ダンジョンコアと私【改稿版】
仲津麻子
第1話コアルームの子ども
ダンジョンに意志があるのかなんて知らない。 それなのになぜ、ダンジョンが私のような得体の知れない子どもを生かしているのか。
私は気がついたらここにいて、ダンジョン
コアルームに湧き出ている泉に体を映してみると、私は今、五歳か六歳くらいだろうと思う。
私には前世の記憶があった。シングルマザーとして二人の子を産み育て、質素ながらもそこそこ満足して寿命を全うした。
子どもたちに見守られて、病院のベッドで静かに息を引き取ったはずだった。
ところが、気がつけばここにいて、ブリリアントカットにも似た、緻密な装飾の宝石のかたわらで目が覚めた。
無機質な白い壁に囲まれた四角い部屋のまんなかに、巨大な赤い宝石、ダンジョンの
ところが、わたしのお腹が空きすぎて体を起こしていられず、コアにもたれて「ブリンが食べたいな」と考えたら、目の前にそれがあらわれた。
前世の子育て中よくおやつに作ったプリン。少し固めで卵の香りが懐かしい。あのプリンが出てきたのだった。
どうやら、望んだものが出てくるらしいとわかった私は、遠慮なくさまざまなものを思い浮かべた。
食物はもちろん、ソファやテーブル、絨毯、ふかふかのベッドに、クローゼット、着替え各種。子どもの頃欲しくても買ってもらえなかった大きなクマの縫いぐるみに、退屈しのぎのジグソーパズル。
コアルームの一画を私の部屋にしてしまったのは図々しかったかもしれない。でもコアの方でも、私がイメージした物を、冒険者を呼びこむための珍しいドロップ品として利用していたらしいから、そのあたりはお互い様だと思う。
コアルームの中には誰も入ってこなかった。どれほどの時間がたったのかわからないが、私はずっとひとりだった。
それでも退屈しなかったのは、コアがさまざまなことを語りかけてくれていたからだ。
どういうしくみで、私がコアの意志を読み取れていたのかはわからない。少なくとも知っている言葉ではなかったと思う。
コアを通じて直接流れ込んでくる膨大なデータが、私の脳を成長させてくれた。体は子供でも、人間としては収まらないほどこの世界の知識を得てしまったのだった。
そう、この世界。私がかつて生きていた地球とはまったく違う世界。ここに生きる上で知っておくべき常識はもちろんのこと、この世界の成り立ちから歴史、社会構成、文化生活など、ありとあらゆる知識が、少しずつ私の脳に刻み込まれた。
私は経験がなくて知識だけの、いわば「頭でっかち」な子どもだったと言えよう。こうして冷静に自分を客観視できているなんて、私が知る限り五歳の幼子にできようはずもないからだ。
前世での記憶があるため思考は大人だったが、知識の量に比べて肉体の成長は遅かった。体は置いてけぼりになってしまい、体力はなかった。
そこで私はコアルームの中を歩きまわることにした。
最初は数十歩歩くだけで息が上がるほどだったが、すぐに部屋の端から端まで歩けるようになり、やがてはぐるぐると走り回れるようになった。
ある程度体力がついて来た頃、コアは私の前に小さな魔物を一体出現させた。
イタチのようなかわいらしい姿をしていたが、小さいとは言っても魔物は魔物。本能的に目の前の生き物を攻撃するようにできているようだった。
私は襲いかかってくる魔物を避けるために逃げ回った。
魔物は鋭い爪で私の皮膚を切り裂いた。白い床に赤い血がほとばしり、気が遠くなるような痛みに苦しんだ。
こんなひどい痛みを感じたのは初めてだった、前世でけがをした時でも皮膚が深くえぐられるような傷を負ったことはなかった。
誰も助けてくれる人はいなかった。当然のことながら、部屋に動けるものは、私とこの魔物しかいないのだから。
しばらく逃げ回っているうちに、私のまだ柔らかい皮膚はズタズタに切り裂かれた。感覚がマヒして痛みさえ感じなくなっていた。
こんな小さな魔物にさえ躱せないほど、私は非力だったのだ。息が切れて苦しかった。口をハクハクさせるだけで息を吸うことができなかった。
このまま死んでしまうのかもしれない、もうほとんど残っていない体力を振り絞って両手をバタバタと振り回し、飛び込んで来るイタチの体を振り払った。
ガツンと音がした。飛び込んできたイタチの重みが私の細い腕にかかって、しびれるような震えが体に走った。
偶然だったのか、わからない。私の腕に振り払われたイタチが床にたたきつけられ、動かなくなった。
私は自分が生き伸びられたことにも気づかず、ただ床に転がった魔物を見ていた。
魔物はしばらくのあいだ、そこにとどまったが、やがて床へ溶け込むようにしてフイッと消えてしまった。
すると突然、体の奥から何か熱いものが噴き上がるようにわいてきて、体をおおうように広がった。
細胞のひとつひとつが激しく沸騰するように揺さぶられて、なんともいたたまれなくなりその場にうずくまった。
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