第25話 母の助け
「さて、ヘィスン。私たちの出番ですね」
セラは決意とともに、パートナーに軽く声をかけた。
いよいよ、自身が鍵を握る局面。
胸の高鳴りを感じつつ、傍らのヘィスンに意識を向ける。
「烈空弾のロックを外しなさい」
彼女は淡々とした口調で命じた。
もう迷いはなく、ヤル気も十分。
これが自分の任務であり、背負うべき責任だと、セラは理解している。
意気揚々と艦母席に深く座り、ロックの解除を待つ。
――ところが。
応答がない。
ヘィスンは何も反応を示さない。
いつもは即座に命令を受け入れるはずの制霊が、沈黙を保ったままだった。
「どうしたの? ……早くしなさい」
彼女は眉を寄せ、少し語気を強めた。
脳裏に不安がよぎる。
まさか、この段階になって、問題が生じるとは想定していなかった。
このままでは、作戦全体が止まってしまう。
「私の言うことが聞けないの?」
焦燥が、彼女の声を震わせた。
作戦の成否が、もはや自分の指示一つにかかっている。
その重荷が、冷や汗となって頬を伝う。
ヘィスンが制片に表示した文字は、肯定の――『可』。
すなわち、命令への拒絶だ。
「どういうことだ?
ロックされていては、俺に発射する権限が与えられない」
異変に気づいたシンハが、進捗を尋ねる。
艦内システムの異常か、あるいは制霊の独自判断か。
状況を見極めるため、彼の視線は艦母へと向けられた。
「まさか、この子が拒否するなんて、思ってもいませんでした」
セラは下を向き、苦い表情を浮かべた。
責務を果たせない焦りと、全体の命運を握っているという重責がのしかかる。
烈空弾を発射できなければ、自分のミスだ。
仲間の信頼を損なうだろう。
「どうしよう……」
途方に暮れ、彼女は小さくつぶやいた。
作戦が頓挫するかもしれない。
その恐怖が、思考を鈍らせる。
「思うねんけど、リゼはんが映像を残しとるんちゃうか?
あの人は、一度、烈空弾を発射しとるわけやし」
不穏な空気を察したダットが、穏やかな口調で助け舟を出す。
ベテラン艦橋要員らしく、落ち着いた様子だった。
さりげなく、そして頼りになる言葉。
セラの表情がぱっと明るくなる。
「さすがダットさんです!
確かに、母さんは重要な節目ごとに、アドバイスを残してくれていました。
――試してみますね」
母リゼの存在を思い出し、彼女は再び力を取り戻す。
光が差したような気分だ。
躊躇なく、次の指示を出す。
「ヘィスン。烈空弾に関する母さんの映像があったら、再生して」
命令への返答は――再びの『可』。
データは存在している。
ほどなくして、映像がゆっくりと再生され始めた。
リゼ・エスクーナ――セラの母。
そして、この国の英雄。
彼女の背景の艦壁は揺れ、あたりは爆音に満ちていた。
それが、死地の艦橋から送られたメッセージである事を予感させる。
リゼは静かに口を開いた。
「……セラ。烈空弾を使うのね?
母親としては、使ってほしくない。
でも、天師としての私は、協力してあげたい。
今の気持ちは、半々という感じかしら」
淡々とした口調ながらも、彼女の目には複雑な感情が滲んでいる。
破壊音が響き渡る無人の艦橋に、母親の語りだけが流れる。
「だから、……だからね。自分で決めなさい。
まわりをよく見渡して?
烈空弾を、誰のために使うのかしら。
あなたのまわりには、たくさんの味方がいますか?
…………私は、最後に1人になってしまった。
なんでもかんでも1人でしようとして、孤独な最後になった。
誰かに、頼ればよかった。もっと、早く……」
深い後悔を秘めた母の表情に、セラの心は締め付けられた。
リゼは負の感情を振り払い、前を向く。
「悔やんでも仕方ないわね。
人は、過去は変えられないけど、未来は変えられる。
このままじゃ、クロノスを落とす事ができないから、せめて飛翔核を何基か道連れに頂くわ。
そうすれば、いくらクロノスだって、撤退を強いられるはずだもの」
リゼの言葉には、決意と願望が宿っていた。
それは、彼女が最後に請け負った仕事だ。
画面のリゼは、艦母席の脇にあるケースの扉を開け、毅然と命令する。
「ヘィスン。『霊装(れいそう)』起動」
声に合わせて、ヘィスンの体が散り散りに細分化し、大量の粒子となってあふれ出す。
その虹色の粒は無数の糸束に変化し、空間を撫でながら漂った。
やがて、主の元に到達すると、体を包み幾重にも巻きついた。
瞬く間にリゼは、最高位の司祭が着るような、美しい衣装を纏う。
淡い輝きを放ち、神聖さすら覚える姿だ。
「これは霊装という、制霊の形態。
まるで、自分の衣服のようでしょう?
ヘィスンの特技の1つよ。
霊装の状態だと、制霊と一体化する事で、自分の意思がダイレクトに、艦のシステムに反映されるの。
通常だと、使う機会のないものよ」
リゼによる新たな機能の説明。
「セラはきっと、ヘィスンが烈空弾のロックを外さなくて、困っているんじゃない?
ヘィスンはね。主の身に危険な命令は絶対に聞かない。
だから、霊装を使って、自分で直接ロックを外さないとならないわけ。
――理解できたかな?」
その助言は、セラが抱える問題の核心をついた。
なぜヘィスンが命令に従わなかったのか、理由が明確になった。
彼女の心に安堵感が広がる。
だが、それも束の間。
映像の中でリゼは、衝撃的な一言を口にした。
「――――これから、烈空弾を、使います」
場の空気が凍りつく。
まさにその時、彼女は死地へと向かう覚悟をしていた。
見ていた者の視線が釘付けになる。
「私の未来は、あなたよ。セラ。
今は時間を稼ぐことしかできないけど、数年後には、必ずクロノスを陥落させてくれると信じている。
さよなら。そして、あとはお願いね。
ここでお別れだけど、ずっと愛しているわ」
リゼの別れの言葉に、セラは涙をこらえた。
「じゃあね!」
まるで、散歩にでも行くかのような軽い口調で、画面の母は微笑む。
「いかないで、やめて!
母さん、1人にしないで!!」
セラは我慢できずに叫んだ。
膝に置いた両手に力が入る。
その姿は痛ましく、胸が締め付けられるようだった。
「くっそ!」
ダットも顔を背ける。
かつて共に戦った者として、リゼの最期は見るに堪えなかった。
――静寂。
やがて、セラが顔を上げる。
「………………もう、大丈夫。
霊装をします。」
彼女は精神を整えた。
今、この状況で、不要な感情は捨てなければならない。
艦母なのだから当然だ。
セラは霊装の起動を告げた。
淡々とした動作でケースの扉を開け、粒子となったヘィスンを受けいれる。
その虹色の糸は、母と同じ神々しい衣装をすぐに形成した。
そばの艦橋要員は美しさに見とれ、感嘆の息を漏らす。
だが、彼女は意に介さず、冷静に言葉を発した。
「烈空弾のロックを、解除しました。
シンハさん、確認してください」
突然の指示。
慌ててシンハが応じる。
「問題ない」
数秒後、短く、しかし確かな声で彼は答えた。
――。
烈空弾の使用にともない、オリンが艦内放送を行う。
「艦内へ通達。
これより、特殊兵装の使用準備に入ります。
事前の指示通り、退艦を開始してください」
それを聞いたクルーは、移送するために接舷してきた複数の味方艦へと乗り込む。
大人数だけあって、そこそこの時間を要した。
艦内は退避する人々の喧騒で満ちる。
連絡事項も多く、対応でオリンも忙しそうだった。
避難が始まる中、シンハは顔をしかめながら、艦外へ視線を向ける。
「烈空弾が使えるようになったのはいいが。
……どうやら、視界が塞がれてしまったようだ」
前方を塞ぐように、壁状の配置で帝国艦が視界を埋める。
目的は、向こう側にあるクロノスを、遮蔽して隠すためだ。
「ほんまに、嫌がらせをさせたら天下無双だな。あの参謀は。
蹴散らそうにも、もう飛翔核の能力をさく余裕があらへん」
隣で同じ光景を見ていたダットが、苦々しい表情で同意する。
彼の言うように、烈空弾の発射に全力を注いでいるため、大規模攻撃を行う翔力の余力は全くなかった。
「どうするべきか」
その状況下、シンハは、烈空弾の照準を合わせるのに苦労していた。
敵艦が邪魔で、クロノスが視認できない。
不安そうに、他の艦橋要員が様子を見守る。
シンハは深く考えたあと、セラを見た。
「クロノスの位置情報と要塞データがほしい」
その要請を聞いたセラは、首を縦に振り、即座に制片を通じてデータを送信する。
受け取った彼は、その情報を精査した。
それから手元の手帳に、たくさんの文字や数字を書き込んだ。
搭乗員が一部を残して艦内から消えた頃。
シンハは答えをまとめ終える。
「――じゃあ、発射準備をするか」
予想外の発言に、ダットが驚いて口を挟んだ。
「いやいや、クロノス見えへんで。どうすんねん」
ところが、シンハは気にせず、淡々と説明する。
「目視できなくても構わない。
砲槍術長は、視界の善し悪しにかかわらず、正確な着弾をさせる必要がある。
その術を――ロイフ中佐の元で学んだ」
意外な人物の名前が出た。
シンハは艦橋要員に採用された後、頻繁にリューゼンの指導を受けていたらしい。
今、その成果が出たようだ。
「――父さんに?」
驚いたようにセラが問い返す。
「そうだ。
こんなに早く、役に立つ場面が来るとは、予想もしなかったがな」
彼自身も、まさかこのタイミングで実践する機会が来るとは想定していなかったようで、少し戸惑っている。
ダットは考え込み、過去の出来事を思い返して、納得したように語った。
「いや、偶然やないかもしれへんで。
昔、帝国がヘィスンから旗艦を守るために、この壁戦法を使うたことがある。
リューゼンはんは勘が鋭いさかい、意図的に教えた可能性もあるな」
それを聞いて、シンハは思わず苦笑した。
「だとしたら、頭が上がらないな」
ダットもまた、肩をすくめて同調する。
「それは、ワイらもや」
セラは場を和らげようと、明るく提案した。
「無事に帰れたら、父さんに何かプレゼントしようと思います」
緊張した艦橋に、安らぐ空気が広がった。
「たぶん、クロノス陥落が1番のプレゼントになるはずや。
あと、セラちゃんが、元気で家に戻ることもな」
微笑みながら、もっともな助言をするダット。
――数分後。
セラが息を整えて報告した。
「烈空弾の準備、できました」
それを聞いたオリンが確認を促す。
「セラ様、もう告知します?」
「お願いします」
セラは小さく頷きながら応じた。
「まもなく、大規模特殊兵装が発射されます。
各員、安全の確保をお願いします」
すぐにオリンのアナウンスが艦内に響き渡る。
告知を終えた後、シンハは迅速に射角データなどをセラに送信した。
「攻撃指示を送る」
「――承認」
艦母の許可は一瞬でとおる。
直後、飛翔核が唸りを上げ、異常な髙負荷動作へ移行した。
わずかに艦橋が振動する。
と、同時に。
艦体前方に、巨大な翔力球が出現し、徐々にサイズを増していった。
周囲に激しい風切音が広がる。
初めて見る光景。
しかし、じっくり眺める余裕はない。
セラは高らかに叫ぶ。
「烈空弾、発射!」
掛け声とともに、翔力球が前方へ向けて解き放たれる。
球体の圧倒的なエネルギーは前方の敵艦隊を瞬く間に穿ち、巨大な爆風とともに、あらゆる物が吹き飛ばされた。
まるで鋭い槍で貫かれたかのように、敵の壁に大穴が開き、視界が一気に開けた。
クロノスの堅固な外壁も派手に破壊され、内部構造がはっきりと露出する。
だが、セラは休むことなく、次の準備に取りかかる。
「――次。予備の飛翔核を起動します」
素早いチェックを済ませ、異常がないことを告げる。
「艦内システム、正常」
敵艦隊は混乱しつつも、徐々に壁の再構築を始めた。
シンハは敵の動きを気にしつつ、侵入可能な地点を即座に特定するため、視線を鋭く巡らせる。
「敵艦が壁を再編成する前に、本命の槍弾を撃ち込む」
「ブラッドペインを格納した槍弾はセット済みです」
セラもタイミングを待ちながら、控えめに報告した。
「クロノスの被害状況から、侵入経路を割り出す。
……少し、時間をくれ」
彼は再び手帳に目を落とし、計算を慎重に仕上げていく。
艦橋には張り詰めた沈黙が広がった。
やがてシンハが顔を上げ、迷いなく声を発する。
「完了した。攻撃指示を送る」
「受領」
セラは即座に応えた。
そして、間髪をいれず宣言する。
「バグインフェスト作戦用槍弾、発射!」
――――着弾。
槍弾は直線軌道を描きながら、敵艦隊の穴を抜けて目標に到達、クロノスへの侵入に成功する。
制片に拡大された現場のライブ映像には、ブラッドペインが要塞内通路に飛び移る様子がしっかりと映っていた。
艦橋要員たちの間に、緊張が解けた安堵の空気が漂い始める。
「一安心やな。少し退こうか」
ダットがほっと息をついた。
達成感とともに頷くセラ。
「ああ。あとは、ブラッドペインに任せるしかないな」
シンハは状況を再確認し、満足そうに言った。
「友軍に報告しますね」
オリンもすぐさま味方艦隊へ連絡を入れ、撤退支援を要請した。
ブラッドペインに希望を託し、ノーネームは前線から距離を取り始めた。
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