第22話 港『街』キーシャ

「あ! ソーカ、ほら見て! 海だよ!」

「着いたみたいだね」

』、そう形容するのが一番正しいと思った。

壮大な海から、汽笛を鳴らし、大きな船がやって来る。

正しく、港『』の有様だった。


検問に居る守衛に話しかける。

「すみません。ソーカという者なのですが、街に入っても大丈夫ですか?」

「ソーカさん…………あぁ、貴方が。いえ、随分お若いので驚きまして…………。ヘリガル様への面会ですね。どうぞ、お入りください」

そうして、僕らは貿易都市キーシャへ入ることが出来た。

「……というか、本当にビックリだよ。国衛軍隊長様直々にクラウディアへの入都許可を頂くだなんて」

「まだ許可は貰ってはいないよ。一度面会をして、審査をして貰うんだよ。でもまぁ、早くクラウディアに入れるのなら好都合だね」

あの後受付の隊員から、面白いことを聞いた。

なんでも、その場に居合わせた国衛軍の幹部が、入都許可のための推薦を出してくれたらしい。

なので、こうやって審査を受けようと、国衛軍隊長のいるキーシャまで、一週間ほど掛けてやってきたのだった。

「そうね…………っと!」

ミラクサが背の高い青年にぶつかってしまった。

「あ、すみません……」

「ん、あーこちらこそ悪かったな。ちょっと急いでるもんで……許してくれや」

そう言い残し、街の門の方へと走り去っていってしまった。

緑色の髪に、腰には長剣を携え、動きやすい軽装…………冒険者だろうか。

「気を付けるんだよ、ミラクサ。今はまだ普通の人だったけれど、腹を立てる人だっているんだから、きちんと前を見て歩かないと……」

「もう、説教臭いな、お母さんみたいなこと言わないでよ」

「えぇ…………」

あまりの反応に困惑してしまう。

「……早く行こう」

そうして、国衛軍の事務所まで向かった。


扉を三回ノックする。

「入りなさい」

扉の奥から低い声が聞こえる。

「失礼します」

部屋に入ると、長めの木製机で書類に目を通している男性がいた。

「そこに座りなさい」

そう言って指示を受けたソファに二人で腰掛ける。

すると、男性もまた、椅子を離れ、机を挟んだ僕たちの対面のソファに座った。

暫く沈黙が流れる。

「……クラウディアへの入都許可に関してはもう出してある」

「本当ですか!?」

「あぁ……」

煙管を咥え、煙を吹かす男性。

「……あの、ということはもう帰っていいということですか?」

若干の間に耐えれずに、若干失礼なことを口走った。

「いや、まぁちょっと待ってくれ」

そう言って、男性はまた一息煙を蒸す。

「……この街の近くにはダンジョンがある。知っているか?」

「それは勿論……そこで採れた鉱石等を他大陸と交易することによって栄えた街であると知っていますから……」

「そうだ、その通りだ。……だが、ダンジョンには魔物も存在する。その中でも特段強い、最下層に居るダンジョンボスという存在。これがまた厄介なんだが…………」

また煙を蒸す。これで三回目だ。

「これが地上まで上がってくることがある。その周期が迫っているんだ……」

「何ですって!?」

ダンジョンボス。存在は師匠から聞いた。

その強さは、普通の魔物とは群を抜き、数百の討伐隊をもってしてやっと倒せる魔物であると。

ダンジョンは定期的に内部構造が変化する。それに伴ってダンジョンボスも変化すると聞いていたが、もしや……。

「つまり、キーシャが危ない。ダンジョンから出てくるまでに討伐しなければいけない。それに手を貸して欲しい。そうですね?」

「話が早くて助かる。ただこれは命令でも、クラウディアへの入都の条件でもない。別に、受けないのなら受けないでもいい。ただの『』だからな……」

「……わかりました。どっちにしろ、死傷者を出す訳にはいきません。お手伝いさせていただきます」

「ふっ……流石はベルの弟子だ……」

「え?」

「いや、何でもない。こっちの話さ。詳しい話は俺の息子ケルタに聞いてくれ。緑髪の青年だ。さっきダンジョンボスの偵察に行った」

その特徴に僕たちは心当たりがあった。

「……それってさっきの?」

「何だ、もう知っているのか? なら話が早いな。恐らく、もう帰ってきている頃だろう。探してみてくれ」

「分かりました。では、失礼します」

そうして、軍隊長室を去った。


「ごめんね、話を勝手に進めて」

「いいよ。放っておいて死人が出る方が嫌だし」

「ありがとうね」

面会を終え、外に出る。

「何イチャついてんだこら」

揶揄いなのか、それとも何か機嫌を損ねてしまったのか。何方にせよ、探す手間が省けたというものだ。

「――――ケルタさん、だよね? 僕たちは――」

「あー、いいよ。大体の事情は聞いたから」

「聞いたって、いつ聞いたの…………」

「さっき」

そうやって、ぶっきらぼうに返答するケルタ。

「――あれ、ダンジョンに行ってきたんだよね?」

「そうだけど?」

彼の服は、不自然に思えるほど汚れていなかった。ダンジョンの様子を見てくるというのは、魔物などとの戦闘は避けられないし、歩いていても、土埃が付きそうなものだというのに。

まぁ、そこまで気にすることではないか。

「一応、僕は今回の件の責任者だから、足だけは引っ張らないようにだけはしてね。そこんとこヨロー」

呼び止めはしたものの、聞く耳を持つこともなくそれだけ言い残し、何処かに歩いて行った。

「――――仕方がない。今日は宿に泊まって、明日聞くことにしよう」


その日久しぶりに、柔らかなベッドでゆっくり睡眠をとることが出来た。

というのも、センネルを出てからというもの、真面な村に立ち寄ることもなかったからだ。

また、久しぶりに日記帳を開く。今日は、師匠の手記も脇に添えて。

今でも僕は手記に目を通していた。これを読むと、またあの日々を思い出せるから。忘れないでいられるから。

僕がサクゴ森林でのことを綴っていた時、ミラクサが部屋に入ってきた。

「おはよう…………って、何してるの?」

「日記を書いてるのさ。僕はこうやって時々旅の記録を振り返りたい人間なんだよ」

「ふーん……? ……それは何?」

「……あぁ、これは、師匠が遺してくれた手記だよ。untitled journeyのことについて詳しく日記に残してあるものだ」

「え! みたいみたい!」

ミラクサは強い興味を抱いた。仕方なく、彼女の前でページをパラパラと捲って見せた。

「貸してあげるから好きに読みなよ」

「ありがと」

彼女が日記に集中したところで、僕もまた、作業を再開した。

暫くして。

「――――大体読み終わった。ありがとうね」

「え、早くない? 本当に読めたの?」

「うん。昔から本を読むのは得意だからさ」

そうだった。この子は天才だったのだ。

「それよりさ、後半から、何も書かれてないページが多くなってたけど、どういうこと?」

「あー、それは僕にも良く分かんないんだよね。なんか、【】なんだってさ」

何気なく、僕は白紙のページを捲った。

――――――?

「――あれ」

こんなもの、書いてあったっけ。

何も書かれているページ。ただそこには、うっすらと、只確実に何かが描かれていた。

「どうしたの?」

「いや、何だろうって思ってさ」

「え?」

彼女は今開いているページを見つめた。


見開きページの左側は、何やら紋様のようなものが描かれている。魔法陣のようにも見えるのだけれど、見たこともない形のものだった。

右側には何やら文字が書いてあった。


焚籠 焔炎煉蒼 霊技火遁秘法――


その先は掠れていて読めない。

見たこともない字だ。

――いや。

僕はこれをどこかで知っている――――?

そんなまさか。

「――何か、見えるの?」

「え? 見えないの?」

「うん。只の白紙のページ」

そんな馬鹿な。くっきり見えるというのに。

「何かソーカさ、たまに変なこと言うよね。ゴースターの声が聞こえるだとか、見えない文字が見えるだとか。魔法ができる人って皆そうなのかな?」

呆れ顔でそう言う。

「え、えぇ…………」

「もう、今日はケルタさんに会いに行くんでしょ? 早く準備しなよ」

――そうだったな。

不満は残りつつも、僕は手記と日記を両方閉じ、カバンに詰め込んだ。


「おはよう、今日は一緒にダンジョンに潜るよ」

「え、そんないきなり!?」

「え、だって状況を知りたいんでしょ? だったら見てみたほうが一番早いからね」

欠伸交じりに、そして矢張り気怠げにそう言うのだった。

「さ、早く行こう。僕も早く終わらせたい。それと、年が違うからって敬語は要らないから」


地を歩く音が岩壁で反響する。

洞窟型のダンジョン、スミランテに来た。

ダンジョン内の魔物が持つ魔力反応は、今居る階層のものしか探知できないものであるので、まだ入ったばかりで、入り口から近いここからは、ダンジョンボスの魔力反応を探索することはできなかった。

「ねぇ、ボスは何階層に居るの?」

「第五階層だ。ダンジョンボスが発見されてから一か月間経った今でも、動きは見られないのだけれどね」

今居る階層が二階層だから、もう少し歩くことになるのか。

「道中の魔物は君たちに任せるよ。と言っても、最近はダンジョンボスの浮上によるものなのか、魔物たちが全く見られなくなってね。楽々道中だと思うから安心していいよ」

確かに、彼の言う通りこの階層には魔物の魔力反応ひとつ見当たらなかった。

「そうなんだ。…………ケルタって、ヘリガル国衛隊隊長の息子なんだってね」

僕のその言葉に、彼は歩みを止めた。

「――あいつの話を俺の前でするな。次話したらお前の首を撥ねる」

そう、僕を睨みつけながら声を荒らげるケルタに動揺してしまった。

「え……わ、分かった」

「……いや、悪いね。流石に言い過ぎた。いや、僕は親父のことを好きじゃなくてさ」

「それは、何で?」

彼が歩み始めるのを見て、僕もそれを倣った。

「…………単純に、比べられるからさ。親父は若くしてあの地位に上り詰めた。それも、強さだけで。それが僕にはない才能だったってだけだよ」

「……そう…………」

それから沈黙は続いた。魔物も出ることはなかったために、五階層迄、ただ歩き続けるだけだった。

そう、五階層。

ダンジョンボスが存在するはずの階層だ。

「――――ん?」

「どうしたの?」

「……いや…………。…………ケルタさん。本当にこの階層にダンジョンボスは居るんですよね?」

「え、うん。昨日偵察に行ったときには居たよ」

「……そうですか」

どういうことだろう。それらしき魔力反応はこの階層からは見当たらない。

違和感を覚えているけれども、案内を続ける彼に着いていく。

後から思うけれど、本当はここで引き返さなければならなかったのだ。

引き返せていたら、もっと良い未来というのがあったかもしれないのに。


「――――着いた」

そう、彼が歩みを止めたのは巨大な洞穴の入り口だった。ざっと目視で、直径五百メートル、高さ二百五十メートル程の半球状の空間。

「ほら、あれがダンジョンボスだ。あまり近づくな、刺激するのは危険だから」

そう言って、彼が指差す先に、それはあった。

岩壁にくっつき、動かないモノ。

形は細長いもので、何処なく、模様のようなものが見える。

だが、茶色であるために、目視では壁と判別が付けずらかった。

「――ちょっと待ってよ。あれが?」

「あぁ。大きさ的にも、ダンジョンボスで間違いないと結論付けられた」

おかしい。あり得ない。

だって。

「――――魔力反応がない……」

「……は?」

僕の目は、脳は、感覚は、目の前のをただの物質であると認識しているのだ。

「いやいやいや…………。魔物なんだからあるに決まってるでしょ。君が弱いんじゃないの?」

若干、見下したような態度をとるケルタにすぐさまミラクサが反論した。

「ううん、ソーカは強いよ。今までずっと見てきた。ミラルルの巨大ゴーレムも、センネルのワルマーガも……それに魔法盗賊だって、ソーカが捕まえたようなものだもん」

「え、そうなの?」

あまりにもイレギュラーな展開に、考察を始める。

は何なんだ? まずはそこからだ。

――いや、待て。待つんだ。

僕はを知っているんだ。

ごくごく普通で、見慣れていて、自然そのもの。

そこから、恐ろしい結論に至ってしまう。

「――ダメだ。引き返さなきゃ…………」

「ちょっと、どうしたのさ」

「引き返さないとダメなんだよ!」

そう声を大きくしてしまい、二人はそれに驚いてしまった。

信じたくない。信じたくなかった。

「本当にどうしたの…………」

「――ミラクサ、君はを僕よりもよく知っているはずだ…………」

「…………え? 何言って……」

そう彼女が呟く。

「…………あ……待って、それじゃ……まさか……」

突として、それに皹のようなものが入る。

「――――あ」

まずい。やばい。始まった。

「……あれ、なにあれ、あんな皹あった?」

「……あれは皹なんかじゃないよ」

「あのさ、何が言いたいの? さっきから、何か解ったみたいな口調で言ってるけどさ」

僕たちは、いや、キーシャの人間も、見た時瞬間に気づく冪だった、気づかなければなかったのだ。

「――は、何もしていなかったわけじゃない。動けなかったわけでもない。んだよ」

「はぁ?」

「――いい加減気づきなよ、ただ簡単なことなんだ…………」

「さっさと教えてよ、勿体ぶらなくていいから」

そう話してる間にも、皹は大きくなっていく――。

「――あれは、蛹だ」

「……は!?」

その瞬間、皹は完全にそれを壊し、中から巨大な蝶が出てきた。

羽ばたき、空中を舞う、膨大な魔力を纏っている大きな大きなチョウチョ。

羽を羽ばたかせる毎に地響きが鳴る程だった。

「――最悪なタイミングだ。誰もいないよりはマシだったけどね」

「何で…………如何して…………」

「……恐らく、あのダンジョンボスは芋虫の状態の時に、這ってこの階層まで来たんだ。それでここで蛹となった。蛹の分厚い特殊な皮で魔力を断っていたから探知にひっからない。羽化のタイミングが今日だったというだけで、別に何も不自然なことはないんだよ」

僕は魔法杖を取り出した。

「待て、何やってる! 早く逃げないと!」

「もう駄目だ、遅い。ここで食い止めないと山ほど人が死ぬ」

「だからって! 逃げないと死ぬぞ!」

「そんなに死にたくないなら先に逃げて応援を呼んで来なよ! その間は僕一人だけでも食い止めるから」

戦うしかない。今度こそ本当に死んでしまうとしても、だ。

「……私もやるよ。と言っても、できることは少ないけどね」

そう言って、怯えながらも彼女はそう言った。

「………………でも、死ぬ気はない。だから、ソーカが何とかしてね」

なんという無茶ぶりだ。無責任で、無計画で、それでいて最高に頼もしいではないか。

「……分かった、やるよ。この地響きで恐らくキーシャの人間は気づいてるだろうし、時間は掛かるかもだけど、応援はその内来る。……それまでに生きられたらいいけど」

ケルタもやる気になり、即興三人パーティが出来上がった。

「……よし、緊急クエストだよ。目標はダンジョンボスの討伐だ」

三人対、数百人分の勢力の、無謀なバトルである。

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