#16

 夜になると雨はもう上がっていた。雲は残っているから月は見えないけど。

 夕食も済ませ、自分の部屋で課題を解いていると、スマホが震えた。真奈美の名前が画面に表示される。お昼に通話していいとは言われたけれど、かかってくるかは五分五分だろうと正直思っていた。


「もしもし、彩奈ちゃん」

「うん、真奈美。どうしたの?」

「いやあ、内海の浮気相手でちょっと気になることがあってさ……」


 少しの間、真奈美は言葉を選んでいるようだった。その沈黙が妙に長く感じられる。私はスマホを耳に当てたまま、彼女の話を待った。


「川添環って知ってる?」


 やっぱりここでその名前が出てくるのか。前になーちゃん経由で一年生のサッカー部員と話をした時に挙がった名前、一年生のマネージャーで内海にぐいぐい絡んでいるという彼女について、私は真奈美に伝えていなかった。


「名前くらいはね。確か、後輩のグループで話題に出た気がするけど、それがどうしたの?」

「実は、彼女のものと思しき怪しいアカウントを見つけてね。内海っぽい男子も写った写真がアップされてるんだぁ」


 一瞬、息が詰まる。浮気の証拠たりえる写真があるかは分からないけど、一年生男子の証言とSNSで見つかった情報、クロに近付いているはず。


「それは……親密そうな感じの?」

「うーん、別にキスシーンとかの写真があるわけじゃないしなぁ。とはいえ、プロフィールのアイコンが彼女っぽいし、最近、内海の投稿に頻繁に反応してる。別に証拠があるわけじゃないけど、川添環の裏垢なんじゃないかなってところだね」

「表のアカウントはどうなの?」

「そっちは私のピもフォローしてるから見せてもらったけど、当たり障りのない程度だよ。おとなしそうな子って感じ。でも裏はやばいね。けっこう過激な自撮りもあるし」


 ……私はまだ当人にあったことがないからどんな人物なのか分からない。ひょっとしたら、川添環を焚きつけることで内海が夏澄と別れて、彼女一本に絞るのではないか。いや、でも……夏澄から別れを切り出すように誘導しないと、夏澄が傷ついてしまうかもしれない。夏澄が一番幸せになれるような結論を見つけないと。


「おーい、彩奈ちゃーん」

「あ、ごめん。ちょっと考えこんじゃった」


 ふと、話題を変えたくなった。内海の話ばかりしていると、胸の中が重たくなってくる。……でも結局口をついたのは内海に関わる話だった。


「そういえば、日曜の練習試合って、どことやるか知ってる?」

「そっか、日曜に練習試合あったっけね。相手は弱い学校だって聞いたよ。名前を聞いたけど、たしか去年の大会で地区予選一回戦負けしてるとこだった」


 その言葉に、思わず眉をひそめた。


「弱い学校……わざわざ夏澄を誘って見に来させるのに?」

「へぇ、内海ってば来週の試合に夏澄ちゃんを誘ったんだ。ひょっとしたらそれって、川添環がいないからかも。なんかアーティストのライブに行くみたいな投稿があったよ」

「なんか、怪しいね」

「あとはまぁ、簡単に勝って目立てる試合を選んで、自分ってすごいんだぜってアピールしたいとか?」


 真奈美の言葉は半分冗談めかしていたけれど、おそらく的を射ている言葉だと思う。夏澄の気持ちを利用しているような内海の態度が、どうにも気に入らない。


「ま、私の彼ピはぁ、勝つか負けるか分からない試合にこそ呼んでくれるけどねぇ? 私がいるとやる気が出るって言ってくれるし?」

「あはは、まぁ……それが王道だよね」


 その後、しばらくは真奈美による彼氏自慢が続き、ちょっとうんざりし始めた頃には化粧品の話にシフトしていた。それから軽く他愛ない話をして電話を切ったけれど、心の中はざわついたままだった。川添環のこと、内海のプライドの高さ、そしてそれに巻き込まれる夏澄の姿。どれも私には、引っかかることばかりだった。

 浮気相手は川添環で十中八九間違いない。では、具体的な証拠をどう掴む? 証拠を掴んだ後は……どうしたらいい? 答えの出ない問いに私は歯がゆい思いをするばかりだった。

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