてる褒めてる! 褒めてるよ!?」
高橋が慌てながらフォローをしてきた。
「や、嘘。騙されないから。大悪魔なんてディス用語だよ。小悪魔は褒め言葉だけど」
「じゃあ……小林も褒めてる言葉なのかな」
高橋はふと思いついたようにそう言う。
「ん。大林はディス用語」
私がニヤリと笑いながらそういうと高橋も嬉しそうにニヤける。
あぁ、そうか。この人は
私の素は変わっていて――あれ? けどモブでいたいはずなのに変わっているなんて。
いや、それが私の個性なのか。
目立つことは嫌いだし主人公にもなりたくない。注目を浴びるなんてごめんだ。
けど……やっぱりヒロインにはなりたいのかもしれない。
「ね、高橋」
「何?」
「私、ヒロインになりたい」
高橋は驚いた顔で絶句してしまう。少しして笑いながら「いいね」と言ってくれた。
けど、それ以上は何も言ってくれない。そりゃそうか。ヒロインになりたいって言っても何をすればいいのか分からないんだから。
けど、こんなに心をざわつかせてくるんだから、多分この人は私よりよっぽど小悪魔だ。
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