#11

 土曜日の朝、私と夏澄は駅前からバスに乗って大型ショッピングモールにやってきた。


「やっぱり混んでるね」


 バスの中でも思ったが、やっぱり土日に遊びに行くならここみたいな印象がついているせいか、ショッピングモールの中はかなりの混雑だ。


「取り敢えず、映画からだね」


 今日の夏澄はフリルのあしらわれた淡いクリーム色のブラウスに青のミモレ丈スカートと、彼女らしい上品なコーディネート。特に波のようにグラデーションのかかったスカートが夏澄の愛らしさにマッチしている。いつもよりしっかりめのお化粧で、ついつい唇に目が奪われてしまう。


「今日の彩奈、なんだかカッコいいね。大人っぽい」

「そう? 嬉しい。夏澄も可愛くて素敵だよ」


 私のコーデはいつも夏澄を念頭に考えている。可愛くてお嬢様っぽい夏澄を守れるように、動きやすさを意識している。今日も無地のカットソーにネイビーのスキニーパンツを合わせて、ライトグレーのロングシャツを羽織っている。足元も、夏澄の靴はヒールがあるけど、私はペタンコのスニーカーだ。


「このスカート、おろしたてなんだぁ。海っぽくていいよね」


 エスカレーターで上の階を目指しながら、夏澄がスカートを少し持ち上げて自慢する。その足元でお揃いのアンクレットがきらりと光った。サンゴや貝殻をモチーフにしたそれは、私とお揃いで買ったお気に入りのもの。私だって今日も身に着けている。


「そうだ、席はネットで予約してあるから。高校生料金で買ってるけど、ちゃんと学生証持ってる?」

「え、ありがとう。お金、今払うよ。学生証もね、財布に入れてきたから、大丈夫」


 バッグから財布を出そうとする夏澄を後でいいよと制して、映画館のフロアに向かう。私も夏澄も、映画を見ながらポップコーンを食べるタイプじゃないし、そもそも映画を見たらお昼を食べる予定になっている。

 発券機に二次元コードをかざして、出てきた二枚のうち一枚を夏澄に手渡す。


「一番シアターだって」


 チケットに印字されていた一番シアターはこの劇場で一番大きな部屋。それだけ注目されている作品なのだろうか。実際、席を予約した時も中央部分は既に売れていたっけ。

 入場口で学生証を提示してチケットをもぎってもらう。部屋に入ると、既に結構な人数が座っていた。私たちはやや前方の列の入口側に並んで座った。


「見上げるから首痛くなっちゃうよね」

「でも、ほかのお客さんの頭が気にならなくて、スクリーンの近くも好きだよ。あ、これお金」


 夏澄から千円札を受け取って財布にしまう。ほどなくして始まった映画は、特筆すべき内容ではなかったけど、目をうるうるさせたり、笑顔になったり、気恥ずかしそうにしたりと、表情をころころと帰る彼女の横顔を見ているだけで、どんな名作よりも満喫できた。


「序盤のさ、あの手を繋いだのか繋いでないのか、カメラを上に振って見せないあのシーン、すっごくいじらしくてよかったよね。あれ、お互いがそっぽ向いたからには、きっと繋いだんだろうね」


 フードコートでお昼を食べながら、夏澄の語るさきほどの映画の感想を聞く。感受性豊かな夏澄の語る感想を聞いていると、不思議とさっきの映画も面白かったんじゃないかと思わせてくれる。最後のシーンについてまで語り終えた夏澄が、ふと寂し気な表情をしながら呟いた。


「やっぱり、部活って楽しいのかな」


 映画の主人公とヒロインは同じ部活の仲間で、競技を通じて関係性を深めていった。それを受けての言葉なんだろうけど、内海と見たかったのかな……。実際、お客にはカップルが多かったように思えた。


「私、サッカーに夢中な大貴が好き、なんだぁ。ねぇ、彩奈は? 彩奈は、陸上部……本当にもういいの? 私に付き合って入らなかったとかじゃ、ないよね?」


 夏澄は中学時代、美術部に入っていて、水彩画を得意にしていた。彼女の描く絵は夏澄らしい純朴さと柔らかさが表現されていて、あまり絵に詳しいわけじゃないけど、無条件に好きでいられた。ただ、高校には美術部がなく夏澄は部活に入らないことを選択した。


「何度も言ったと思うけど、私、選手としてはそんなにだったから陸上部に未練はないよ。走ると胸も痛いし」

「胸、かぁ。男の子って……やっぱり大きい方が好きなのかな」

「……え?」


 驚く私をよそに、レモンティーを一口飲んだ夏澄は話を続ける。


「今年の夏はね、大貴と海かプールに行きたいなって思ってるの。だから、新しい水着も今日、買いたくて……。でも、私は彩奈みたいにスタイルよくないし、がっかりされちゃわないかなって……」


 夏澄は可愛い。自分に自信がなくて儚い夏澄が愛おしい。この健気で繊細な花のような夏澄を、内海に手折られるわけにはいかないんだ。

 私は何と言うべきなんだろう。男子は大きい方が好きだなんて言ったところで、夏澄は悲しむだろうけどそれを理由に内海と別れるなんてことを言いはしないだろう。


「夏澄は、夏澄のままでいいと思う。大丈夫、私が夏澄に似合う水着を見つけるからさ。だから、私とも行こうよ。海でもプールでも」

「彩奈ぁ。うん、ありがとう!」


 夏澄の花が咲くような笑顔を見ていると、この笑顔をずっと側で見ていたいと思う。だから最優先事項は夏澄の笑顔を守ること。内海と別れさせるために、私が夏澄の笑顔を奪うようなことは絶対にあってはならない。

 ……夏澄が笑顔でいられるなら、隣にいるのは私じゃなくてもいいのかな。不意に脳裏をよぎった疑念に、背筋が凍る。こみ上げてくる恐怖をジンジャエールで押し流し、私は二人分のトレイを下膳口へ持っていく。


「それじゃ行こうか!」

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