1章
第1話 借金返済のために
親がいない子ども。それは圧倒的な弱者であり、生き抜けるのはごくわずか。
とある平原に一人の幼い少女がいる。少し離れたところには一人の男性が立っていた。
周囲には唸り声を出すモンスターの群れ。
結果は明らかに思えたが、少女は素早い身のこなしと、握った剣によって、襲いかかるものすべてを返り討ちにした。
「ごほっ……これにて最後の試験は終わりだ。最低限の力はついた、あとは一人で生きていけるだろう。冒険者として食っていける」
「……なんで、今までわたしの面倒を?」
「お前がかつての俺と同じ、生きる意志のある孤児だから。雨水で喉を潤し、虫を食ってでも飢えを満たす。そして俺という他人から物を盗もうとした」
言葉は途中で止まり、わずかな苦笑が浮かぶ。
「ま、そこまで貪欲だからこそ、こっちの残り少ない時間を割いてやろうと思えた。とりあえず生き続けろ、助けてくれる奴に出会えるかもしれん。人生を一変させる出来事があるかもしれん」
「…………」
「冒険者として登録する時、自分の名前以外にこれをつけろ。スウィフトフットと」
男性はそう言うと、小さなビンの中にある液体を飲み干し、地面に横たわる。
中身は毒。ここで死ぬつもりなのだ。
「わたしには生きろと言うのに、そっちは死ぬの」
「病に蝕まれても、治す金がない。くそったれで、ありふれた話だ。お前は俺のようになるなよ。クソガキ」
「わかった」
「偏った食事はやめろ。しっかり眠れ。見ず知らずの相手には心の中で警戒しろ。……ああくそ、自分が終わるとなると、色々言いたくなるな。ああ、盗みとかは、するなよ……」
それはすべての始まり。
当事者以外に知る者のないやりとり。
この日、一人の幼い冒険者が生まれ、そして一人の冒険者が死んだ。
お金のない者が死を選ぶという、ありふれた出来事を経て。
お金は大切なものだ。
大人にとっても、子どもにとっても。
それゆえに借金というものは厄介な限り。
もし期限が訪れても返済できない場合は、非常に大変なことが待ち受けている。
「今月分の支払いをお願いできますか? リリィ」
「……そ、その、少し延期してもらうことは」
「ダメです」
ヴァースという町に暮らしている、孤児の少女リリィは、危機的な状況にあった。
その理由は、借金の返済期限が迫っているのに自分の財布にはお金がないというもの。
白い髪と青い目を持つ、ウサギの獣人であるリリィ。
彼女は土下座をしてでも頼み込む。
どうしようもない時は、こうすればなんだかんだで延期してくれるのを知っているために。
なかなかに図太い性格だが、この場で表に出さないだけの節度はあった。
「お願い! 数日だけ待って! ダンジョンに潜ってすぐに稼いでくるから!」
一瞬、ちらりと相手を見るが、その瞬間頭を踏まれる。
「むぐっ」
「しょうがないですね。今日を含めて三日だけ待ってあげます。明後日までに銀貨を十枚。もし、支払えなかったら……わたくしの従者になってもらいます。当然、無給で」
「え、無給!?」
「着替えの服やご飯とかはちゃんと出してあげますよ。白ウサギさん」
「ここは友達ということで、もう少し手心を」
「ダメです。始めて出会った時、わたくしの持っていた貴重な薬を勝手に使いましたよね。その代金分のお金を返済するまでの間だけです」
「うぅ……」
お金を貸している側ということで、圧倒的に上から目線な立場で語るのは、茶色い髪と目をしたハーピーの少女。
艶やかな髪は手入れが行き届いており、可憐で小柄なこともあって、まるで出来の良い人形のよう。
名前はレーア。
ベレー帽を浅く被り、高価そうなドレスに身を包んでいる姿は、一目見るだけでお金持ちなのがわかる。
彼女は笑みを浮かべると、鋭い鉤爪がある鳥の足で、床をトントンと叩く。
二人が今いるのは、レーアが親からプレゼントされた屋敷。
すぐに使用人たちがやって来ると、リリィを立たせて体についた埃を払い、優しく外へと連れていく。
「気の毒なことだ。我々としては、君が従者になるのを待っているよ」
「代わりに振り回される者がいれば、楽になりますから」
「は、ははは……」
楽をするため身代わりを求める従者たちの反応に、苦笑いすることしかできないリリィであり、屋敷から出て門を越えると盛大なため息をついた。
主人が主人なら従者も従者だ。
そして頭を抱える。
「ぬおー、やばいよやばいよ。わたしの将来がちょっとやばい。自由気ままな生活が消える!」
嘆きながらも、その歩みは止まらない。
石畳を歩き、行き交う人々を避けながら、まずは大通りに出る。
向かう先は、ヴァースの町に存在する冒険者ギルド。
物心ついた時から親のいないリリィは、冒険者として毎日を食い繋いでおり、どこにあるかは地図を見なくても覚えている。
町を上から見ると、十字の形をした大通りが存在し、その交差する中心部分にギルドの建物はあった。
三階建てなこともあって町にある建物の中で最も大きく、それでいて目立つため、常に人が出入りしていた。
「稼げる仕事がありますように……頼むよ~」
ちょっと祈りながら中に入ると、賑やかというか騒々しい熱気が出迎える。
冒険者以外に、商人やギルドの職員が活動しているのもあるが、一番の理由は一階部分の壁を丸々使った大きな木のボード。
そこには、町に暮らす人々からの依頼の紙があちこちに貼られており、冒険者らしき者たちは目を光らせて美味しい依頼を探していた。
「あっ、てめえ、その依頼は俺が目をつけてたんだぞ」
「へへへ、早い者勝ちだよ、ばーか」
どの依頼を受けるかは早い者勝ち。なのでゆっくり探していては先に取られる。
リリィは、人混みを掻き分けることはせず、一番端っこの部分にある依頼を見ていく。
「何があるかなー。自家製の薬草……いらない。道具を一つだけ半額で購入できる権利……ちょっと微妙。食事を奢ってくれる……これだ!」
依頼によっては、お金以外にも追加の報酬を貰えるものがある。
自家製の薬草が貰える依頼は、簡単だが報酬は銅貨一枚だけなのでさすがに安すぎる。
道具を一つだけ半額の方は、お金を使う余裕がないので論外。あと報酬が銅貨五枚とやっぱり安い。
奢ってくれるという依頼は、モンスターと戦って素材を集める必要があるが、銀貨一枚というそこそこ良い報酬だったため、リリィは即座に取った。
「よし、次は受付」
今月分の返済に必要なのは銀貨十枚。
少しでもお金が欲しい身としては、お金を使わないで済む食事は、微々たる金額とはいえ節約できるので嬉しい限り。
冒険者ギルドの一階には、大きな受付があった。
これは大勢の手続きを迅速に行うため。
リリィが職員に対し、依頼の書かれた紙を見せると、早速いくつかの質問が行われる。
「受けるのはあなた一人だけですか」
「はい」
「武器は?」
「この剣です」
「こちらに、冒険者として登録した名前を書いてください。書けない場合は言ってください。代筆します」
依頼の下には、小さいながらも名前を書く部分がある。
この冒険者が受けたというのを記すためであり、リリィは羽根ペンを受け取ると、やや不器用ながらも書いていく。
リリィ・スウィフトフット、と。
「確認できました。無事の帰還を願っています」
これにて依頼を正式に受けたため、次はダンジョンへ潜る。
出入口はギルドの奥まった部分にあり、そこから地下への階段をおりていくだけでいい。
ダンジョンという代物は、いつ現れたか詳しくはわからない。
しかし、内部では貴重な素材や道具が手に入ることから、いつしか多くの人々が潜るようになっていた。
それが冒険者という職業の始まり。
「ええと確か、依頼に書いてあったモンスターは、地下一階のどこかにいる歩くキノコか」
視界に入るのは、石造りのしっかりとした地下通路。
流れる湿った空気は、あまり心地良いものではない。
普通なら暗くて辺りは見えないが、魔法によって周囲を照らす特殊なランタンがあちこちに吊り下げられているため、地下でもそこそこ明るい。
地図を見ながら探索していくリリィの姿は、無防備そのもの。
そのせいか、武器を構えた冒険者の集団が、背後から迫りつつあった。
「動くな。金を出せ。金目のものでもいい」
「……わたしみたいな、親のいない子どもからカツアゲするのはよくないと思うよ? いやもう本当に」
首筋に金属の刃が触れる冷たい感覚があったが、リリィは特に怯えた様子もなく言い返す。
ダンジョンの中では、冒険者を襲う冒険者というのが存在する。
依頼をチマチマとこなすより、その辺にいる者からお金を奪えば色々と手っ取り早いからだ。
そして当然ながら、全員が顔を隠していた。
「孤児であることを語ったところで響かん」
「どうしても?」
「出すもの出せば見逃してやるって言ってんだ。さっさと寄越せ」
「そう言われても、お金ないし。借金の返済が間に合わないと、わたしの将来がやばいし」
「知ったことか」
「可哀想な子どもを見逃してくれないの」
「俺の目には、孤児として生き抜いてきた油断ならないガキが見える」
痛めつけるためか、首筋に触れていた刃は離れる。
地下一階という地上に近い階層なので、殺すまではしないようだ。
その瞬間、リリィは駆け出す。
圧倒的なまでの逃げ足の速さは、脅してきた冒険者の集団を置き去りにしてしまうほど。
「なんだと!?」
「くそっ、なんて足の速さだ」
「待ちやがれ!」
「おいこら、勝手に動くな。固まって行動を」
追いかける者、立ち止まる者、それらに分かれて一つの集団はバラバラな集まりになった。
するとリリィは戻ってきて、一番先頭にいる者の足に、おもりとしての石が結びつけられた紐を投げつけた。
「ぬおっ!?」
「はい、まずは一人」
足に紐が絡まり、追いかけていた者は派手に転ぶ。
「くそ、狩猟用のボーラか」
「使うとは思ってなかったでしょ?」
リリィは相手が持ってる武器を奪うと、肉体は避けつつも服ごと地面に刺して、簡単には身動きできないようにし、道具袋を奪い取ってから二人目に狙いを定めた。
「せいっ」
「ふん、走っている途中なら効果はあるだろう。だが待ち受ければ防げる」
「ならもう一丁」
「ちっ、腕に紐が……」
「おりゃあ」
「ぐああっ」
「ふう、これで二人」
おもりのついた紐が足に絡まり、腕にも絡まる。
これではまともに身動きできず、追いかけていた二人目は、リリィから体重の乗った飛び蹴りを受けて地面に倒れる。
そして武器を蹴飛ばされた上で道具袋を奪われた。
「ふふん、残りは二人。どうするのかな~? ここは地下一階だから、少ししたら巡回してるギルドの職員さんが来ちゃうよ」
「可愛い姿して、中身はまったく可愛くないガキだな。逃げるぞ」
残った者たちは、仲間を見捨てて逃げ出した。
それを見届けたリリィは、安心して力が抜けたのか床に座り込む。
相手は四人。正面からまともに戦えばさすがに危なかった。人数、装備の質、その両方で負けているため。
相手が舐めてかかっていたからこそ、一方的な勝利を得られた。
数分後、ダンジョンの中を巡回していたギルドの職員がやって来る。
「これは……事情を聞かせてもらえますか」
「はい」
リリィは手短に語る。
冒険者の集団が、自分を脅して金品を巻き上げようとしてきたことを。
お返しとばかりに道具袋を奪ったことも伝えると、返すように言われるが、中身を少しだけ持っていってもいいという許可が出る。
これは、襲撃者に対する罰の一つ。
そもそも誰かを襲ったりしなければ、失うことはなかったという見せしめの一種だ。
なので限度を超えて持っていこうとすれば、ギルドの職員から止められてしまう。
「銀貨あるじゃん。これもらうね」
「ちっ、くそったれ」
二つの道具袋には、合計で銀貨が四枚あった。
思わぬ臨時収入にリリィは笑みを浮かべると、ギルドの職員に連れていかれる襲撃者たちを見送ってから体を伸ばした。
「さて、依頼をこなさないと」
依頼に書いてあった歩くキノコを探しに、軽やかな足取りで、ウサギの少女たるリリィはダンジョンを進む。
当座をしのぐために必要な銀貨は、残り六枚。
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