第6話 仙台駅にて
八月三日。
海潮はアルバイトがあるらしく、朝早くから出掛けることになった。
聞けば街のほうで単発の仕事をするらしく、途中まで同行することにした。小生はバス代を浮かすため海潮のリュックのキーホルダーに化けた。バスは涼しく人もそう多くはなかったので快適だった。
仙台駅で海潮を別れる。そこでようやく今日この後をどう過ごすかを考え始めた。
雲と風が多い日だったので、前日までと比べるとかなり過ごしやすい気候になっている。小生は一先ず、あてどなく街をふら付いてみようとペディストリアンデッキを北へ向かって歩き始めた。
そこでふとベンチを見る。そこにはキツネ色のポニーテールを風になびかせている見知った仏頂面があったのだ。
どうせやることもないので小生は声をかけた。
「よ、
「何してんの、アンタ。こんなところで」
相も変わらなず愛嬌のない返事だった。
このチンチロでジゴロを出した直後に回ってきた親でヒフミを出したしたような不機嫌顔で缶コーラを飲んでいる女は名を
「別に。ぷらっとね」
小生はそう言って欅の隣に腰を掛けた。
すぐさま手に持った扇子をまるで境界線のように間に置かれた。語らずともその線を侵せば噛み殺すというような殺気を出している。
「そっちこそ何してんだよ」
「お姫様と待ち合わせ」
「姫と?」
意外な予定と相手に驚いた。ミスマッチにも程がある。
姫はお役目云々を気にせず、仙台のあらゆるこりてんみょうに分け隔てなく接する。特に小生や欅は年頃も似通っているせいか、互いに子供の頃からよく遊んでいた。当然、欅ともそこそこ仲は良いが一緒に出掛けるような間柄だとは知らなかった。
「ええ。買い物に付き合ってくれって頼まれたの。明日から旅行に行くからって」
「ああ、そう言えば海潮もそんな事言ってたな」
昨日の晩にそんなような事を言っていた気がする。なんでも大学のサークルだか倶楽部の卒業旅行らしい。
「……ところでさ」
「何?」
「一口くれ」
欅の持っているコーラを指差した。
すぐさま罵倒が返ってきたのだが。
「ふざけんな」
「ちぇ」
「ったく」
仕方なく、すぐそばにあった自販機で缶コーラを一本買った。昔から誰が飲み食いしていると同じモノが欲しくなる性分なのだ。
指先を伝う冷たい感覚に満足しながら、元の場所へ座りなおす。そこからはしばらく互いに無言であった。
やがて缶一本を飲み干した小生はふと思った疑問を口にする。
「そういや鶴子に頼まなかったんだな、付き添い」
鶴子、という名前を出した途端、欅の顔が一気に渋くなった。
よくもその名を口にしたな…と鋭い眼光が小生に突き刺さる。
「あんたが姫の立場だったら、アイツに頼む?」
「いや頼まんな」
「ふんっ」
「けど姫は頼むんじゃないのか?」
「知らないわよ。姫だって堅物相手じゃ都合が悪い時だってあるでしょ」
欅はそう言って立ち上がり、足早にその場を後にしようとする。
「どこいくんだよ」
「煙草」
そっけない返事をして少し先に見える喫煙スペースへ向かって行った。扇子は置きっぱなしだったのでここに戻ってくる気はあるのだろう。
ふと伸びをした時に空が目に入った。丁度雲が切れ、その隙間から覗いた太陽はぎらぎらと夏を主張してくる。小生は欅の扇子を勝手に借りてパタパタと仰いだ。上等な品だとはすぐに気が付いた。親骨は漆塗りであるし、紙には香を潜らしてあるのか、暑気を払うかのような清々しい爽やかな匂いがついている。扇ぐほどに涼しくなるようだった。
やがて戻ってきた欅は無言のままに手をずいとこちらに差し出した。いい加減に返せということなのだろう。小生は大人しく従った。
「ところでアンタいつまでいんのよ」
「買い物だろ? 男手があった方が良いとと思ってな」
「都合のいいこと言って姫に昼飯たかる気でしょ」
ズバリと図星を付かれたので笑って誤魔化す。
「仕事はするんだからいいだろ」
「女の買い物に男が出しゃばってくるな」
今日一番の睨みとドスの聞いた声で脅された。けれども一応念のため、可愛くおねだりしてみる。
「ダメ?」
「駄目」
欅は引き際を見誤って怒らせると本当に怖い女狐なので、これ以上は止しておく。
別に姫に会わなければならない理由もないし、欅の機嫌もあまりよろしくなさそうだったため早々に退散を決め込んだ。
そこからは海潮の家に着くことをゴールに定めて、風の吹くまま気の向くままに仙台の街を練り歩いた。街並みは間もなく始まる仙台七夕の準備に勤しんでいる。アーケードは色々な店々の空調が漏れていかなり涼しかった。クリスロードを道なりに進み、広瀬通りへ出た小生はそこから西へ進んだ。やがて宮町へたどり着くと、依然海潮に教えてもらった蕎麦屋で昼食を済ました。
満足した小生は腹ごなしに西公園へ足を延ばした。
木陰とそこに吹く風は人間が使う冷房よりも優しく体の熱を取っていく。満腹感も手伝って、ベンチに腰掛けた小生はすぐさま眠りに落ちた。
目が覚めた頃にはすっかり日が落ちている。辛うじて青葉山の向こう側が赤紫に染まっているのが見えた。小生は大きな欠伸を一つしてから、目をこすりつつ歩き出した。歩いて海潮の家に行くのには少々気怠かったので小学生くらいの女児に化けて木町通りから子平町へ向かうバスに乗り込む。然る後に子供割りのバス代を払うと、また大きな欠伸を出しながら海潮のアパートを目指したのだった。
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