揺らぐ想いは波に散る

楠富 つかさ

#1

「ねぇ、彩奈、ちょっと相談があるんだけど…」


 放課後、静まり返った教室で、相沢夏澄が不安げな表情でこちらを見つめていた。長い黒髪が肩にかかり、彼女のその姿はまるで映画のヒロインのようだった。だが、今の彼女にはその輝きが欠けている。何かが心の奥底で渦巻いているのだろう。


「夏澄、どうしたの?」


 私は少し緊張しながらも、彼女のそばに座った。夏澄の声には普段の明るさがなく、どこか沈んだ響きがあった。彼女は何か大きな悩みを抱えているようだった。彼女のそんな表情を見ていると、私まで胸が締め付けられる思いになる。


「実は……大貴とうまくいってないの」


 彼女は目を伏せ、声が小さくなった。大貴――内海大貴は夏澄の彼氏。付き合って十か月くらいだろう。私の心臓が一瞬、大きく跳ねた。彼女の恋愛のことはずっと気になっていたが、こんな形で聞くことになるなんて思いもよらなかった。心の奥では、彼女の彼氏に嫉妬する自分がいる。幼馴染の彼女をずっと好きだった私は、彼女の幸せを願いつつも、複雑な気持ちに揺れていた。


「うまくいってないって、どういうこと?」


 私は冷静を装いながら質問した。彼女がどれだけ悩んでいるのか、少しでも力になりたかった。私の心の中には、彼女が他の誰かを好きになることが耐えられないという思いが渦巻いていた。


「最近、彼が私とのチャットを既読無視することが多くて……なんでだろうって悩んでるの」


 夏澄はつぶやくように言った。彼女の声が震えているのがわかった。私は思わず手を伸ばし、彼女の肩に触れた。優しく励ますつもりだったが、自分の気持ちを抑えるのが難しかった。


「夏澄、チャットだけじゃなくて対面でも話をしてみたら? たまたま忙しい時間だったとか、返信したつもりになっているだけかもしれないし」


 言葉を選びながらも、私は彼女の痛みを少しでも軽くしたいと願った。だけど、その一方で、彼女が彼氏と幸せになってしまうことが恐ろしかった。


「うん、そうだよね……。でも、どうしても話すのが怖いの。お互い、ちょっとずつ忙しくなってきてるし」


 夏澄は顔を少し上げ、目に涙を浮かべていた。その瞬間、私の心は引き裂かれるような痛みを感じた。彼女がそんなに苦しんでいるのに、私の気持ちは一体どうしたらいいのだろう。彼女の幸せを願いながらも、彼女のそばにいることがどれほど辛いか、どう説明すればいいのだろうか。


「私が一緒にいてあげるから、勇気を出して話してみようよ」


 その言葉を口にした瞬間、私の心の中で何かが決まった。彼女を支えたい、彼女を守りたい、そんな気持ちが溢れ出していた。しかし、それが私の気持ちとどれほど矛盾しているのかを、私はまだ理解していなかった。


 夏澄の手を握りながら、私は彼女を見つめた。彼女の笑顔が戻ることを願いつつ、心のどこかでこの瞬間が続いて欲しいと願っていた。彼女を好きでいることがこんなにも苦しいなんて、誰も教えてはくれなかった。

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2025年1月5日 01:00
2025年1月9日 06:00
2025年1月13日 06:00

揺らぐ想いは波に散る 楠富 つかさ @tomitsukasa

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