僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
#1 姫宮家の日常
春休みも残り二週間に迫った三月某日。とある地方都市にある、比較的大きな家にて。
「ど、どういうことなの~!!」
朝の洗面所に美しいソプラノボイスが響き渡った。
僕の名前は|姫宮悠希≪ひめみやゆうき≫。字面からだけでは分かりづらいけど男子だ。折角の長男なんだから『雄』の字とか入れてくれてもいいのに……。そうすればもっと男らしい名前だったし、こんな女々しい育ち方はしなかっただろう。名は体を表すとはよく言ったものだ。
事実、中性的な名前の僕は顔だって中性的で、毛深くもない。強いて言えば睫毛が長い……。いや、それは逆に女々しいか。一度、男らしさを磨くために一人称を”俺”にしたら、姉に物凄く怒られたし、弟からは悲しそうな目を向けられた。解せない。
体格は平均的な中肉中背だ。基本的に母親似のスペックが悪いんだ。料理も裁縫も出来ちゃうし……。その他の家事も全般的に問題なくこなせるからなぁ……。クラスメイトにお前が女子だったらと言われたことを思い出して少し暗くなる。
スポーツは出来ないが護身術として少林寺拳法を習っていた。真面目に練習したお陰か二段まで取得したのだが……いやいや、そもそも男なのに護身術が必要ってなんなんだ!!
「兄さん、暇ならボタン直してくれないかな?」
僕が自室で今までの人生に悲観していると、弟の姫宮夏希が入ってきた。
弟はバッチリ父親似だ。……僕と大差ない中世的な名前のくせに。僕がこの春に高校入学すると同時に中学二年に上がる十三歳なのだが、身長は僕より二センチ低い164センチ。成長期を前にして十分な体格だ。部活もバスケだし、まだまだ伸び白がある。166センチで止まってしまった僕からすれば羨ましい限りだ。
さらに、声変わりしたかも分からない僕に対して夏希の声は既にやや低くテノールボイスになっている。そんなことは、どうでもいいのだが。
「母さんに頼んでよ……。今は何もしたくない……」
弟の頼みをスルーしようとしたら、そうはさせてもらえなかった。
母が忙しいようだ。母の姫宮希ひめみやのぞみは服飾デザイナーといって、平たく言えば服とか靴のデザインをしている。
アイドルプロデュースの仕事をしている父の姫宮光とは見合い結婚だったらしいが、これは母が計画したものだと思う。なにせ今や雑誌のインタビューを受ける程に有名なデザイナーになったのだから。お母さんがデザインした衣装をアイドルが着て、話題になれば母さん本人が徐々に有名になる。……実際にこうなったからすごいや。ちなみに父は多忙を極めていて年度末の今月も某アイドルのツアーコンサートに同伴している。しかも、来月は大半を海外ですごさなくてはならないらしい。最近のアイドルはグローバルだなぁ。まぁ、僕には関係ないけど。
「はぁ。取り敢えず直しちゃおうか」
やむなく弟のポロシャツのボタンを直すために愛用のソーイングセットを取り出す。針と糸を取り出して簡単に縫う。手馴れた作業だ。にしても、何でポロシャツのボタンが取れてしまうのやら。まぁ、どうでもいいけどさ。
「はい完成。これでいいでしょ?」
お礼をドップラー効果させながら部屋をでていく弟に溜め息を吐くのだった。
「ただいま。―――悠希ぃ、夜食作ってぇ」
夜の十時過ぎ……家に帰ってきたのは姉の姫宮光希だ。この春から女子大生になる十八歳なのだが、今はバイトにご執心だ。本人曰く『稼ぐ時に稼ぐ! それだけ!!』だそうだ。つまり、深い理由などないということだ。
にしても、夜食を所望するのは珍しい。取り敢えず階段を降り台所へ向かう。お手製のマイエプロンを着て冷蔵庫をチェックする。
「オムライスにする?」
オムライスは姉の大好物だ。歓声を肯定と捉え、冷蔵庫から鶏肉、卵、ケチャップを取り出す。フライパンを温め炊飯器からご飯を投下――以下略――あっという間に完成だ。仕上げはチキンライスに載せたオムレツをフライ返しで割って広げる。
「はい、おまちどおさま」
台所に美味しそうな匂いが漂う。洗い物をする僕の耳にスプーンと皿のぶつかる音が聞こえてくる。そんなにがっつかなくても誰も取りゃしないのに……。
「ふぅ、ご馳走さま。やっぱり自分で作るより悠希が作った方が旨いよ」
「お粗末様です。姉さんだって本気出したら出来るんじゃないの?」
姉さんは基本的に器用で勉強もスポーツもそつなくこなす。文学部に進学した根っからの文系人間のくせに家電の扱いや説明書の読み込みが早く、僕も何度か助けてもらったことがある。
「悠希は私のことを小器用だと思っているだろうけど、実際は…………器用貧乏なのよ!!」
どうでもいいわっ!! 姉さんは生き方が不器用だ。そうに違いない。
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