第22話 天音と九尾

 「わたしがあなたを使役する……!」

 

 九尾が天音から呪力を奪おうとする。

 それを皮切りに、今度は天音から仕掛けた。


 これこそが移行作戦『オペレーションβベータ』だ。


「御神楽さん、一体何を……?」


 ただし、凪夜には伝えられていない。

 これは天音から提案した、最後の作戦だからだ。


(悪いわね)


 事の発端は、一昨日。



────


 一昨日、夜。


「話があるの」


 天音はカシラに直接連絡を取った。

 以前入手した、討魔師用の小型イヤホンを使ってだ。


『これは天音様。九尾討伐作戦についてでしょうか』

「ええ。御神楽実家でとある資料を見かけてね」

『……なんでしょう』


 資料を片手に、天音は口にした。


「九尾の封印方法について」

『……!』

「かつては御神楽家わたしたちの先祖──陰陽師の多大な生贄いけにえによって封印したそうですよ」


 カシラの反応をうかがいながら、天音は切り出す。


「それとこうも書かれてあった。その時は“使役に失敗した”って」

『……はい』

「すでに知ってた口ぶりですね」

『……』


 カシラは口をつぐむ。


 彼女は本来は天音の味方だ。

 職務上、決められた指示を送っているが、本音ではあまり無理をさせたくない。

 カシラも、上層部と本音で板挟みなのだ。

 

『それを知って、君はどうするつもりだ』

「わたしがやります」

『……!』

「わたしが九尾を使役してみせます!」


 天音自らが提案した。

 それには、立場上カシラもNOとは言えない。


『……では、段取りを伝えます』

「ええ」


────



 カシラからの指示を思い出し、天音は順序を辿る。

 精神を集中させると、目の前の景色が変わった。


(来たわね……!)


 周囲は、見渡す限り白色の空間。

 まるで精神世界のような風景だ。


 その空間にいるのは、二人。

 天音と九尾。


『我に勝負を挑むとは。中々面白い小娘ね』

「……っ」


 天音は巨大な九尾を見上げる。

 恐ろしき怪異だ。


 だが、ここは現実世界ではない。

 勝負を左右するのはただ一つ。

 心の強さのみ。


「わたしに従いなさい!」


 空間から複数の鎖が出現し、九尾を縛り上げる。

 これは心の主導権を握る戦いだ。

 精神の優位がイメージとなって現れる。

 

『まだまだねえ』

「……!」


 だが、鎖は簡単にバラバラにされる。

 天災級たる九尾は、絶対的な自信を持っているのだ。

 簡単に使役されるたまではない。


『ほら、もっと楽しませてちょうだい』

「言われなくても!」


 二人は精神世界で攻防を続ける。





 そして、凪夜たち討魔師も動いていた。

 九つの尻尾が暴れ回っているのだ。


「ぐうっ……!」

「「「うわああっ!」」」


 凪夜ですら、一つしか受け止められなかった尻尾だ。

 それが九つともなれば、対処は困難を極める。

 討魔師は距離を取る以外の方法が取れない。


(み、御神楽さん……!)


 だが、これは九尾が苦戦しているからこそ。

 天音が善戦している証拠とも言えた。


 しかし──


「ううあぁっ!」

「「「……!」」」


 九尾の手の中で目を閉じる天音が、突然声を上げる。

 これには討魔師たちも焦りを見せた。


「なんだ!?」

「逆に支配されたのか!?」

「それはまずいぞ……!」


 “あかつき御子みこ”である天音が支配される。

 それはすなわち、九尾が完全復活を遂げるということだ。

 今ですら手に負えない強さの上、そうなれば未曾有みぞうの事態はまぬがれない。


 ならばと、一歩踏み出す者がいる。


「僕が行きます」

「「「……!」」」


 前に出たのは、凪夜だ。

 

月燈つきとうさん!」

「無理です!」

「その傷では!」


 凪夜は先程、尻尾の振り回しをもろに食らっている。

 いくら呪力で防御したとはいえ、すでに体はボロボロのはずだ。

 それでも、凪夜は前だけを見ている。


「御神楽さんだけを、戦わせてはおけません……!」

「「「……!」」」


 すると、その隣に立つ者もいる。


「お供するっす、師匠」

「……!」


 銃を構えたのは、疾風。

 凪夜のケガが心配じゃないわけではない。

 しかし、ここは弟子として凪夜の気持ちを尊重した。


「どうせ止めても行くんでしょう」

「そうですね」

「「「……っ」」」


 少年二人が立ち上がったのだ。

 それで周りが感化されないはずがない。


「俺たちもできることをやります!」

「月燈さんを前に行かせるぞ!」

「ええ、やりましょう!」


 彼らも自分たちの役割は理解している。

 九つの尻尾をくぐり抜け、凪夜を最前線に持って行く。

 それが使命だ。


「皆さん……!」


 討魔師たちも決意を固める。

 心を一つに、一斉に前へ駆け出した。


「「「うおおおおおおっ!」」」


 相手にするのは、九つの巨大な尻尾。

 その困難を例えるなら、九本もの“大縄跳び”だ。

 さらに、かすりでもすれば致命傷は免れない。


 それでも──


「月燈さん!」

「ありがとうございます!」


 凪夜を支え、援護し、それぞれの役目を果たす。


「「「ぐわああっ!」」」

「……っ!」


 ケガ人がゼロとはいかない。

 暴れ回る尻尾により、震動も絶え間なくあるからだ。

 だが、今の凪夜は前を向き続けた。


(御神楽さん……!)


 守ると決めた人のために。

 守ると伝えた人のために。


 そうして、天音の近くまで辿り着く。


『ギャオオオオオ!』

「……!」


 天音付近は、最も激しく、最も堅く守られている。

 まさに最後の関門だ。

 

 それでも、凪夜たちは怯まない。

 隣の疾風に視線を移し、こくりとうなずいた。


「……! いいんすね?」

「お願いします!」

「わかったっす!」

 

 アイコンタクトで通じ合い、凪夜は態勢を整える。

 疾風が構える二丁銃に、両足を乗せたのだ。


「無事に帰ってきてくださいよ!」

「はい!」

「いっけええ!」


 そのまま、疾風は存分の呪力を込めた銃を放つ。

 大きな推進力により、凪夜は真っ直ぐに飛んで行った。


「……!」

 

 すると、行く手を阻むのは何本もの尻尾。

 だが、凪夜は止まる事が出来ない。

 ならば──跳ね返すのみ。


「そこをどいてください! ──【呪力パンチ】!!」

『ギャアァッ!?』


 呪力の拳で跳ねのけ、九尾の首元に着地する。

 その隣には、今なお精神世界で戦う天音がいた。


「うぅ、ああぁっ!」

「御神楽さん……」


 苦しんでいる様子だ。

 しかし、いくら凪夜でも直接介入は出来ない。

 ならばと、せめて一緒に力になりたかった。


「ここで見守ってます」

「……!」


 凪夜がそっと手を触れると、目を閉じる天音がぴくっと反応を見せた。





 再び、精神世界。


「──ハァ、ハァッ」


 天音は息を切らしていた。

 目の前の九尾が強大すぎるからだ。


『だいぶ弱ってきたみたいね、お嬢ちゃん』

「くっ……!」


 何度立ち向かおうと、何度支配を試みようと、九尾はそれをことごとく破ってくる。

 天災級である自分の強さに、絶対の自信を持っているのだろう。

 “あかつき御子みことは言え、一少女の天音には荷が重すぎる。


(わたしは、このまま……)


 精神世界での戦いは、心が削られる。

 九尾という恐ろしい相手に一人で立ち向かい、天音の心はへいしていた。


 怖い。

 辛い。

 そんな感情が、孤独と共に訪れる。


『そろそろ終わりにしようかしら?』

「……っ」


 ──そんな時だ。

 外からふっと感触を感じたのは。


(これって……!)


 ちょうど凪夜が手を触れたタイミングだ。

 その温かさは、天音をふっと落ち着かせる。

 焦りで忘れていたものが、天音の中に蘇ったのだ。


「……そうよ。わたしは一人で戦っているわけじゃない」

『!』

「みんながいて、凪夜アイツがいて、わたしは戦ってる!」


 天音の心に再び炎が灯る。

 そのまま最後の試みに入った。


「わたしに従え!」

『……!』


 空間から出現した鎖が、九尾を縛り上げる。

 これまでで最も強い思念だ。


「はあああああああっ!」

『ぐっ、バカな……!?』


 ぎゅうううと鎖が強まる。

 九尾はほどくことが出来ない。

 使役が進んでいる証拠だ。


 ──すると、天音はとあるものを感じ取った。


「これは……!」


 九尾の奥底に眠る、本当の願いだ。

 幼女の姿をした九尾は、天音に語りかける。


『本当は寂しかったの』

「え?」

『強くなったら、たくさんの人に見てもらえるかなって』

「……!」


 何千年も昔、それが九尾の最初の願いだった。


 ただし、九尾は強くなり過ぎた。

 それで色んな感情を向けられ、憎悪を膨らませた。

 天災級に至ったのも、そうした過程の末である。


 ならばと、天音は笑顔で答えた。


「じゃあこれからはわたしが一緒にいるよ」

『本当?』

「ええ。だから力を貸してくれる?」

『うんっ!』


 幼女の九尾がうなずく。

 

「……ッ!」


 すると、天音の心は精神世界から離れた──。




 

「御神楽さん……!」


 外で、凪夜が声を上げる。


「こ、これは……!」


 九尾の巨体が、思念となって天音に吸収されていくからだ。

 凪夜は天音を抱っこし、見守ることしかできない。


 ──そうして、九尾の体全てが消失した。


「み、御神楽さん……?」

「なんて顔してるのよ」

「……!」


 天音はぱちっと目を覚ます。

 凪夜にお姫様抱っこされる中で、ふっと微笑んだ。


「わたしの、勝ちよ」

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