第16話『叫べ!さすれば届かん8』

【ラジオ@最杏チーム】

 実を言うとこのイベントには攻略法がある。

去年のマレーシアのJAPAN EXPO出場権争奪イベントでのことだ。

カカシは『プレモニー』のオタクとして、イーグルは『ミストレス』のオタクとして参加したそうなのだが、お互いに「あっちには負けたかもしれない」と思ったそうだ。他のオタクの数は50人程度の中で、二つは100人ずつでいい勝負だったらしい。

ところがフタを開けてみると、優勝したのは『ムカシバナシ』だった。

 カカシが調べてわかったのは、こういうことだ。

 プレモニーのオタクは、もちろん1位にプレモニーと書く。しかし2位にミストレスを書くと負けてしまう可能性があるから、ミストレスを3位以内に書かない。ミストレスのオタクもプレモニーの名前を書かない。そうしてみなが2位に名前を書いたムカシバナシが優勝したわけだ。

 これはオレたちだけが知ってる攻略法だ。カカシはアニマル武士道とアルカナアイドルの、イーグルはテロ-リズムとアイロックの、トラウトはキレイの、オレはとりあえず女子の、そしてラビットちゃんは元々ガーデンプリンセスを推していたのでそこの、それぞれのオタクに「2位にニジドリを書いて」もらうようにお願いしてまわった。これでいけるはずだ。

 よく『二推しは作るな』というけれど、単推しじゃなくDDしていた方が良いこともあるんだ、と学んだよ。


【アオイ】

『優勝は…………虹色ドリーミングです!』

『やったあああーーー!』

ドリーマーが飛び跳ねている。えっ?なんで?

「アオイ様ぁやったぁ。やったよぉ」

杏花が泣きながら抱きついてきた。えっ?

勝ったのか。あたしたち……掴み取ったんだ。

 あたしは目を閉じて綾香に「やったよ」と伝え、その後拳を高く突き上げた。

『では、優勝した虹色ドリーミングにはウイニングランでもう1曲お願いします』

 あっ。あー。あー。やっぱり。

「ごめん。あたしもう声出ない」

 ミオタンがうなづいて言った。

「虹の彼方へ、でお願いします」

『はい。では……あっ、ちょっと待ってください』

 何だろう?音響トラブルかな?

『虹色ドリーミングの運営さんからお話しがあるそうです』

 高梨社長だ。

『ニジドリのみんなおめでとう。ドリーマーのみなさん、応援してくれたみなさん、本当にありがとうございます。実は大事なお知らせがあります』

『やめないでーー』

『わははははは』

『虹色ドリーミング、8月6日にTIFに出演することが決まりました』

『おおおおおおお』

 嘘?!えっ、本当に?


 うだるような暑さ。雲一つない真っ青な空。

 たぶん今日は40℃近くまで上がるだろう。

 ミオタンが携帯用扇風機を顔に当ててる。

「虹色ドリーミングさんお願いします」

「よーし」

 ミオタンが扇風機を置いて立ち上がる。みんなで円陣を組んだ。

「ニジドリ、TIF楽しもう!」

『おーーー!』

 今日は1曲目ソウルスクリームのイントロが流れる中、あたしたちは野外ステージへ。

 うわっ!人、人、人。見渡す限りの人。ドリーマーはオリジナルTシャツを着てるから一目で分かる。

「おまえら、今日は死ぬ気でかかってこーい!」

 綾香、見えるよね。

 あたしたちはかつてアイナが立ったステージに立っている。

 アイナが見たのと同じ景色を見ている。

 SBYグループは今年も全員、って全部で何人いるかよく知らないけど、とにかく全員出る。

 そんな大きな大きなステージにあたしたちは今立っている。

 来月には日本を代表してフランスのパリのステージに立つ。

綾香。

 あたしが連れて行ってあげる。あたしの夢。二人の夢。

≪ソウルスクリーーーーーーーーム≫

 あたしは一人じゃない。いつも綾香がいっしょだ。綾香!いくよ!叫ぶよ!

≪ソウルスクリーーーーーーーーーーーーーーーーム≫


「よいしょ、あれ、届かない」

「ユキ、はい」

「あ、カレンありがとう」

「えぇ、わたし窓側がよかったぁ」

「じゃあ私と交換する?」

「ミオタンいいのぉ?」

「ユリポンはそれ何持ってきたの?」

「向こうだと日本食が恋しくなるかもって」

「今は日本食ブームだし、JAPAN EXPOっていうぐらいだからたぶん何でも売ってるよ」

 あたしは最初から窓側。黙って窓の外を見てる。

 実は……あたし飛行機に乗るの生まれて初めて。

 だから窓側は誰にも譲らないし、そして今とても緊張してる。

 こんな物が果たして本当に飛ぶのか。落ちたりしないのか。

 13時間も乗っていたらエコノミークラス症候群にならないのか。

 機内で「ビーフorチキン」って聞かれるというのは本当なのか。

 ビールは飲めるのか。まあ他のお酒でもいいけど。

 パリでは日本語は通じるのか?ホテルは?タクシーは?食事は?

 そもそもライブはフランス語じゃなくていいのか。練習しておかなくていいのか。

 ソウルスクリームってフランス語で何て言うんだ。

 あっ、動いた。うわっうわっ。

 飛行機が加速して背もたれに押し付けられる。

 うわっ、浮いた。

 あたしたちは今飛行機と一体になって飛び立つ。


 これであたしと綾香の話は終わり。

 でも、あたしたちの物語はまだまだ続く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る