第9話

「カレー屋……?」

「そう! 1回やってみたかったの」


 そう言われて勢いで来てしまった場所は、どこにでもある有名な某カレーチェーン店。外観にかけられている広告には期間限定のかぼちゃを使った秋野菜のカレーが載っていた。


「こんなの、日常的に食べれるやんけ……」

「違うの。私がやりたいことはね……」


 「いらっしゃいませ〜〜」という軽やかな声と同時に開いたドアをくぐり、悠が示した窓側の席に座る。俺はテーブルの端にあるメニュー表を開いて一周する。


「で、何がやりたいん」

「あ、これだよこれ」


 彼女の言葉の続きが気になり急かせばパッと広げて見せ、メニューの下側を指差した。そこには小さな文字がたくさん書いてある。


「トッピング……?」

「そう、大人な選択なんだよ」


 悠は悪そうな笑みを浮かべた。そんなに悪いことなのかと思いつつもう一つのメニュー表を開けば、確かにたくさんのトッピングが載ってあった。チキンや野菜、チーズなど揃いも揃っており迷ってしまいそうだ。きっと、子どもなら親を気遣って躊躇してしまうだろう。


「子どもってさ好きにお金を使えないでしょ? だから自分でお仕事をして稼げるようになったら好きなものを買えるようになる、大人買いってやつ? をやってみたかったんだよね」


「大人買いっていうのかこれ」

「好きに頼めることが大人なの。理解してよ〜〜」


「はいはい、すみません」

「私さ、20歳で既に成人してるけどまだ大人って自覚ないんだよね。だから正直、大人ってよくわからないから味わってみたくて」


「それは……俺も一緒。18歳で成人はしたけど結局制限はあったし、環境もそこまで変わらんから実感は湧いてない」


 数年前に成人はしていた。でも実際学校に通っているし、バイトはしていると言っても仕事という責任感はない。もはや最近では毎日通学する度に見かける会社員を見れば、就職するのが億劫になってしまうくらい大人になることを遠目に見てしまう。


 もし冴綺が生きていたとしたら、同じ夢を叶えられていたんだろうか。

 俺が抱いているこの気持ちは贅沢で、あの子からしたら怒られてしまうだろうか。




「で、松村くんはどうする? 何にする??」

「あ、悠は何にしたん?」


「私はね、チキンとナスとオクラときのこと、」

「ちょ、ほんまにめっちゃトッピングするやん(笑)」


「えへへ、大好きなものばかりだよ〜〜。やっと食べられる」


 頬を緩ませながら店員に注文する姿が微笑ましい。かつてこんな気持ちが生まれたことはあっただろうか。そんな自分に驚きつつも、俺はトッピング無しで普通のカレーを頼んだ。


 この日は真似っこして彼女が味わうものを自分も味わってみたいと思い、カレーの類はそのまま同じものを選んだ。


「カレーってさ、色々思い出が生まれる食べ物だよね」

「え?」


「小学生の頃に自然教室でカレーを作ったんだけど、私の班さ食材集めきれなくて」

「え、食材集めるってどういうこと? 山菜とか川魚とかそういう類……」


「違う違う(笑) しっかりお肉とか人参とか野菜だよ。先生たちがチャレンジとして地図を配って、問題を解きながら食材を集めていくんだけど、」

「いくんだけど?」


「全員なぞなぞとか得意じゃなかったから、質素なカレーになって」

「カレーのルウは基本もらえるん?」


「いや、カレーのルウも調達式だったよ」

「え、じゃあもしカレーのルウまで見つけられてなかったら、」


「「野菜スープ」」


 お互い声がハモって、お互いに笑い合った。小学生で調達式とは結構考えられている内容である。俺の頃はキャンプ場のキッチンに全て食材が用意されていたんだけどな。


 汗水垂らして探した食材が見つからず、もし野菜スープになってたとしたら、流石に他グループの班から香るカレーの匂いに負けて悲しくなってしまうだろう。酷だな。


 ……でもこの会話でふわっと脳内にチョコレートの香りが香った。あの時、カレーに追加で加えた隠し味。どうしてだろう、思い出さないようにしていたのに彼女といると簡単に振り返ってしまう。



「ねぇ、駿ってチョコ好き?」

「どうして?」


「お母さんがね、いつもチョコを隠し味で入れるの。入れると美味しくなるんだよ」

「お菓子入れたら不味くならんの?」


「不味くなるどころか深みが出るんだよ。コクが出て美味しくなるんだ」

「冴綺は料理に詳しいんだな」


「お母さんの手伝いをするようになってから、どんどん食に興味を持つようになったんだよね」

「将来は料理人とかになりたいん?」


「ううん。管理栄養士。図書館の本で調べたんだけどね、管理栄養士っていう仕事は人の人生に大切な栄養を考えてあげられるものなんだって」

「すごい。誇れる仕事やね」


「でしょ。今度は私がお父さんとお母さんのこれからの食を支えるんだ」


 瞳が光っていたんだ。あの頃の君は。

 未来のことに夢見て、小学生ながらに家族に恩返ししようと考えられるところからとても素敵な人だなと思っていた。

 

 いつか自分も誰かを支えてあげられるような人間になりたいよな。



「俺も、作ったな。カレー」

「え、そうなんだ!! どうだった、美味しかった?」


「美味しかったで。なんかね五〇〇円の中でお菓子を買ってくるシステムやったんやけど、幼馴染の子が買ってきたチョコをカレーに入れたんだよ。それのおかげかちょっと特別感あって、」

「好きだったんだね、その子の子」


「は、はぁ!?? 違うわ、! そんなことは、っ」

「でもわざわざ覚えてるんでしょ? 幼馴染なのにそんな細かいこと」


「別に、誰でも覚えてるやろ。悠だって、友達のやったこととか覚えてるやろ」

「違う違う。松村くんの言い方が違うの。なんか、愛があるような言い方に聞こえた」


 カレーを頬張りながらつらつらと答える様子が癪に障る。唇の横に少しカレーがついている。いろんなトッピングをしたのはいいが、今思えば味が混合しないのか。本来のカレーはどこにいるのか。ってか俺、そんな風に気持ち悪い顔で答えてたか? いや、そんなことはない。だって、既に思い出なのだから。


「やばい、豪華すぎて美味しい。松村くんも好きなだけトッピングすればよかったのに!」

「俺はこのシンプルでええ」


「やっぱり松村くんは大人だなぁ」


 ぼそっと呟いてまたスプーンいっぱいに掬って口に頬張る。

 何故か普通の会話だったのに少し哀愁を感じた。


 同時に勢いよく取り込んだ悠が選んだカレーは少し、ピリ辛だった。

 同じカレーにしてよかったのか、ちょっと悩んだ。





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