第10話『叫べ!さすれば届かん2』

【寺嶋あおい(青色)】

 川本綾香が死んだ日、あたし寺嶋あおいも一緒に死んだ。綾香は高校の、いや世界でたった一人の友達だった。ショートの金髪とビアスと笑顔がよく似合う子だった。彼女はロックアイドル、特にアイナが大好きでいつもカラオケでBaSHの曲ばかり歌っていたから、あたしも自然と全部覚えてしまった。『星が瞬く夜に』を10回連続でやったライブは、BaSHメンバーといっしょにあたしたちもぶっ倒れた。日比谷野音のライブには、IDOLと胸に書かれた黒いTシャツをお揃いにして一緒に行った。

「おまえら全員今日ここで死ねーー」

 あたししかいないのにカラオケでいつもそう言っていた。それなのに……綾香の方が屋上から飛び降りて死んだ。

 あたし宛に郵送されてきた遺書には、好きだった先生と関係をもっていたこと、その先生が転勤になって捨てられたこと、アイナみたいな歌えるロックアイドルになりたかったこと、そして最後に「あおいを一人にしちゃうけど許して。できたらあおいが代わりにアイドルになってほしい。あおいならあたしよりかわいいからきっとなれるよ」と書かれていた。

どうしてあたしに相談してくれなかったの?

どうしてあたしを一人にするの?

どうしていっしょにいこうって言ってくれなかったの?

置いていかないで。

何度もあとを追おうと、方法を考えたけどどれもうまくできなかった。あたしには死ぬ勇気がなかった。

綾香がいなくなったことで、携帯は止まったままになった。

「いっしょに死のう」と掲示板で誘い合った男は「どうせ死ぬんだから最後に」と襲いかかってきたので、必死で逃げた。

死ぬこともできないあたしは部屋に引きこもった。自分の殻の中に閉じこもった。高校は中途退学になった。親に精神科に連れて行かれ、うつ病と診断されて、パキシルという薬を出されたけど、吐き気が酷くて勝手に飲むのを止めた。両腕は傷だらけになった。


春と夏と秋と冬が何度か来ては去っていき、三年が経ったある日、トイレに行った時、リビングから聴いたことがある声が聴こえてきた。アイナだった。アイナは国民的スターになっていた。その年の紅白でアイナは『プロミスザスター』を歌っていた。

綾香が一方的にしてきた約束を思い出した。綾香がなれなかったアイドルになる。綾香が叶えられなかった夢をあたしが叶える。それがプロミス、約束なんだと思った。


 ベリージャムプロのオーディションを受けて、ニジドリに入った。

 でも、最近になって、綾香が「あたしが行きたいのはそっちじゃない」と言ってる気がしてきた。だから社長にお願いした。

「ショートの金髪にしたいんです、あとピアス。お願いします」

 社長は渋ったけど「担当カラーの青ならいい、ショートとピアスはキャラに合っていそうだからOK」と言ってもらった。メンバーやドリーマーはビックリしていたけど、下僕たちはやけに盛り上がっていた。

生誕祭のソロは、綾香とのことを思い出して『オーケストラ』をカバーした。綾香やアイナみたいには歌えなかったかもしれない。サプライズとかケーキとかはちょっと恥ずかしかったから、表情を変えないように努力した。


 生誕祭の直後のある日、毒舌で再ブレイクした芸人が司会のテレビ番組に、ニジドリで出ることになった。

 ゲストの俳優がアイドル好きだったので、スタッフ推薦のいくつかのグループの自己紹介とMVを見て、その俳優が一番気に入った子とお見合いみたいに2ショットトークをするという企画だった。

 その俳優はなんとドMで派手髪好きだった。選ばれたのはあたし。何を話せばいいのか分からないよ、うー。

「お休みの日は何してますか」

「……寝て……ます」

「趣味はなんですか?」

ずっと引きこもってたから、趣味なんかないよ、うーー。

「カット!ドSなんだからもっとぐいぐいお願いします、はい、最初から行きます」

 そうだった、ドSは無口をカバーするための設定だけど、お仕事なんだからがんばらなきゃ。

「趣味はなんですか?」

「ロックなこと全般! 」

「えっ?例えば」

「細けえんだよてめえ、ロックだと聴くに決まってんだろ」

やば、言い過ぎた。と思ったらなんか喜んでる。

「どんな曲聴かれるのですか、お教えください」

なんだ?口調が変わったぞ。次はちょっと抑え目でいこう。

「パンクとかメタル、アイドルだとBaSH、バンドだとメガデスとかアンスラ」

「お休みの日はどのように過ごされるのでしょうか?」

寝てる、はだめか。えーと。

「ライブハウス。ライブ後のビールが最高」

「ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」

「100年早えーよ、もっとMを極めたら連絡してきな」

「はい!!」

放送の翌日からなぜかあたし目当てのオタクが増えて、ビンタチェキとか踏んでるチェキとかケツにタイキックチェキとかやらされるハメになった。


しばらくして、社長がメンバーを集めて言った。

「アオイがかなり歌えることが分かったし、アオイ目当てのお客も増えているから、次の曲のセンターはアオイでいく。ゴリゴリのアイドロックでBPM速めだから、ダンスもおのずと激しいものになる。みんなレッスン頑張ってくれ」

『はい』

「アオイ」

「はい」

「今度の曲のソロパートはお前の超ロングトーンが売りになる。腹筋を鍛えて肺活量も上げておいてくれ。ボイトレもつけてやる。頼むぞ」

こっちだよね、綾香。やっぱりそうだ。道っていうのは自分で切り拓くものなんだ。

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