第37話 一里という大きな違い
放たれる上級氷雪魔法。ただ、僕の意識は回避には動かない。
――――『僕の意識は』。
――――シャキンッ!
空間を占める空気が氷点下に凍てつく。
「ふふ、ふはははは! やっぱり自分の師匠には勝てないよねぇ?」
そう、フラルトの声が空間に響く――。
「――――あーあ、キッショい笑い声をあげやがって…………」
冷やされ、白くなった空気の中で、フラルトには人影が見えた。
「――あー、そうだ。確かに君もいたね。えーと? 何て名前だっけ?」
室内に響く足音。ベルキュートに着実に近づいてくる人影。
「――――てめぇに名乗る名前なんてねえよ、クソ野郎」
黒く染まりあがった髪の毛は、すぐに色素が引いていく――――。
「――――ありがとう、スダチ。助かったよ…………――さて、と」
目の前に居るものは、確実に師匠ではない筈なのに、何処かこの戦闘に懐かしさを感じる。
「こうやって、模擬戦をしたこともありましたよね、師匠?」
そう問いかけても、口を持たない彼は答えることも無い。
「――――ま、気楽にやるか」
そうして、師匠に似たモノに魔法杖を構える。
「――――【フレルギザムス】」
魔力が想像を絶するほどの熱波に変換される。
形成されていた氷塊は一気に溶け落ちた。
放たれた獄炎はベルキュートのようなモノに放たれる――――。
衝撃と共に、更に熱風が吹き荒れた。
「――――そういえば師匠、【リガルデル】を使えないんでしたね」
その何かは、分厚い石壁で魔法を防いでいた。
「――だからって、容赦はしませんよ…………!」
再び、魔法杖を構え直す――――。
「――――【グリラルガルゼ】」
杖の先から放たれる巨大な土砂、それらは大きな波となって何かを襲う――――。
――――【ウオルサグシオ】。
そうして放たれる巨大な渦潮。それらは、土砂を押し流すには十分だった。
僕の上級土魔法を、上級水魔法で相殺する。
「なるほど、師匠はそう戦うんですね?」
ただただ、師弟対決というやつ。
魔法と魔法の鬩ぎ合い。
目の前の何かは師匠なんかではないというのに、僕は本気で師匠と戦っている気分で魔法を放っていた――。
「さ、次はどうします?」
すると、その何かの足元から土が隆起する。
それを見て、僕も模倣をした――。
――結局出来上がったのは、二体の巨大なゴーレム。
大きさも魔力量も拮抗していた。
――――ドンッ!
二体のゴーレムの腕同士が同時に衝突する――――。
それらは相殺され、結果的に崩壊を始めた。
それにより、砂埃が舞い上がる。
様子が見えない相手からの攻撃を警戒する――――。
――――【キエラシグルマ】。
途端、その砂埃の中を電撃が走る。
「――――くっ!」
それを、【リガルデル】で受けきった。
それが良くなかったのかもしれない。
そのまま続けて魔法が放たれて来る。
――――【サルベキルベル】。
その魔法は、今までのどんな魔法よりも強力だった。
そのまま、魔力障壁を一瞬で破って僕の腹部を貫く――――。
「――――――ぐっ!?」
衝撃で、僕は後方に吹っ飛ばされた――――。
――――――あぁ、負けてしまったか………………。
当たり前だ…………。師匠の生み出した【サルベキルベル】という魔法、作った本人である師匠が一番使いこなせて当たり前なのだ。
それも、師匠の一番のコンプレックスであり、師匠の一番の得意魔法だというのに。
「いやー、熱い戦いだったね。魔法の打ち合いというのはやっぱり何時見ても感激するよ!」
先程まで、隅に身を潜めていたフラルトが近づいてくる。
「ま、トドメは僕が刺すことにしようかな」
そう、魔法杖を取り出す。
「僕だって、火球一個分を放つくらいの魔力は残っているんだ。手負い…………それも、出血多量でもう虫の息の君を仕留めるには十分だ」
僕の首元に、杖を向けた。
「さ、何か言い残すことはあるかい?」
ふむ、どうやら僕は今度こそ殺されてしまうらしい。
シキリナさんの話によると、次僕が死んでしまえばスダチも伴に死んでしまうらしい。少し悪いことをしてしまったかもしれない。
――――――――――――――――。
あぁ、そうかい。
それは良かった…………ね…………。
消え入りそうな意識の中、手元付近に師匠の手記が落ちていることに気づく。
僕は、何となくそれに手を伸ばす――――。
「ふ、ふふ…………。それ、墓場まで持って行くの? 君は面白いなぁ、本当に」
僕を笑いものにするフラルトを気にも留めずに僕は手記に手を触れた――――。
その時だった。
手記は光輝き、ひとりでにページが捲られる。
「な、何………………!? お前、何をした…………!?」
最終的に、最後のページが開かれた。
そこに書かれていた紋様が煌めき始める。
「何をしたと聞いているんだ!」
「い、いや………………」
声を荒げるフラルトに、状況を呑み込めていない僕は何も返せない。
――――途端、頭に何かが流れ込んできた。
それが何か、僕は一瞬で理解することになる。
知らない――――いや、知らなかった人間の顔、知らなかった家、知らなかった土地。
それらが全て、『知っている』に変わっていく――――。
そうして、僕は思い出した――否、知ることが出来たのだ。
僕が生まれてから一度目の死を迎えるまでの過程。
僕が生まれた家、僕が育った家、『スルガ』という母、『ワカサ』という父、そして、僕がどのように死んでしまったのかを。
死の瞬間まで、父と母が僕を必死に守ってくれていたことも。
全て、知ることが出来た――――。
――――――――。
同時に、僕の中で何かが分離されていくのも、僕は何となく理解していた。
傷が癒えていき、立ちあがれるほどまでになる。
「な、何故………………!?」
僕らを見て、フラルトは言葉を失った。
「何故って、ソーカが死を超えたからだよ」
僕の隣で立っている彼。
白い右目と黒い左目、そして、それに対応するように、頭髪の右と左が白と黒で分かれている。
今の僕に似た容姿だった。
「――――やぁ、初めまして…………ってことも無いか。久しぶり、ゴーストさん」
それを聞いた彼は嬉しそうに返した。
「へっ、やっと思い出したのかよ。遅すぎるだろ」
「正確には思い出したんじゃなくて、知ったんだけどね」
僕の、長く伸びた白黒の髪の毛が揺れる。
「スダチさんはそいつが逃げないように見ててよ。僕は師匠と決着を付けなきゃだから」
「はーい、分かった任せろ」
そう言って、魔法杖を拾い上げる。
「――――反撃だよ、師匠」
僕は笑って、師匠に杖を向ける。
「――――【サルベキルベル】」
そう言って、特殊攻撃魔法を放つ。
それに対して師匠も、同じ魔法で対抗する。
――――やはり、この魔法では師匠の方が強い。
一瞬でも気を抜くと押し切られそうになる。
僕は、一か八か手記を取った。
ページを開き、手で触れる――――。
「――――【
師匠のようなものは、蒼炎に包まれる。
「…………できた!」
心なしか、苦しそうに藻掻いていた。
続けて、別のページを開いて更に放つ。
「――――【
周囲に氷の結晶が漂う。
途端、それらが鋭い礫となって、それを襲った。
「まだまだ!」
さらにページを捲る――――。
「――――【
更に、天から一閃の電撃が落とされる――――。
――――――最終的に、人形は動かなくなった。
その首元に、杖を向ける――――。
――――。
その時、不意に声が聞こえた気がした。
それに一瞬手を止める。
――――――――――――――――――――。
そう、聞こえた声。
ただの幻聴かもしれない言葉に、僕は涙ながらに返す――。
「…………わかりました……!」
そうして、この戦いに決着をつける――。
最期は、やっぱりこの魔法だろう。
杖の先に、魔力を集中させる。
「――――――【サルベキルベル】…………」
そうして放たれたただ一筋の魔力撃は、人形の首元を貫いた――。
「な、な!? 認めない、こんなの! ベルキュートが負ける訳無いんだ!」
そう、負け惜しみを口に、スダチに拘束されるフラルト。
「あれは、ベルキュートなんかじゃない。ただの人形だ」
僕は涙を拭って、そう淡々と返した。
「で、でも…………! あれはほぼ完全な再現人形だったはず…………」
僕は学校を出るとき、振り返って言う。
「あれは、只の偽物だ。いくら九割九分九里一致していても、ベルキュートのその一里の重みは大きいんだよ。きっと、全盛期の完全な師匠だったならば勝てなかった」
これは僕の本心である。
きっと――少なくとも僕は、今回の戦いで師匠より強いことを証明しただなんて思ってはいない。
それでも、僕は得るものがあった。
それは、記憶もそうなのだけれど………………。
………………けれど、一番は――――。
――――一番は、師匠のことをもっと知れたことだ。
そう、『untitled journey』と表紙に書かれた本を手に思うのだった――――。
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