バリバリ童貞です~警視庁公安部秘事課事件簿~

阿弥陀乃トンマージ

プロローグ

「……」

 東京都内のとあるボロアパートの一室で眼鏡をかけた冴えない青年が布団にくるまりながら、テーブルの上に置かれたノートパソコンを呆然と見つめている。そこには、小柄な女性からインタビューを受ける、季節外れのダウンジャケットを着て、眼鏡をかけた中肉中背の体格の自らが映っていた。

「日本で20代から30代の若い男女の童貞・処女の割合が増えているという研究発表が東大から出されたのですが……」

「ああ、そうですか……」

「どうでしょうか?」

「誠に遺憾でございますよね、残念です」

「遺憾?」

「ええ」

「……ご自身は?」

「バリバリ童貞です」

「彼女さんは?」

「ああ、もう当然不在です」

「あら、それはまたどうして?」

「やはり臆病……失恋するのが怖いです」

「これまで恋愛などはされてこなかったのですか?」

「アニメやゲームの美少女キャラに恋することはありましたが、二次元の方はとんと……」

「はあ……」

「例えば、もっと経済力などがあれば話は別なんでしょうけど……」

「経済力……やはり、お金を持った男性に女性は心惹かれると……?」

「ええ、まんまと釣られると思いますね」

「……今、ご職業は?」

「役者……いえ、フリーターですね」

「役者さん?」

「いえ、役者の卵というか……まあ、現状趣味のようなものですね」

「ちなみに収入の方は?」

「いや、ほとんどないようなものです」

「ご年齢は?」

「今年でちょうど三十になります」

「節目の年ですね」

「そうですね……」

「まもなく四月ですが、来年度はどういう一年にしたいですか?」

「アニメやゲームの女性ではなく、リアルの……三次元の女性と接点を持てるような一年にしたいと思っております」

 映像はそこで終わる。

「ああー‼」

 青年が布団を吹っ飛ばして、両手で自らの頭をこれでもかと掻きむしる。青年は自分の言動に激しく後悔した。何故インタビューを受けたのか?いや、受けるのはまだいいが、どうしてこのようなふざけた話をしてしまったのか……それは酔っていたからである。

 青年は役者志望だ。大学で演劇サークルに入り、演技の楽しさに憑りつかれ、そこから役者を目指している。大学卒業後、しばらくは会社員と二足の草鞋を履いていたが、数年前、思い切って会社を辞め、役者一本に絞った。しかし、なかなか芽が出ず、数年が経過した。もう間もなく三十歳になる。思う様に行かない現実の憂さを晴らすように、歌舞伎町でヤケ酒をあおった。その帰り道にインタビューされたのだ。

「オーディションとかにはまったく受からないのに、こういう時だけノーカットかよ……ばっちりカメラ目線で『バリバリ童貞です』とか分けわかんないこと言っちゃてるし……しかもなんだよ、この『異性間性交渉未経験者 29歳 男性』ってテロップは……」

 青年はノートパソコンを恨めし気に見つめる。数日前のインタビューは、その日の夜、ネットニュースで使われ、瞬く間に拡散された。青年は一晩で『ネットのおもちゃ』と化してしまったのである。SNSのアカウントは荒らされ、スマホには知らない番号から電話がかかってくるような有様だった。青年はバイトも休み、アパートに引きこもっていた。そうこうしている内に、時計は0時をまわった。青年の三十歳の誕生日である。

「ははっ、なんて誕生日だよ……うん?」

 青年はスマホを見ると、大学時代からの友人からの電話である。自分をからかうような性格の人間ではない。青年は電話に出る。

「もしもし……」

「ああ、やっと出たな! お前、さっきから何度も電話してたのによ!」

「それはすまん……今気づいた。スマホは遠ざけていたからな」

「……大丈夫か?」

「なんとかな……」

「そうか……実はだな、お前とどうしても連絡を取りたいって人がいるんだよ」

「え?」

「この後すぐにかけてもらうから、絶対出ろよ、じゃあな」

 友人は電話を切る。

「あっ……な、なんだよ……ん!?」

 友人の言ったとおり、すぐに電話がかかってきた。青年は気が進まないが、電話に出る。

「……はい」

群山春彦むらやまはるひこ君だね……」

「え、ええ……」

「俺は黒都司こくとつかさだ、覚えているかな?」

「黒都さん……ああ、早稲田の演劇サークルの!?」

「そう、交流会で何度か顔合わせたよね」

「ああ、はい……」

 春彦と呼ばれた男性は戸惑う。黒都と名乗った男性とは確かに何度か顔を合わせたことがあるが、通っていた大学は別だ。学年も違う。会話も挨拶くらいしかしていないはず。何故にして自分に連絡を取ってきたのか。

「例のインタビューを見たのだけど……今、暇しているみたいだね」

「は、はい……」

「急な話だが、明日の朝十時、霞ヶ関の……まで来てくれないか?」

「霞ヶ関の……こ、ここって、警視庁!?」

 ノートパソコンを操作し、黒都の言った住所を検索した春彦は驚く。

「待っているよ、それじゃあ」

「ちょ、ちょっと! ……切れた……なんなんだよ」

 黒都はすぐに電話を切る。春彦は後頭部をポリポリと掻く。

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