恋は芽吹いて百合が咲く
楠富 つかさ
第一話 出会い(前編)
「じゅぶ、んちゅ、じゅる……んぁ」
わたし、水藤叶美は少し前まで恋という感情を知らずにいた。
「ちゅぱ、っちゅ、ぁぅ」
そんなわたしが、誰かと口付けを交わしていることも驚きだし、
「お姉様、愛しています」
「わたしも、かなみちゃんのこと、だぁいすき!!」
その相手が“二人の”女の子であるということも、二人とも年下であるということも、驚きだろう。
この恋が芽吹いたのは、今年の春のことだった。
図書委員の仕事をするために図書室を訪れたわたしが見かけたのは、一心不乱にペンを走らせる女の子の姿だった。気になって近づいてみると、ペンは原稿用紙の上を走っていた。左利きの彼女は、手の汚れを心配することなく素早く動かしていた。
「小説、書いてるの?」
邪魔にならないよう彼女の右側から声をかける。特に反応はなく、彼女はペンを動かし続ける。そんな彼女の胸元を見てみると、校章が黄色で刺繍されていた。……中学三年生でこの胸は大きいなぁ。
「あ、あの」
あちゃぁ、胸元への視線はよく気付くって自分でも理解していたつもりだったんだけどなぁ。
「えっと、小説書いてました。せ、先輩ですよね?」
「うん。高等部二年の水藤叶美です。君は?」
「中等部三年、城咲紅葉と申します」
立ち上がってわたしと向かい合う城咲さんは、わたしよりちょっと背が高い。肉感的であるけれど、太っているわけじゃないスタイルで、髪も几帳面に三つ編みにされていた。
「わたし、図書委員のお仕事で来てるんだけど、小説書いてる人を見かけたのは初めてだから気になって」
「春休みに借りていた本を返しに来たんですけど、不意に小説のエピソードを思い付きまして、忘れないうちに書こうと思ったので……」
ちらりと原稿用紙に目をやると、最後に句点が打たれて文章が終わっている。どうやらわたしの声が聞こえていなかったわけではないらしい。三つ編み同様、几帳面さが字から伝わってくる。真面目そうな彼女が、どんな文章を書いているのか興味を持った。もともと進んで図書委員になるくらい読書が好きなのだ。目の前に作家の卵がいたら、それはもう気になる。
「ねぇ、城咲さんの作品、読ませてもらえないかな?」
「えっ、ええ!?」
驚いて少しだけ大きな声を出してから、慌てて口を塞ぐ城咲さん。
「恥ずかしいですけど、その、自分だけの視点じゃ……いけないと思うので、その、よろしくお願いします。あ、でも、これは書いてる一部なので、えっと、明日……データでお渡しします」
「うん、ありがとう! あれ? データってことはパソコンで入力し直してるの?」
「はい。文脈が変になってないかとか誤字を探しながらパソコンに打ち込んでます」
「そうなんだぁ。じゃあわたし、そろそろカウンターにいないとだから、またね、城咲さん」
「は、はい! 私ももう寮に戻ります。では先輩、失礼しました」
律儀にお辞儀をして図書室を出る城咲さんに手を振って貸し出しカウンターに立つ。真面目な子だったなぁ。どんな小説書くんだろう? 恋愛ものかな? ミステリーとかもあり得るかも。彼女の作品に思いを馳せていると、不思議と明日が楽しみになってきた。
「まずはお仕事頑張ろうっと」
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