P10:アーティファクト【02】

「クソッ! 逃げ場がねぇ、援護頼む!」

「ほら見たことか!」


 ロイド機はシールドを展開して防御姿勢になってからゆっくり後退し始めた。クーガー機も左腕にシールドを展開してから銃弾の雨の中に躍り出る。カミナは崖上のBMを狙うが射線が通らない。


『――オリハ、アリア、崖上の敵を撹乱できるか?』


 カミナの不安そうな声に怯えるアリア。


「カミナさん……オリハ、パパッと倒しちゃってよ!」

「ダイジョウブ。20ミリナラ、ナンパツアタッテモ、カンツウシナイヨ、タブン」

「オリハ! 頼むよ、皆を無事に帰したい!」


 カミナがこうも気弱な状況には流石に恐怖を感じる。


(こっちのバカちびオリハは呑気にタバコ吸ってるし……禁煙しろ!)


「ほら、バンバン撃たれたらヤバいでしょ!」

「ダイジョウブ、ダッテ。シンパイシスギー」


(もうっ! ここは……仕方ないか!)


 溜息一つ吐いてからコンソールに顔を近づけた。


「倒してくれたらさぁ、今晩、ご褒美いいよ〜」

「サァ! キアイ、イレルゾ、ガンバルゾ!」


 ちびオリハは目がハートで興奮し始めた。思わずハートの蓋が開いてマジックハンドが顔を出す。


「今じゃないでしょ! 閉まっときなさい!」


 蓋を無理やり閉めるとマジックハンドが挟まれてもがいていた。


「イタタッ!」

「あっ、ごめんごめん……」

「モウ……デハ、ジャンプ、スルヨ! ベルト、シッカリ……」


 四点点式ベルトが自動でアリアを固定する。操縦桿が出てくると、勝手に動き出した。やる気に溢れたオリハがジャンプしようとした瞬間、眩い光が崖上からロイドとクーガーに襲い掛かった。


『――粒子ビーム!』

「リュウシビーム!」


 オリハとカミナが同時に叫ぶと同時にロイド機の左腕に直撃した。シールドが爆散して肘から下が無くなっている。

 ロイドはコクピット内で一瞬呆然としていた。


『――後退するぞ、ロイド。右のシールドも展開しろ! 聞こえてるかっ! 後退だ!』

「クソッ! アーティファクト持ちが敵に居るなんて聞いてないぞ? 違約金モンだぜ」

『――金の話は後でナッシュに文句言おう。まずはここから逃げるぞ。後退……は間に合わない。岩場まで突っ込め!』


 クーガーとロイドは撤退を一旦諦めて巨岩側に向かうことにした。何とか辿り着くも近辺に展開していた敵BMの姿が見えない。その代わり崖上からの射撃が激しくなったので、何処かに登り通路でもあるのだろう。

 二機のシールドでは粒子ビームは防げそうにないので巨岩を利用して粒子ビームの射線を潰している。逆に他の攻撃は崖上から射線が通るようになったので、そこそこの銃弾が二機を襲っていた。


 そんな中、カミナ機は一歩前に足を踏み出した。


「粒子ビームの集束機ーーー!」


 テンションがおかしくなってるカミナ。BMが腕をグルグル回している。コクピットの中でも腕まくりして腕を振り回す。


「アイツ倒して集束機をゲットしてくるねー!」

『――えーーー! カミナさん、大丈夫なんですか?』

「さーて、ジャンプして一発こっちもぶっ放して、格闘戦に持ち込むかぁ? さてさて、どうする……」


 既に聞こえていないようでブツブツ独り言を呟いている。声は正直、正気を失っている。


『――やーるぞー!』


 カミナの叫びにオロオロするアリアと落ち着き払ったオリハ。


「アリア。コウイウトキ、ハ、テッタイ」

「えっ、倒せないの?」

「アタッタラ、タイヘン。ニゲルヨ」


(そうよね。それが正解よね。オリハは冷静よ、ステキ!)


「カミナさん、無理しないで一旦引きましょう」

『――粒子ビームの集束機欲しーい!』


 既にカミナの耳にはこちらの声は届かない。舌舐めずりしながらスロットルを全開にした。


「直下まで移動して一気にジャンプ、一気にジャンプ!」


 叫びながら巨岩に向かって突っ込んでいく。

 カミナ機はローラーダッシュではなく僅かに空中に浮いて進むホバリングが可能な軽量級BM。最大速度はオリハのローラーダッシュを僅かに上回る。

 銃弾を避けながらでもあっという間に岩場で身を小さくしているロイドとクーガーの隣へ到着した。


『――お前が来ちまってどうすんだよ!』

『――ロイド、大女を囮にしてオレ達だけ撤退しようぜ』


 敵戦力に不確定要素が現れたのに隊長格のカミナが暴走している状況は流石に怒れてくるらしい。


「へへっ、あんな奴ら、パパッと倒してきてやるよ!」


 高速ホバリングで一気に巨岩を回り込む。しかし先読みされたのか粒子ビームがカミナを襲った。


『――カミナさん、避けてっ!』

「えっ? あっ! くっ、し、しまった……」


 アリアの無線が無かったら直撃だったかもしれない。ビームをギリギリ避けることには成功したが脚部にダメージを負いジャンプはおろかホバリング走行すらできなくなってしまった。結局ロイド達と並んで巨岩に張り付くことしかできない。


「ごめーん!」

『――カミナさん、無茶するから!』


 ここでクーガー機がロイドとカミナを護るように半歩だけ前に出る。クーガーのBMは重装甲タイプで、普通のBMの攻撃くらいなら問題ない。勿論粒子ビームは別だが。


「くそー、ロイド、カミナ、俺に続け! ここから何とか抜け出すぞ」

『――すまない』

『――あぁ、気をつけ……』


 クーガーが撤退の為に一歩を踏み出したところで崖上の敵は攻撃を強めている。巨岩ゾーンから脱出させないつもりらしい。


「クーガーさん! オリハ、皆んなを助けるよ」

「エー、メンドウ……」


 いつの間にかプールサイドチェアに寝っ転がってトロピカルドリンクを飲んでいるオリハ。サングラスを少し上げて気怠そうに呟いている。

 イラッとして額をデコピンする。


「イタイナァ……モウ……」

「なんでよ!」


 クーガー機はどうにか脱出しようと崖上に射撃している。ロイド機も援護射撃中だ。


(皆んな頑張ってるのに、コイツったら!)


「ワナニ、ジブンデ、ハマルノハ、ジゴウジトク――」

「――助けなかったらご褒美は永久にお預け!」


 ちびキャラの顔がサッと青ざめると椅子から飛び降りて足踏みを始めた。


「サァ、キュウエン、イクゾ!」

「ありがとう。分かってくれたのね……」


 なんだかんだ言って皆を助ける為に立ち上がってくれた。その気持ちが嬉しかった。


「オリハ……ありがとう!」

「デハ、コンバン、ゴホウビ、ヨロシク」


 折角の感動が薄れてウルウルの瞳がジト目に変わっていく。ガクッと俯き溜息一つ。


「はぁ。分かったから、さっさとやっちゃえー!」


 コンソールの中のちびオリハがターンを決めるとキラキラと光に包まれた。正面のメインモニターに光の塊が移動すると、徐々に人の姿へ形作る。光が薄れてくると、軍服に着替えた八等身イケメンが敬礼ポーズを取っている。


「ドウ?」

「地味よ。工夫が足らないわ」

「ゼンカイト、カンソウガ、ギャクダ。キビシーー」


 ここでいつものイケメンボイスが始まった。


engage enemy now.

(現在、交戦中)

detect a multipul energy and probably ARTIFACT energy.

(複数体、及びアーティファクトと思われるエネルギーを検知)

move to defensive sequence.

(防御態勢に移行する)


 アリアには何を喋り出したか意味は分からないが、楽しそうにユラユラと身体を揺らしている見つめている。


(そうだ! 応援うちわ作らないと!)


 そう。目にはハートが浮かんで見惚れている。やはり『戦う男』はかっこよく見えるらしい。


non target lock.

(目標固定なし)

defensive mode change AEGIS.

(防御モード『イージス』に移行)

are you ready?

(準備を確認する)


 いつものセリフが出たところで右手を高々と上げた。


「ハーイ! ? なんかカッコいいわ! だから先に言っちゃう。ハイハイハーイ! イケイケよ、オリハ!」

「ヨシ、ケイヤク、セイリツー」


ok.

(了解)

the order has been approved.

(指令を承認する)

mode change AEGIS complete.

(『イージス』移行完了)


 いつの間にか見慣れないものがコンソールの下に出てきていた。小さな玉が箱の上にくっついてるようにしか見えない。


「トラックボール、ノ、ソウサハ、マカセタ!」

「へっ?」


 コンソールには線で描かれたオリハの立ち姿が映っていた。


「ボールヲ、マワシテミロ」


 少しオラつく命令口調の台詞にキュンするアリア。強気に言われる方が好みらしい。


(ヤバい。イケボモードのオリハ、ちょっとオラついててキュンとしちゃう)


「ドウシタ?」

「あっ! はい! こ、こうかしら?」


 変なこと考えて頬が赤くなってないかソワソワするアリア。慌ててトラックボールをグルグル掌で回すとコンソールのオリハの腕に光る点が移動していった。


「マエ、ミテ」


 言われた通りに前を見ると、オリハの腕に五十センチ位の光ったサラダボウルみたいなものがくっついていた。


「えっ、何これ? あっ、ボール動かすと移動するわよ!」


 アリアがトラックボールを動かすと、光るサラダボールのようなものが移動していく。


「ピンポイントバリア。コレデ、リュウシビームヲ、ハジケル」

「わーっ、楽しーい、って、えっ? えっ?」


 すると、コンソールに簡単な線画のアニメーションが現れた。崖の上の敵が発射した弾をバリアを動かして防御している。


「タノンダゾ」


 一通りの説明をすると、左腕の盾型装甲から粒子ビームを板状に展開してシールドを作っていった。


「ビームシールド。リュウシビームモ、ハジケルケド、ネンノタメ、ソッチ、ヨロシク」

「えーーって……きゃーーーー!」


 アリアが状況を把握する前にローラーダッシュで突進する。銃弾を避けながらあっという間にカミナに追いつくと、崖上の敵をライフルで狙い射撃する。しかし角度が悪くて射線が通らない。


「ダメダ。ヤッパリ、テッターイ!」


 ライフルを背中に格納すると、右腕からもビームシールドを展開してカミナを防御する。アリアはコンソールと睨めっこ。クルクルとボールを回しながらビームシールドから漏れた銃弾を防いでいる。

 コンソールから視線を外さずカミナに声を掛けた。


「カミナさん、大丈夫ですか?」

『――アリアちゃん! オリハも、ごめんね。でも集束機、欲しいのよねー!』


 まだ諦めてないの、と少し呆れる。

 それよりも、揺れる機内でコンソールをじっと見てると酔って吐きそうになる。

 顔が青白くなってるアリア。


「ねぇ……うぷっ……集中してると吐きそうよ」

「エー、ワガママダナァ。ジャア、コレデ、ドウ?」


 椅子の座面が下がり身体がベルトに固定されたままコクピット内に立つような姿勢になるアリア。狼狽えているとHMDヘッドマウントディスプレイが降りてきて頭に被さった。周りの風景が高解像度で映ると、まるで自分がBMになって立っているように感じられる。


「やっぱりコレはコレでスゴイわね……」


 すると、マジックハンドがアリアの腕にピタリとくっついてきた。


「うわっ、今じゃないでしょ!」


 マジックハンドを外す為に手をブンブン振ると、バリアが前後に激しく移動した。


「えっ?」

「アリアノ、ノ、ウゴキト、バリアヲ、リンクシタ」


 右手とバリアが連動して動いている。アリアが右手を頭にかざすとバリアはオリハ機の頭部に移動している。頭を守りたい時は頭に手を、肩を守りたい時は肩に手を持っていくと、そこにバリアは移動した。


「あら、コレは分かりやすいわよ! 良いわね、オリハ!」

「ソレカラ、ダメージウケルト、ワカル、ヨウニシタヨ」


 直後に敵の銃弾が頭部に当たると、アリアの頭にはデコピンを受けたような衝撃が走った。


「あっ、痛い! ちょっとオリハ、いたたた!」


 手を頭に持っていくと実機ではバリアが頭部に移動して銃弾が防御された。痛みも止まっている。


「なるほど、これは真の一心同体ね。なんかキズナって感じが良いわよ!」

「ヨロシク」


 アリアがフンっと鼻息荒く気合いを入れると、敵側も激しい銃撃を再開した。


「このっ、胸ばっかり狙うな! あっ、あっ、やめなさい! イヤッ、だからってお股もやめなさい!」

「タノシソウダナ……」

「こらこら、だから胸はやめなさい! あっ、だからって脇を狙うな、マニアックか!」


 三人の前に立って防御していると、性懲りも無くカミナ機が突撃のチャンスを探す為に巨岩から姿を現した。その瞬間、またも崖上から眩い光の粒子が襲い掛かった。

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