第8話 天音の本心

 (ど、どうしよう……!)


 凪夜が口を抑えながら、呼吸を殺している。


 焦っているのはいつも通りだが、今回はその比じゃない。

 凪夜がいるのは、教室の“掃除ロッカーの中”。

 また、教室にいるのは一人だけ。


「……」


 その一人は、天音あまねである。


(ど、どうしてこうなった……!)


 凪夜は少し前のことを思い返す。



────


 少し前、校庭。


「師匠、御神楽みかぐらさんがいないっす」

「え?」


 授業が始まる直前、疾風が凪夜にこそっと声をかけた。


 今から始まるのは、体育の時間。

 男女は離れて授業をするが、同じ校庭内だ。

 一応、見える位置にはいる。


 だが、女子の中に天音の姿がない。

 更衣室までは見届けていたので、その後にいなくなったようだ。


「ど、どうして!?」

「分からないっす。とりあえず俺は保健室に行くので、師匠は他をあたってください」

「う、うん!」


 自然と頭に浮かぶのは、最悪の事態。

 二人で息を合わせ、すぐさま行動を取る。

 

「あたたた! 先生、腹が痛いっすー!」

「大丈夫か朝霧あさぎり!?」

「ほ、保健室に行きたいっす!」

「そうか。先生も行くぞ!」


 疾風が大胆に目を惹き、その隙に凪夜は抜け出す。


「……っ」


 凪夜もなるべく忍ぶが、人間がもう一人いなくなるのだ。

 さすがに気づかれる恐れはあった。

 凪夜は警戒しながら、チラリと振り返る。


 しかし──


「朝霧がいなくなったけど頑張ろうぜ!」

「ああ、あとは全員いるからな!」

「男子みんなで一致団結するぞ!」


 凪夜はまったく気づかれず。


「…………」


 そのまま涙を流しながら校舎に戻った。






「教室にもいないか……!」


 悲しみを乗り越えた凪夜は、天音の捜索にあたっていた。

 教室でも見当たらないが、ふいに廊下から足音が聞こえる。


(ま、まずい……!)


 足音は教室に向かってくる。

 ここで誰かに見つかれば、サボっているのがバレてしまう。

 残された選択肢は、一つしかなかった。


(もう掃除ロッカーしか……!)


 凪夜は掃除ロッカーに忍び込んだ。

 すると、誰かが教室に入ってくる。


 入ってきたのは、天音だった。


────



(あ、あぶなかった……)


 教室に入ってきた天音は、掃除ロッカーを確認する様子はない。

 一旦はバレていないようだ。

 それには安堵あんどする凪夜だが、やはり疑問は残る。


(御神楽さん、こんなところで何を?)


 凪夜はロッカーの隙間から、天音を眺める。

 すると、自分の席に座った天音は、いきなり机に倒れ込む。

 そのまま、ぴたっと頬を机にくっつけた。


「ひんやりぃ」

(……!?)


 完全にリラックスした様子だ。

 普段の天音からは考えられない。


「はぁ~あっ」


 どこか声も甘く、姿勢もダラけている。

 普段は多くの者がいる教室に、一人っきり。

 その高揚感が、天音を余計に脱力させているようだ。


(御神楽さん……)


 これが本来の天音なのかもしれない。

 家でも学校でも、天音は常に肩肘を張っている。

 そのきゅうくつかんから逃げ出したくなり、唐突に体育をサボったようだ。


 その感情は、凪夜もなんとなく理解できる。

 同時に、それを人に見られた時の気持ちも。


(バレたら絶対殺される……)


 凪夜は一層、息を潜めた。


「……あ、そうだ」


 すると、天音は一冊のノートを取り出す。

 そのノートを持ったまま教室の席を回り始めた。


「えと、ここは嵐山さんに、遠藤くん」

(……!?)


 生徒の席を指しながら、ノートを読み上げているようだ。

 

「鎌倉さんは、家庭科部か。もしかして趣味が合うかな」

(……!)

「如月さんは、猫ちゃんのぬいぐるみを付けてる。ふふっ、かわいいっ」


 ノートの中身は見えないが、内容は察することはできた。

 おそらくクラスメイトについて書かれているのだろう。


 そこから導けるのは──


「もっと、みんなと普通に話せたらな」

(み、御神楽さん……)


 天音の隠れた本心だ。


「……やっぱりわたし、顔が怖いよね」


 ぺたんと女の子座りになる天音。

 ノートを持ちながら、目元に涙が溜まる。


「変なSP奴らもついてるし、家も普通じゃない」

(……っ)

「わたし、もっと“普通”の女の子で良かったのに」


 これはきっと、家でも口にできない本音。

 今だからこそ言える、心の奥に抱えた言葉だ。


「なんでこうなのかなあ……」


 天音を見張る内に、凪夜も気づいていた。


 天音が人を拒むのは、不器用なだけじゃない。

 自分という厄介者に、一般人を近づけさせない様にしているのだ。

 これは、ひとえに天音の“優しさ”と言える。


「わたしだって、普通に生きたかった……!」


 目元に溜まっていた涙が、こぼれ落ちる。

 その瞬間、凪夜の口は勝手に動いた。


「ぼ、僕が作ります!」

「……ッ!?」


 それはもはや衝動。

 バンっとロッカーを開けた凪夜は、声を上げた。


「御神楽さんが、安心して普通の生活を送れるように!」

「ア、アンタ……」


 その言葉に、天音は目を見開く。

 

「うん。お願いっ」

「……!」


 涙を人差し指ですくい、天音は微笑みながらうなずく。

 その見たことない表情には、凪夜もドキっとしてしまった。


 だが、よく考えればおかしい。


「──って、なんでいるの……?」

「はっ!」


 天音の表情が一変し、いつもの鋭い視線を浮かばせた。

 ふと冷静になったのだろう。


「聞いてたでしょ」

「……すみません」

「こ、このっ……」

「っ!!」 


 恥ずかしさから天音の顔がかあっと赤くなっていく。

 歯を食いしばり、ビンタをするように手を引いた。


 そんなところに──


「師匠、教室にいたんすねー!」

「「……!」」

「あ、御神楽さんも! って、え!?」


 疾風がやってくる。


 だが、天音の涙に気づいたのだろう。

 疾風は思わず言葉を詰まらせてしまった。


「ったく、どいつもこいつも、討魔師ってのは……」

「「ひいっ!」」

 

 涙を見られるのが恥ずかしかったようだ。

 ゴゴゴゴと溜まっていく天音の怒りは、頂点に達した。


「出てけえ!」

「「すいませんでしたー!」」


 二人は謝りながら、逃げるように去って行く。

 こうして、偶然から天音の本心を知った凪夜であった。





 放課後。


「今日は大変だったっすね」

「うん……」


 日中の一件があり、凪夜と疾風はヘトヘトで帰路きろ辿たどる。


 とはいえ、収穫はあった。

 天音の本心を聞けたことだ。


「もっと、頑張らなくちゃ」

「師匠……そっすね!」


 凪夜から聞いたわけではないが、疾風もなんとなく天音について察していた。

 持ち前の鋭さ、幼少期からの情報があるからだろう。

 二人は再び強く決意する。


 そんなところに、緊急通信が入った。


『怪異発生! 怪異発生!』

「「!」」

『ですが、この反応は──!』


 その報告はまさに“緊急”を告げる。


『上級怪異が、複数体……!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る