#19 新入生研修 2日目 そのさん

「やっとゴールかぁ」


しりとりや連想ゲームで盛り上がりながら歩くことさらに1時間半くらい。夕方と言える時間になった頃にやっとオリエンテーリングが終わった。チェックシートを担当の先生に渡し、ちょっと待って食材を受け取る。調理台の数の都合もあって、いくつかの班で共有ということになった。四組の五班は六班と共通で調理することになった。


「さぁ。ここからは悠希の独壇場だね!!」

「いや、あんたも手伝ってよ!」


 役に立たないのは重々承知だけど、それでも出来ることはあるだろうよ。


「私らは何したらいい?」


 六班の人たちに野菜の水洗い等を任せ、


「あ、わたしはぁ? そこそこ料理出来るよぉ?」


 明音さんにはお米を研ぐのを任せる。


「あたしらは?」


 麻琴や初美さんが暇になりそうなので火を起こすのを任せる。その辺は大丈夫だろう。……多分だけど。


「姫さんや、ウチはどうしようか?」

「私も手、空いたよ?」


 千歳ちゃんや真奈歌ちゃんと一緒にいよいよ野菜を切り始める。カレーの具はシンプルに人参、たまねぎ、じゃがいも、豚肉だ。六班の人に豚肉を任せボクがじゃがいもの芽を取って皮を剥く。人参を千歳ちゃん、たまねぎを真奈歌ちゃんが切っている。


「やっぱり人多すぎても勝手が悪いなぁ」


 隣で千歳ちゃんが呟く。確かに、手持ちぶさたな人も出てきてしまった。明音さんもお米研ぎ終えて暇そうだし、麻琴と初美さんは火が落ち着いたのを眺めているだけだし、六班の人も他に仕事はない。確かに、これから後は具材入れてルゥ溶かしていくだけだからボクだけでも大丈夫だし……。


「じゃあ、ウチと委員長とで洗い物を済ますで」

「あ、班の人に拭いてもらうね」


 片付けの算段もしつつ調理を進めていく。重い鍋は麻琴に任せて火にかける。火の様子を見ながら鍋をかき回すのはボクと明音さんと六班の松本さんで交代してする。ご飯が炊けるまでの時間もあるし、それまではボクらもとうとう暇人だ。


「なんかこうしてキャンプっぽい料理させても悠希は似合うね」

「そう?」


 火の番をするボクの隣に麻琴がやってくる。


「そういうのは麻琴の方が似合うんじゃない?」

「パパの出番だよ~的な?」

「何言ってんの。誰が誰のパパなのさ」

「そうじゃなくて、あたしと悠希が夫婦っていう設定でさ」


 思わず鍋をかき回す手が止まる。既にカレールゥの入った鍋からは食欲をそそる匂いが立ちこめているのだが……。


「な、固まらないでよ悠希! ほらえっと……ね?」

「恥ずかしいこと言ってる自覚はあるんだ……」

「あはは……まぁ、ね。ほら、あたし悠希のこと好きだから……悠希にもあたしのこと好きになって欲しくてさ。前に言ったっけ? 春休みに少女漫画読んでたって。悠希をどうしたらドキドキさせられるか考えて……それっぽく振る舞ってたんだよ?」


 麻琴の素直な告白にボクは何も言えなかった。麻琴が本気でボクのことが好きって、分かっているようで分かっていなかったのかもしれない。


「今のを聞いて別に悠希が自分の態度をどうこう考える必要はないんだけど、ただ単にあたしが聞いて欲しかったってだけ。そろそろ明音っちと交代でしょ?」


 言われて振り向くと明音さんがいた。確かにそろそろ交代してもいい頃だ。


「んじゃ、あたしはご飯見てるから悠希はゆっくりっしててね」


そう言って去って行く麻琴。


「ユウちゃん、ヒナっちと何話してたの?」

「え、あぁ……気にしなくていいよ。大丈夫だから」


 取り敢えず皆がいるテーブルへ向かって、木製の椅子に座る。隣には千歳ちゃんが座っていて、ボクの顔をのぞき込んできた。


「姫さん、悩んでるねぇ」

「そんな感じの顔してる?」

「ちゃうちゃう、顔には出てないけど……分かるんよ」

「え、ユウちゃん悩み事あるの? 私で良ければ力になるよ?」


 ……ボクと麻琴は幼馴染みで、前は異性で今は同性で……それでも麻琴はボクのことが好きで。ボクは麻琴の気持ちにどう応えればいいんだろう……。でも、それを千歳ちゃんや真奈歌ちゃんに相談してもいいのかな?


「悩んでいるの、かもね。でも、これは自分で考えなきゃだから」

「そっか、姫さんがそう言うなら……ウチはそれでいいと思うよ」

「ユウちゃん、しっかりしてる人だと思うから……頼るのって苦手かもだけど、いつでも私に頼っていいからね?」


 なんだか……真奈歌ちゃんの包容力が目に見える気がした。頼るのが苦手って思われてるんだ……。どうなんだろう、一人で抱えがちなのかな? でも、やっぱり自分の気持ちは自分にしか分からない筈だから、ボクと麻琴の関係は自分で考え抜かないと、ね。

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