第14話
「私、サンタさんになりたいかも」
彼女が駆け寄った先には小さなステージが設置されており、その前に人だかりができている。屋根の上に積もった雪が特徴の小さなログハウス前では、キャストたちがクリスマスの衣装をまとい、子どもたちと楽しげに話していた。
「なんやこれ……?」
大きく息を吸ってよいしょと腰を上げると目を向けた看板には『君もサンタクロースになろう! 体験イベント』 と書かれていた。
悠は嬉しそうに「すごい! こんなイベントがあるんだ!」と身を乗り出す。
「サンタになって、子どもたちにプレゼントを配るんだって!」
「へえ……まあ、クリスマスらしいっちゃらしいな」
興味のなさそうな俺に、悠は不満げに頬を膨らませる。
「興味……ない?」
「ありそうに、見える?」
「そんなこと言わずにさ、やろうよ!」
「やってる悠を見守るんやなくて?」
「うん! だって絶対楽しいし、私は駿と一緒にやりたいな」
俺は渋い顔になった。。子ども相手のイベントなんて今まで参加したこともないし、そもそもこういう場は苦手だった。
「いや……でも、そういうのって、ちゃんと応募とかしてないと——」
「あ、大丈夫みたい! ほら『飛び入り参加OK』って書いてある!」
悠はすかさず看板の端を指差す。
「お前、こういうのほんと見逃さないよな……」
ため息をつくと、そのため息も無視して悠は「決まり!」と満面の笑みを浮かべた。
腕を引っ張られて、俺はそのまま悠の思うがままに連れて行かれた。
——数分後、俺らは人生で初めてサンタクロースの衣装を着ていた。
真っ赤な生地に白いモコモコで縁取られている。なんだ、この陽気な服装は。
「……似合ってる!」
悠が笑いながら、隣に立つ俺を見上げる。写真をパシャパシャと音を立てて撮りながら、撮り終わった画を眺めている。彼女も同じく、赤いサンタクロースの衣装に白いふわふわの帽子をかぶっていた。
「今の間はなんやて。絶対内心笑ってるやろ」
「笑ってない笑ってない、めっっちゃ可愛いと思ってますよぉ」
「適当やな……ってかさ、」
「スカート、脚出てるけど寒くないん」
「可愛いに寒さは付きものですよ駿くん。全然膝丈だし、寒くないよ」
「女の子はそういうものなのね……誰かにでも見られたら……」
「そんなの気にしちゃだめだよ。自分のやりたいことをやるためなら、他人の目なんて無視無視。ほら、行くよ!」
悠は俺の腕を引き、イベントスペースの方へ向かう。すでにたくさんの子どもたちが集まり、期待に満ちた目でサンタクロースたちを見つめていた。
「サンタさん、本物?!」
「プレゼントもらえるの?」
無邪気な声が飛び交う。子どもたちは跳ねながら、悠は笑顔でしゃがみ込み、優しく頷いた。
「もちろん! 私たちは、良い子のみんなにプレゼントを届けに来たんだよ!」
「やったー!!」
目を輝かせる子どもたちに、悠は手際よくプレゼントを手渡していく。その姿は、まるで本当に“本物のサンタクロース”のようだった。
サンタクロースが家に来なくなってどのくらい経つんだろうか。
あの頃は毎年、ベッドの横にあった机に手紙を書いて置いていた。小さなお菓子と共に。
きちんと早めに寝て、早めに起きて新鮮な空気を吸い込む。あの日独特の香りと空気がたまらなく待ち遠しかった。急いで机の上を見ればそこには紙袋に包まれた箱がドスンと用意されていた。しっかりと手紙とお菓子を受け取ってくれていると、より喜びが増す。
優しく折り目に沿って開封する時間が、クリスマスの楽しみだった。
一方で、今の俺は……。
「……」
悠とは対照的に、ぎこちなくプレゼントを手に持ち、どう渡せばいいのか分からずにいた。子どもたちの期待のまなざしが突き刺さる。
子どものヒーローであるサンタクロースというものの中にはこういう者もいるんだろうか。いや、そうではないと願いたい。
「ほら、駿も!」
悠が促すように微笑む。いつの間にか待ち構えていた男の子と目が合う。
「サンタさん……ですか?」
「駿、ほら」
仕方なく、俺は目の前の小さな男の子にプレゼントを差し出した。
「ど、どうぞ」
すると、その子は目を丸くし、きらきらとした目で俺を見上げた。
「うわぁ……。サンタさん、ありがとう!!」
その瞬間、俺の胸の奥で、何かがふっとほどけた気がした。
俺って、こんな顔していたのか。
こんな、純粋で、幸せそうな笑顔。
「……サンタさん、いるかもな」
「え?」
「自然と避けてきたんだよな。このあったかい景色」
子どもたちの無邪気な笑顔に触れながら、俺はふと気づく。
「サンタクロースなんていない」ずっとそう思っていた。でも、目の前にいる子どもたちは、本気で信じている。
「サンタさんは、本当にいるんだね!」小さな声が、俺の心の奥に響いた。
「……ああ」
気づけば、俺も自然に微笑んでいた。
「……ああ」
そう返した俺に、男の子は満面の笑みを浮かべて、ぎゅっとプレゼントを抱きしめた。
その様子を見ていた悠が、ふっと微笑む。
「駿、なんか優しい顔してる」
「そうか?」
「うん。ちゃんとサンタさんになってるよ」
悠の言葉に、俺は曖昧に肩をすくめた。
そのとき、少し離れた場所で、小さな女の子がモジモジしながら立ち尽くしているのが目に入った。手には、くたびれたクマのぬいぐるみ。おそらくずっと大事にしているものなのだろう。
俺が視線を向けると、女の子は少し迷ったあと、小さな歩幅でゆっくりと近づいてきた。
「……サンタさん?」
「……ん? どうした」
「……わたし、お願いしてもいい?」
「お願い?」
聞き返すと、女の子はぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめた。
「プレゼント……パパとママが仲直りするようにしてほしいの」
一瞬、その場の空気が止まったような気がした。
周りで無邪気にはしゃぐ子どもたちの声が遠くに感じられるほど、そのお願いはあまりにも純粋で、そして切実だった。
「……それは……」
俺は言葉に詰まった。プレゼントを渡せば終わり、そう思っていた。けれど、この子の願いは、単なる"モノ"では叶えられないものだった。
どう答えればいいのか分からず、駿は戸惑う。
——すると、横からふわりと優しい声が聞こえた。
「きっと大丈夫だよ」
悠だった。
彼女はそっとしゃがみ込み、女の子の目線に合わせるようにして微笑む。
「パパとママのこと、大好きなんだね」
女の子はこくんと小さく頷く。
悠はふっと目を細めると、小さな声で続けた。
「サンタクロースはね、本当に魔法を使えるわけじゃないけど……でも、願いが届くように、きっかけをくれるんだよ」
「きっかけ?」
「うん。だからね、正直にパパとママに正直に思いを伝えてみて。気持ちを伝えるのはすっごく難しくて、ただの言葉に力がないと思ってしまうかもだけど。きっと、あなたの言葉が心に届いて仲直りのきっかけになると思うよ」
悠の言葉に、女の子はじっと考えるようにうつむいた。
「……大好き、って……言ったら……」
「うん。それだけで、きっと気持ちが伝わるよ」
悠が優しく頷くと、女の子は少し迷いながらも、小さく笑った。
「……じゃあ、やってみる」
「うん、偉い子だ」
悠はプレゼントをそっと手渡しながら、「メリークリスマス」と微笑んだ。
俺はそのやり取りを静かに見守っていた。
……すごいな。
悠は、ただ優しいだけじゃない。子ども相手でも、ちゃんと寄り添いながら、相手が一歩踏み出せる言葉をかけられる。
俺だったら……あんな風に言えただろうか。
「……駿?」
悠が振り向き、首をかしげる。
「ん……いや、なんでもない」
俺はそう言いながら、ふと小さく笑った。
「お前、ほんとサンタみたいだな」
悠は一瞬驚いたような顔をして——すぐに、嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、でしょ?」
その笑顔が、イルミネーションの光に照らされて、ほんの少し儚く見えた。
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