魔王軍参謀なんだが、倒された魔王が俺より弱い気がする
消灯
……え、魔王様……? まだ二回しか復活してないですよね……??
「『ジャッジメントシャイニングライトニングサンダーホーリーブライトブレイド』ォォオ!!」
血の染みる、白い華美な衣に身を包んだ、活発そうな茶髪で、細身の青年が叫び、大剣を振り下ろす。体格に見合わず、異様に幅の広いそれは、純白に揺らめく光を放つ。青年は、『勇者』だ。
その先には、肌の青い、額から角が生えた、がたいのいい、けれども無手な大男がいる。大男は、下に行くほど長い四対の腕の先と、角の間から覗く眼球をギラつかせ、青年の声を塗りつぶすように呼応する。
「なめるなあッ! 『クライムダークシャドーブラックネスデスネクロディスペア』ァアッ!!」
青年の大剣が放つ、目に残像の残るような、青い稲妻を巻き込む光の竜巻と、冷たい江戸紫と凶暴な紅色の霧を纏う、視覚の消失を錯覚するような高密度な黒漆の、しっとりとした熱波とが衝突し、天地の崩壊が起こる。
暗い城の壁があった場所からは、夕焼けが見える。斜陽が差し込んでは、その白と黒の、調和のような打ち消し合いの前に霧散する。
しかし、それもつかの間、拮抗し、停滞した前線は、動き出す。
「ハァァアアアアアアア!!!」
「なっ! 我が、人間に押されるだと!? ありえん、このようなこと、あってはならぬ!!」
純白は、黒漆を切り裂き、大男にせまる。
「ウォオオオオオオ!! 僕は、負けられないんだ! 家族が、仲間が、みんなが、平和に暮らすために! ここでお前を倒さないといけないんだ!!」
純白の勢いは、さらに増す。外の森が吹き飛び、地面も消し飛び、川も干からび、それでも、なお、収まらない。
「こんなはずでは、こんなはずではなかった! 我が、この我が人間ごときに……ッ!!」
一方で、切り裂かれる漆黒は、あらぬ方向へ、溶かした水彩の混じるごとく宙へと消えていく。
「終わりだ、魔王ォォォオオオオ!!!!」
勇者の咆哮が轟き、『魔王』と呼ばれた大男の胴に、広い、大きな節穴が開く。
「グハッ、ァ……ッ」
「ハア、ハア、ハアっ……」
魔王は虫の息。よく見れば、体は、先端から、少しずつ薄汚れた黄ばんだ灰になり、散っていく。魔族の定めだ。驚異的な身体に膨大な魔力、内臓一つや二つくらいの破裂など数日で完治するほどの、超越的な生命力。その代償が、これだ。神聖な光に触れることで始まる、体の融解。
過ぎた力は、神の法、粛清を甘受させられる。抗うことはできない。だから、定め。
息を荒くし、しばらくそれを見つめた後、勇者は、剣に付いた血を払おうとして——同じように灰になり、舞い散るそれに、手を止める。
嗚呼、なんて、悲しいことなんだ。
勇者は、心底そう思う。
争い、自らそうさせた。
それはわかっている。
この生物は、魔王は、罪をたくさん犯した。街を滅ぼし、人々をたくさん殺し、そうして、悪鬼羅刹そのものになりきった。
自分の仲間も、ほとんどが殺されたのだ。
たしかにそれも、身にしみてわかっている。
だから、こんな風に、徹底した消滅という天罰を受けるのは、因果報復と言えるのかもしれない。
それでも、思わずにはいられない。
この世に生まれてきたということすら、痕跡ごとなくなってしまって、大切な人に形見を残すことすらできなくなってしまって、……。
実に、嘆かわしいことだ。
前だったら、『なんのために生きてきたのかわからないぃ? そんなこと、思うわけがない。この主人公は、偽善が気持ち悪い』などと思うような事柄だろう。
だが、こっちに来て、
だからこそ、思ったんだ。
これは、悲壮過ぎる。とんでもない惨事だ。
「……勇者」
魔王に話し掛けられる。
気付けば来た道を戻ろうとしていた足を止め、振り返る。
「……なんだい?」
魔王が、常人であれば見逃すほど、僅かに顔を上げる。
「お前と我は、似ている。まるで同じだ。瓜二つ」
突飛な着想である。魔王と似ているなど、普通は、すぐさま否定する。理解ができない事象だ。
だが、魔王の真剣な目は、それを許さない。
「容姿や立場の話ではない。当然、性格でもない。もっと根幹にある、本質的な、奥の方のものだ」
「……」
言葉は出てこない。
心の何処かで、否定しきれていない。
「行動原理、深層心理、原動力。そういった言葉を使えば、より表せるかもしれないが、それでもすべては無理だ。そもそも、おそらく、我にもすべては理解できていない。それでも、いずれ、わかる時が来るはずだ」
段々、魔王の様子が苦しげなものになっていく。後半では、息も絶え絶えだ。
しかし、魔王は、未だに力強さを感じる、確かな口調で言い切る。
「いや、いずれ、実感する。是が非でも、だ。そういう場面に、出くわすこと、だろう。……必ず、だ……我の、み……ぅで、に…」
「……おい、魔王?」
魔王は、完全に消えてなくなってしまった。
「肝心なところで消えやがった」
奇な予言もあったものだ。
しかし……。
「実感することになる、か」
ああはいったものの、やはり、勇者としては、魔王と酷似した性質、それもかなり根本の部分というのに、少なくない抵抗がある。
できれば、そんな機会は来てほしくないものである。
皮肉なことに、魔王が最後に見せた感情は、『希望』だった。
︻︻
︼︼
いや、あの、なんかいきなりシリアス始まっちゃったんですけど。
ちょっとトイレに席を開けていて、戻ってきたら、『ジャッジメントホーリー』だとか、『ダークシャドー』だとか、なんか言ってて。
「実感することになる、か」
あれ、もういっちゃう感じですか?
勇者さーん?
「さらばだ、我が宿敵にして、最凶の魔王ローガルーゼ」
あちゃー、もういっちゃったか。
でも、うちの魔王様、復活するからな。
いまのは第三形態と見た。
俺が知ってるのはここまでだけど、魔王様ともあろう方がたった二つしか形態の変化先を持ち合わせていないわけない。
そもそも、あそこまで弱いならば、俺が魔王になるし。
てことで魔王様、復活しちゃってくださいよ!
——シーン…
「……」
んんー?
「おーい、魔王様ー?」
——シーン…
んんんー??
魔王様が、最後にいた場所を調べる。
結果———
——————————
魔力:残滓(死亡)
——————————
おっとー?
これは?
——————————
瘴気:極小(天昇)
——————————
死んでますね。
復活を前提としない、完全な死。
覆ることのない、絶対的な死滅。
もう、魔王様が蘇ることはない。
すなわち、……え?
いやだから……え?
つまりは、そういうことで……え?
「……え、魔王様……? まだ二回しか復活してないですよね?」
なんで死んでるんですか??
︻
︼
「ふぅー」
よっし、落ち着いたぜ。
あ、どーも、魔王軍参謀のカイノです。
いやぁ、驚いた。
大変お見苦しいものをお見せした。
しかし、許してほしいものだ。
だって、まさか、魔王ともあろう方の形態が二回しか変わらないなんて思わないでしょう?
え、そんだけあれば十分?
またまた、ご冗談を。
そもそも、魔王の最終形態というのは、誰もが見たことがない、だからこそ、最終形態として成り立つわけで、あんな、普段から部下に見せるようなものではない!
儀式美を汚す、いや、穢す、とんでもない大罪だ。存在が忌まれるおこない。とても許せたものじゃない。
……ごほん、話が脱線したようだ。キリッ
えーっと、で、魔王様が倒されちゃったわけだけど、こういうときはどうするんだっけ?
ルールブックは……ない。
部屋か。
「エ——」
「お呼びでしょうか」
食い気味に答えながら、なにもない虚空から、全身タイツの、かわいい女の子が、霧のように現れる。
白髪のボブで、鮮やかな朱色の瞳を持ち、肌は過剰に色白、真っ白な犬歯は長く、下唇の上から、下に小さく突き出している。
後、若い。
彼女、エリは、吸血鬼だが、冷帯に積もる、さらさらとした雪のようなその美貌は、神秘を彷彿するものだ。
「魔王様が倒された。ルールブック持ってきて」
「畏まりました」
またしても、食い気味に反応するナーシャ。
念の為言っておくが、エリはメイドじゃなくて暗殺者だ。こんなに扱き使ったら、凡愚には命の危機が伴う。
どんなに配慮して、この娘を修飾しようと、その説明の文章は、やばめの女の子という形に落ち着くはずだ。
「持ってまいりました」
「ご苦労」
「恐縮です」
肩と腰を震わせるナーシャ。
頬はうっすら上気している。
早速、『やばめ』なところだ。
人に頼られ、自尊心が擽られるというのはわかる。誰もが少なからず持つ心だ。だが、この娘、エリのは違う。
男女関係なく、気のある人間に頼られるのはうれしくて当然だが、エリは、そんな比じゃない。
たとえば、地下に幽閉されたとしよう。いつ外に解放されるかはわからない。薄暗い中、食料は残り少ない。そんな状況でも、俺がエリに『食料を寄越せ』と命ずれば、喜んで差し出す。いくら自分の腹が減っていても、歓喜に打ち震え、不平など、雀の涙ほども覚することなく献上してくるだろう。
そのくらい、『やばめ』なのだよ。
「四天王は死天王になりました」
ああ、それと、ギャグセンスも『やばめ』だ。
さてと、気を取り直して、この広辞苑ほどもある分厚いルールブックを引くとしよう。
”魔王様が逝去なさった場合”。これか。
なになに、”魔王軍全体の壊滅状況”?
”四天王死天王”——うわ、これエリがパクったのか。こんなところ、まともな神経をしていればパクらないだろう——と、”参謀存命”を照らし合わせる。
「……なるほど」
自分のすべきもとは、理解できた。
勇者に会いに行こう。
さあ、魔王様を討伐した罪は重い。
その身を持って償うがいいっ!
「ハーッハッハ! アーッハッハッハッハ!!」
「? はーっはっはっは」
︻
勇者は魔王の最後の言葉を胸に、静かに歩き出した。
「実感することになる、か…」
彼の足音だけが、誰もいない道に響く。戦いの余韻は残るものの、死んだ魔王の言葉が頭の中を巡り、心の奥底で何かがざわついていた。
「僕と、魔王が、似ている…?」
その言葉を、どう受け止めるべきなのか、未だに答えが見つからない。
祖国へ戻る途中。
勇者はふと足を止め、ふり返る。
そこには、もう何もない。魔王の死骸も、復活の気配も、何も。
「僕が…魔王になるのか?」
一瞬、そう思った自分をすぐに否定する。まさか、そんなはずはない。
だが、胸の奥に芽生える小さな疑念が、彼を苛んでいた。
「いや、そんなわけないだろ…」
勇者は、また歩き出す。だが、その足取りには、確かな重みが感じられた。
---
突然、空が暗くなり、風が強く吹き荒れる。
振り返る勇者の目の前に、ひときわ大きな影が立つ。それは、かつて見たことのある、圧倒的な力を持った姿。
「戻っ、た……?」
だが、そこに立っていたのは、魔王ではなく…。
「お前は……誰だ?」
そして、影が語る。
「俺が、お前の…」
その先は、聞こえない。強風の音が、すべてを飲み込んでしまった。
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魔王軍参謀なんだが、倒された魔王が俺より弱い気がする 消灯 @mamedennkyu
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