第45話 秘密

「さあ、着いたよ」


 馬車が停まり、スヴェンのエスコートで外へと出ると、そこには雑草の生えた平らな土地が広がっていた。周囲に他の建物はなく、少し離れた場所に古い廃教会がぽつんと佇んでいる。


「なるべく広い場所を探していたんだけど、運良くここが見つかってね。あの廃教会は追々取り壊す予定だよ」

「いい場所が見つかりましたね。周りが静かなので勉強にも集中できそうです」


 ここなら広い校舎を建てることができそうだ。建設の予算はいくらくらいなのだろう。せっかくなら造りのしっかりした建物にして、有事の避難場所など、別の用途も持たせられるとよいかもしれない。


 スヴェンと建設予定地を歩きながら、そんなことを考えていると、ぽつ、と頬に当たるものがあった。


「あれ、雨だね」

「結構降ってきましたね」

「馬車は遠いな……。とりあえず、あの廃教会で雨宿りしよう」


 二人でちょうど近くにあった廃教会に駆け込んだところで、雨は土砂降りになってしまった。


「建物があってよかったですね」

「うん、ちょうどよかった。はい、これで拭くといいよ」


 スヴェンが貸してくれたハンカチで濡れたところを拭いていると、いつのまにかスヴェンが階段の前で手招きしていた。


「アリーセ嬢、こっちに来てくれる?」


 どこから持ってきたのか明かりのついたランタンを持って、地下へと続く階段を指差す。


「実はアリーセ嬢に見てほしいものがあるんだ」

「見てほしいもの……?」


 校舎の建設に関係のあるものだろうか。それなら確認してみたいが、地下室というとどうしてもリンドブロム神殿での嫌な出来事が思い出されて怖くなってしまう。


「あの……地下には何があるのですか?」

「ああ、君には怖かったよね。ごめん。でも大丈夫だよ。とても貴重なものでね──きっと学校づくりにも役立つだろうから、アリーセ嬢にも見てもらいたいんだ」

「……分かりました」

「よかった。じゃあ、危ないから手を貸して」


 スヴェンに手を取られ、ゆっくりと階段を降りていく。神殿の地下室のときのように嫌な臭いはせず、変わった様子もない。少しほっとしながら下まで辿り着くと、スヴェンが手慣れた様子で明かりを灯した。


「ここに貴重なものがあるんですか?」


 元々この教会にあったものなのだろうか。古い宗教画だったら、学校に飾るのもいいかもしれない。そう思って周囲の壁を見渡してみるが、特に絵画のようなものはなさそうだった。絵でなければ何なのだろうと考えていると、スヴェンが棚に手を伸ばし、隠すようにしまわれていた小さな箱を取り出した。


「これだよ、アリーセ嬢」


 繊細な薔薇の模様のレリーフが施された革張りの箱。アンティークのような質感で、おそらくかなり古いものだろう。何か惹かれるものを感じて見つめていると、スヴェンが丁寧な手つきで蓋を開け、箱の中から小さなガラス玉を取り出した。


「これは……一体なんですか?」


 スヴェンが見せたのは、ただのガラス玉ではなさそうだった。透き通った玉の中には、蝋燭の火のようなものが揺らめいていて、ランタンの明かりよりも強い光を放っている。


 その不思議な玉を掲げながら、スヴェンは穏やかな声でその正体を明かした。


「──これはね、初代女王ウルスラ・シーラ・リンドブロムの魂だよ」

「ウルスラ女王の魂……?」

「そう。君も知ってのとおり、僕は神学者でもある。数年前、研究のために神殿に所蔵されていた古文書を片っ端から読んだことがあってね。その中で、さまざまな古代文字を使って暗号のように書かれた文書を見つけたんだ」


 複雑すぎて誰も解読できていないと聞いて、好奇心が刺激されたスヴェンは、何日も所蔵庫にこもって解読を試みた。


「そして知ったんだ。リンドブロム神殿には、ウルスラ女王の魂が保管されているということをね」


 暗号のような古文書にしか記されていない、公にはなっていない秘密だ。


「その文書は当時の大神官が残したものだった。ウルスラ女王に横恋慕していた大神官が、彼女を諦めきれなくて魂を取り出したみたいだ。はは、昔の大神官も頭がおかしかったんだね」


 公表すれば国を揺るがす発見だったが、スヴェンはそうしなかった。世間に知られる前に自らの手で見つけ出したかった。魂の保管場所を探すためには神殿の隅々を調べる必要があったため、ミカエル大神官の事件を利用させてもらった。


「彼には処刑前に会っていろいろ教えてもらったよ。見返りに命乞いでもされるかと思ったけど、そんなこともなかったし助かったな」


 気ままに話しているように見えたスヴェンだったが、彼はさりげなく階段のほうに移動してアリーセの退路を断ってしまった。アリーセが冷や汗を流しながらスヴェンに問う。


「……なぜ私にこんな話をするのですか?」

「だって、君も知っておくべきことだからね」


 スヴェンがおもむろに自分の右肩を指差した。


「前に、肩を壊したせいで剣術をやめたって言っただろう? あれは僕の兄──今の国王のせいだったんだ」


 上がらない肩の痛みを覚えるたび、婚約者だったカミラのことと、あの日の惨劇を思い出す。肩さえこうなっていなければ、カミラを死なせずに守ることができたのに──。


 カミラは何者かが仕向けた暗殺者に殺された。スヴェンではなくカミラを狙っていたので、きっと娘を王族に嫁がせたかった貴族の誰かが計画したのだろう。


 一緒にいたのに守れなかった。剣を振るおうとしたが、肩の痛みのせいで隙ができ、逆に剣を弾き飛ばされてしまった。暗殺者はそのままカミラに襲いかかり、彼女の胸に剣を突き刺した。カミラの血がスヴェンにもかかり、その場に倒れる彼女に死が訪れる瞬間を見た。


 暗殺者を放った家門を見つけることはできなかった。おそらく、カミラの死後スヴェンに近づこうとした家門の中のどこかだと思うが、数が多くて特定できなかった。


 誰を恨めばいいのか分からなくて苦しかった。

 カミラは死んでしまったのに、黒幕がのうのうと生きていることが許せなかった。


 この怒りを、憎しみをぶつけるべき者は誰だ。

 そいつに復讐してやりたい。


 日増しに募る憎しみのやり場を探していたとき、ある人物のことが頭に浮かんだ。


 ──そうだ、復讐すべき相手は自分の兄だ。


 カミラを守ることができなかったのは、この忌々しい肩の痛みのせいだ。そして、その原因を作ったのは紛れもなく兄フレデリク。彼が故意にスヴェンの肩を負傷させたのだ。


 兄のせいで自分は剣術の道を閉ざされた。

 愛する婚約者を無惨に亡くした。

 人生を滅茶苦茶に壊されてしまった。


「──だから僕も兄の人生を壊してやるんだ。フレデリクを国王の座から引きずり下ろし、君を玉座に座らせる」

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