→04_step!_RUNNING.「打開策、考案中! -Hit and away-」
──ここは
逃げる兎達に対して狼は自信があるのか、逃げる獲物の兎に向かい冷静にゆっくりと歩き、真剣に追おうとはしなかった。
「──ヤベぇ!ヤベぇ!!ヤベぇ!!!ヤベぇ!!!!」
男に追われていないにも関わらず、ここまで届く殺気と次々に来る攻撃に圧倒され死の危険を感じ、担いでいる兎こと龍樹が叫ぶ。
「ダーツ!ダーツ!イイネ!イイネ!楽しいネェ!」
J.Jの右腕の周りに砂鉄と共に浮かべられた金属類の凶器が、次々と前後方から超高速で飛んでくる。3人は物体を道の障害物を使い奇跡的に避けながら、次々に来るビルの道角をランダムに曲がって行き、何とか狼ことダメージジーンズの男から撒こうと奮闘する。
「おいおい、無駄だろ?このオレから逃げんのはァ!」
◇
──NOAHは騒然としていた。各地で通信障害が起き、スマホや一部交通機関が使えなくなっていた為だ。
そんな中、最初の遭遇から3人は表通りと路地裏を縫って、街中にあるレンタルホバーリフトを駆使して駆け抜け、一般生徒のどよめきの声を幾度も浴びる。
気が付けば3人は、NOAHの『スラム街』とも呼ばれる無法地帯。
龍樹の感覚ならば、東京の歌舞伎町を最悪にしたような場所だ。
「ハァッ、ハァッ……もう、来てねぇみてぇだな……」
そんな調子で背後を見ると、男の姿は見当たらない。恐らく巻くことに成功したのだろう。
「コヒュぅ、! コヒュぅ、! の、ど……いたい」
そしてもう既に死にかけでシャトルランの最高回数約45回のシドには余りにも酷な運動だった。
3人は異臭のする大通りの路地裏に仕方なく倒れ込む。
一方で3人を見失い、ついに痺れを切らした男は能力を使用。周囲の磁場を操作し、ゴミ箱などの鉄製の物と共に、磁力の反発を利用し上空へと大ジャンプする。
そしてシドの労力も虚しく、
「──おい」
「コヒュぅ、!コヒュぅ、!……ぅ、し……死ぬ──ってう、嘘でしょ!?なんで!!」
──シド達の約20m程の背後に、男は──狼はいた。
戦慄と再び感じる殺意。2人は体力を忘れ、鉄の雨が降り注ぐ中、方向を変えて再び走る。
シドは自身の
「は?……ンだこれ?コレがクソガキの能力か?……お、すり抜けた……ヒヒッ、ヒャハハハ!!やっぱクソ雑魚じゃねェか!!」
「マジでパネェ!!おいベルさん!アンタは何か知ってんだろ!?アイツは何で襲って来た!?アイツの能力は何なんだ!?」
龍樹は抱えているベルに男の正体を聞く。
「──か、彼は、J.J。アウトキャストのっ、元リーダーで、すてーじ4の上位の能力者だ。のう力は、っ磁場の操作ッ。襲った理由は…………分からない……」
危篤状態なのだろう、ベルは出血で意識が朦朧とする中、力を振り絞って意識を繋げ、答える。
色々と引っかかる所はありつつも龍樹は追求をせず、「むしろ30分、貧血状態でアンタすげぇよ」とベルに驚きを示し、背後から迫り来る脅威から逃げる。
「そうか、んじゃマジでガチで死ぬんじゃねぇぞ!ベルさん!おいシド、こっちだ!」
ベルを気遣い、龍樹は周りを見渡しながら、少し離れた場所に倉庫の様な廃墟を発見してシドと共に逃げ込んだ。
倉庫の扉を閉め、2人とベルは物陰に声と身体を潜める。
その数十秒後、巨大な音がした。
J.Jがドアを壊した音だろうか?
2人はさらに息を殺す。
「アア懐かしいなァ!ここ!アイツらが生きてる時ここで結構バカやったなァ!!そんな思い出ぶっ壊してくれたうさぎちゃーん!!出て来いよォ!!なァ!?殺して
J.Jは思い出と殺意を天秤にかけてあっさりと、トタンの倉庫の屋根を引き寄せて崩し、自身に当たる寸前で反発させる。
屋根は周囲に高速で飛び、倉庫の一部が崩壊する。
「ッッ!?」
崩壊した屋根が磁力の反発で超高速で壁にぶつかり、それによる突然の大きな音に2人は驚くが、それでも声を我慢する。
いつ2人の真上に屋根が落ちてきてもおかしくない為、いつまでも息は殺してはいられない状況になってしまった。
だが2人はこの大きな音を利用し、ラトに電話し救いを求めようとする。
「────嘘!繋がらない!もしかして、まさかEMP!?」
「おいマジかよ!?」
「あっ、見っけ。ヒャハハハ!!」
J.Jは罠に掛かった電話の電波に気付き、2人が隠れているゴミ箱へと迫って行く。
足音はだんだんと近づいて来ており、緊張と戦慄が走る。
「──しゃあっ!いっくぜえ!!親父流!!自衛隊近接格闘術!!普通の右ストレート!!!!」
「ッ!?」
龍樹はゴミ箱から飛び出して不意を突いた攻撃はJ.J顔面にクリーンヒット。
そんな龍樹の拳は一瞬だけ七色に光り、J.Jは男子高校生の渾身かつ普通の右ストレートを食らったとは思えない程に、バケモノじみたありえないスピードで吹っ飛んだ。
「決まったァ!……ってマジか!?んだこれ!?」
本人も想定外の幸運に驚くしかない。
龍樹の謎の
「リュウジュ!!こっち!!」
シドは路地裏から多からず人が居る大通りへと抜け出る通路を発見して、大通りを目的地に設定し走る。
恐らくそこに出れば、流石のJ.Jも攻撃してこないと踏んだのだ。
倉庫が倒壊した様な音がした。しかし、2人は後ろを見ずただ走る事だけに集中する。
「ッッ!キッチぃ!!けど、頑張れぇぇえええ!!!!」
ずっと180cm位ある成人女性を背負っていた龍樹は、ようやく初めて弱音を吐き、自身を鼓舞する。
一方でシドは、とっくに限界を超えており最早、体力の概念すら無い状態だった。
J.Jの殺意を背後で感じる。しかしそれでも2人は後ろは見ず、足を走らせる。
目的地まであと20m
目的地まであと10m
目的地まであと5m
目的地まであと──
「……あッ!?っがあああッ!!クソッ痛ッてえエエッ!!」
刹那、命運は尽きた。
龍樹の背中にナイフが貫く。背中から入った刃は胸から飛び出ていた。そして龍樹から溢れ出た大量の血はシドの顔に飛び散る。
今まで奇跡的に避けれていた幸運は底を尽き、研究室で見た
「リュウジュ!!!」
「おい……このクソつまんねェ鬼ごっこも終わりだクソガキィ……」
シドの後ろから迫る、鬼の形相を浮かべる狼が嘲笑う。
J.Jは腰のナイフを抜き、2人の元へ歩む。
そしてJ.Jとの距離はついに1メートルを切り──
──プチッと、シドの中で何かが切れた。
「……ッジェージェーェェェェェェ!!!!」
不意にシドは、影の"すり抜ける"という致命的な性質を一切無視して、「ただ何か起これ!」とヤケクソの賭けに出る。
「は?バカかよ雑魚が!!一度見たんだよ!!クソガキイッ!!影はすり抜ける!!ただそれだけ!テメェの負けだ最弱がああ!!」
J.Jはナイフを磁力の反発を利用しナイフを飛ばす。
───ブォン!と風を切る音と同時にナイフとシドのヤケクソで賭けた影が交わり、影は当然のようにナイフをすり抜け、シドの腹部に突き刺さる。
覚悟はしていた。それでも想定を遥かに超える鋭い痛みに悶え苦しむシドは、前方でも同じ様な声が聞こえ、歯を食いしばり発狂しながら見る。
「は?……ッァはああああ??!!!」
──J.Jの腕が転がっていた。
そしてJ.Jの欠損した肩から龍樹と同じように大量の血が溢れ出ていた。
想定外の出来事に2人は驚愕する。
そして2人はすぐさま因果関係を考察し気づく。
シドの影はJ.Jの左肩を貫いていた。
「
シドの理解が追い付く前に、J.Jは先程と同じようにナイフを反発させカウンターを放つ──
「──ワープ」
──が、シドに直撃する寸前でシドは、本能で自身の能力を理解し、飛んで来たナイフに影を伸ばした。ナイフはJ.Jの背後の影にワープし、逆にカウンターを放つ。
そしてそのナイフはJ.Jの背中に突き刺さった。
「ッア”ア”ア”ア”ア”!!!!?」
J.Jの凄まじい痛みによる悶絶する声は、人だかりの少ない街へと響き渡り、人の少なかった街に、路地裏に、次々とギャラリーが集まる。
──研究室にてベルが言っていた
つまり今のシドは
──それは、正に"
この戦いの勝者はもはや誰が見ても、分かるくらいに一目瞭然だ。
勝者は
「やめ、ろ!シド!」
龍樹がシドの足を掴み、静止させる。
「っ離せ!リュウジュ!!コイツはッ!今ッ!トドメを刺さない、……と、──ぁ」
トドメを刺す直前でシドは気絶してしまった。
◇
次にシドが目を覚ましたのは、とある病室だった。病室にはニュースが流れている音が聞こえていた。
「あれ?……知らない、天井。 はは……」
昔にベルに見せて貰ったアニメを思い出し、周りを見渡す。暗黒に染まっていた筈の空には鮮やかな偽りの青空が広がっており、近くにあった時計では朝の10時を示していた。
「し、シド……!」
シドが起きた事に気付き、ラトが涙を浮かべ、非常に心配そうな顔で駆け寄ってくる。
「ラト姉!!ベルは!?……あ、あれ!?なんでリュウジュ?! ……ああ幻覚か」
「…………死んでねぇよ!!?」
シドはラトの隣にいた龍樹を発見して、茶化す。だがその一方で龍樹は遅れてツッコミを入れた。
そんな様子の龍樹にシドは──
「……え?う、嘘、だよね……? ラト──」
「ああ、ベルさんは……
絶望で無気力なラトに代わり、龍樹がベルの安否を伝える。それと同時にシドは息を飲む。
……
…………
………………
──隣に居んぜ……」
無事をシドに伝える。
「……え、嘘、でしょ?ベルが、死ん── 、……え?生きてる? じゃあ何そのテンション」
「シド……察して……!」ラトがジェスチャーを交えて小声で説明する。
龍樹の表情は、何とも言い難い表情だった。それはまるでベルが死んだ時のような顔をしていた。
それらによってようやく状況を理解出来たシドは、龍樹の顔の様子を察して空気を読む。
「テッテレー!!ドッキリでしたー!! シド、驚いたかい?!」
「ドッキリでしたー!」とシドのベッドを囲むカーテンを勢い良く開けるベルだったが──
「……え、嘘……嘘だ!!嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ッ!!!! ラト姉!!なんか言ってよ!!!!!! ……お願い……ラトねぇ……」
「あれ?シド……ドッキリだぞ?」
──無視されるベル。
現実を直視できないシドはラトに無意味な懇願をするが、ラトは泣きながら沈黙する。
「──シド……悲しいよな、分かる。俺も親父が半年前死んだ。」
龍樹は何故か突然のカミングアウト。
「おーい!リュウジュくーん?! 君は仕掛け人のはずだよねー?!」
──またも、無視されるベル。龍樹たちはベルを見ない様に、演技を続ける。
「……同情?だから何? リュウジュは僕の何なんだよ!」
「……すまん」
「……ッ!! ……もういいよ」
シドは痛みを耐え、立ち上がる。
「ちょっとシド!! まだ治療は終わってないのに!!」
「ラトまで!? ……これは、本当にワタシは……死んでいるのか……?」
──いつも真面目なラトにまで無視されるベル。
部屋から出ようとするシド。それを止めようとするラトは、シドの腕を掴む。
「離してよ…… ラト姉……!」
ラトの腕を振りほどき、シドは部屋から退出する。そして葛藤した表情を浮かべながら、シドを追いかけるように、ラトも遅れて部屋を出ていった。
外には、ベルの旧友でシドの担任のサラ・テイラー先生が俯いて立っていた。
だがシドはサラ先生を無視して早歩きで歩いて行く。そしてラトも挨拶だけをしてシドを追いかけて行った。
「ワタシ、生きてるのになぁ……」
──病室のテレビには
◇
「──うわッ、誰だアンタ……?」
遅れて部屋から一人で出てきた龍樹は、スポーツブラと白衣という病院にはあまりにも似つかわしくないエロい格好をしているサキュバスこと『サラ・テイラー』の圧倒的存在感に気付く。
「わたくしは……ただの
龍樹は名前を要求したが、その要求は名刺という形で返された。その名刺には『テイラー財閥 会長サラ・テイラー』と書いてあった。
「おいおい、ひでぇ言い様じゃねぇか。アンタ」
「……ま、いつか意味が分かりますわ。そんな事より……あなたはリュウジュ・ホシオカ、ですわよね?」
「……んで名前知ってんだ? 俺まだアンタに名前紹介してねえのに」
「さあ?
何とも含みのある様な無いような、あやふやに濁された感じのあるサラの返答に、不思議そうに顔をしかめる龍樹。
「はあ……? んで、結局何が言いてぇんだ……?」
「──リュウジュ・ホシオカ、──わたくしと一緒に暮らしてくれませんか?」
「……え、は?」
それは突然のプロポーズ。
確かに龍樹は突然に『ストームバースト現象』により転移して来た一門無しである。
そして、たった今。頼りにしようと龍樹の内心で思っていたベルはもう居なくなってしまった。
今まで、転移してからシド達とずっと一緒に居た為か、その事を龍樹はすっかり忘れていた。
──つまり、今の龍樹は"詰み"である。
「は、はい!お願い致します!!」
「ち・な・み・に ! これはプロポーズではありませんのよ」
「あ、はい。お願いします」
そうして龍樹の明日と食事は約束された。ただし、シドへの気がかりな心に龍樹は────
「……なぁアンタ、シドの事どう思ってんだ?」
「……それは彼次第ですわね」
サラ・テイラーは表情一つ変えず、冷静に、無機質な声で答える。それに龍樹は思わず一瞬圧倒される。
が、その瞳の奥には一抹の悲しみが浮かんでいるように見えた。
「何かあるんだな、シドに。アンタ、知ってることがあんなら……言ってやれよ。あいつ、今にも壊れそうだ」
龍樹は強い口調で言い放つが、サラ先生は微笑みを浮かべるだけだった。
「彼には彼の道がありますの。干渉しすぎるのも教育者として失格ですわ」
龍樹は肩をすくめ、諦めたようにため息をつく。
「……まあ、俺には関係ねぇけどな。あいつが、何とか立ち直ってくれりゃそれでいい」
そう言い残し、龍樹はシドを追って病院の廊下を走り出した。
サラ先生はその背中をしばらく見つめた後、ふと天井を見上げ、静かに呟く。
「ベル……あなたが残した子供達が、どうなるかしらね」
そして再び無表情に戻り、サラ先生は静かにその場を立ち去った──
---
「──死んでっ!! 無いわァァッ!!」
「グハァッ!!ですのぉッ!!」
──と、ベルが病室からダッシュで、廊下を歩いているサラ・テイラーの背中をドロップキックが炸裂。
「チッ、イッテーですのッ! このサイココアラ女ァッ!!いい感じに締まりそうだったのに!! 何してくれやがるんですの!?」
「全くだ! むしろこっちが言いたいさ!! この無自覚サキュバスクソビッチ!! ッ…………グスっ、ワタシのぉ、可愛い子供達に無視されてぇっ、グスっ、挙句の果てにぃ、コアラ女呼ばわりまでぇ……あんまりだぁ……グスっ、あとコアラは可愛いんだぞ!! あぁ!愛しのオーストラリアぁぁ!!」
ベルは、ダウナー系?マッドサイエンティストお姉さんにしては傷つきやすいナイーブな性格なのだ。
「よくもまぁ! 人の気持ちも分からず、人体実験に手を染めている癖に! 全くあの子達が本当に可哀想で仕方ないですわ! しぃーかぁーもぉー?ホームシックぅ?精神年齢は30の大の大人がお恥ずかしいですわねぇ!?」
サラ先生はトドメに「あとコアラはブサイクですの」と注釈を入れて、ベルを徹底的に否定する。
教師という人と向き合う職業をしているだけあって、人の痛い所を突くのが上手い。
「や、やめてくれぇ……グスっ、悪魔ぁ!……グスっグスっ、一体、何が望みなんだぁ? いつもの『勝負』か? 負けたら何でもするからぁ」
泣きながらベルが『何でもする』と言ったその瞬間、サラ・テイラーの動きがピタッと止まった。
「今……『何でもする』って言いましたわよね?……言質、取りましたわ!! おーっほっほっほ!! それでは早速!『勝負』と行きましょう!──お題はもちろん……」
「格ゲーだ!」「
2人は別々のお題を出し、見事に意見が食い違う。
「「は?」」
約500年前からの2人の因縁は、今でも2人の間に根深く宿っていたのだった。
---
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