第4話 歓迎されて

 同性愛者向けのバーを経営している今村いまむら姓の人が、大阪梅田堂山うめだどうやま町に何人いるのか。きっとその確率は低い。今村は決して珍しい苗字では無いが、堂山町というそう大きくは無い街に限ればふたり以上いるのかどうか。


「お、お父さん、お母さん」


 みのりとゆうちゃんは代わる代わる、過去にその条件に合致する人と会ったことを伝えた。焦るあまり、みのりなどは途中でつっかえたりした。すると。


「うん。タツくん、連絡くれたわ。みのり、おっきなって綺麗になったって。喜んでたわ」


 両親はそう言って嬉しそうに笑っている。そこに悲愴感ひそうかんなどは微塵みじんも無い。


「なぁ、みのり、タツくん、お父さんに会いたい?」


 それにみのりは戸惑った。正直な気持ちを言うと、分からない、だ。会ったとて何を話せば良いというのか。


「さっきな、タツくんに連絡したんよ、みのりに話すときが来たって。でな、みのりに会いたいかって聞いてみたらな、会いたいけど、合わす顔が無いって言うんよ。赤塚あかつかさんとこで会えた偶然で充分やって」


 さっき、お母さんがダイニングから離れたときのことだろう。きっと自室に行っていたのだ。


「みのり、誤解だけはせんとって欲しいんよ。タツくんは心が女性やから、父親になることが怖くなった。せやけど親として、みのりの誕生はほんまに喜んでくれたんよ。みのりが産まれたとき、もうお母さんはお父さんと一緒になっとったけど、ふたりともタツくんにみのりを見せたぁて、産院に来てもろたんよ。タツくんねぇ、泣いて喜んでくれた。みのりは覚えてへんやろうけど、抱っこもしてくれたんやで。ぎこちない手つきでなぁ」


 お母さんはそのときのことを思い出したのか、懐かしげにゆるりと目を潤ませる。きっとそこには穏やかで暖かな空気で包まれていたのだろう。お母さんの表情から察せられる。


「せやで。みのりはな、3人の親に祝われて産まれてきたんや。それだけは覚えてて欲しいんよ。今の時代やったら、母親がふたりとか、あるかも知れへん。テレビでな、そういうご家庭見たことあんねん。でもやっぱりな、難しいことやろ、周りの理解も含めてな。せやから私は、たっちゃんからみのりのお父さんを引き継いだんや」


「タツくんとお母さんは、嫌いになって別れたわけや無いんよ。お互いに納得しての円満離婚や。やっぱりね、男や女やいう時代や無くなってきたて言うても、それとは別問題やから。しかも20年以上も前のことやからね、今よりもよっぽど保守的な時代やったんよ」


「これ以上は、たっちゃんから直接聞いたほうがええと思う。私はそりゃあたっちゃんの幼なじみやけど、たっちゃんの思ってることの奥底までは測られへん。特にたっちゃんの場合は「女心」やからな。男って女心にはうといんや。情けないけどな」


 お父さんはそう言って苦笑する。お母さんはそんなお父さんを労わる様に背中をそっと撫でた。


「……私、前のお父さんに会いたい」


 両親の話を聞いているうちに、心のあり方が変わっていた。血の繋がったお父さんと、ただ顔を合わせて、何でも良い、会話をしてみたいと思った。


 みのりの誕生を心から喜んでくれたのなら。みのりに合わせる顔が無いと、そんな悔恨の様な思いを抱いてくれているのなら。


 お父さんとお母さんが嫌で無いのなら、新しく関係を築いていくことは、みのりに新たな経験と思いをもたらしてくれると思うのだ。もちろん純粋に、血の繋がった親に会いたい気持ちが大きい。


「うん。きっとタツくんも喜んでくれると思う」


 お母さんはそう言って、にっこりと笑った。するとそれまで黙って話を聞いていてくれた悠ちゃんがぽつりと言う。


「でも、今村さんは合わせる顔が無いって言うてはるんですよね。会ってくれるやろか」


 みのりは考える。前のお父さんに会える方法を。迷惑にはなりたくない。でも少しでもみのりに会いたいと思ってくれているのなら。


「……今も赤塚さんのお料理教室、通ってはるかな」


「そっか。聞いたら分かるやんな。あ、せや、協力とかしてもらえるやろか。あー、でもそしたら事情話さなあかんか?」


「赤塚さんやったら大丈夫」


 お仕事柄、きっと赤塚さんは余計なことを吹聴したりしない。もし知られても沙雪さゆきさんまでだろうし、みのりは沙雪さんも信用しているのだ。




 そして翌日月曜日のお昼営業で、遅めのお昼ごはんを食べに来た赤塚さんに相談してみた。


「うん、今村さんは今も毎週木曜日に来てはるで。それやったらうちの教室やってる時間に来たらええわ。いつでもええで。始まる時間やったら、食堂まだやってるから外されへんやろ。休憩時間にでもおいで」


「はい。ありがとうございます」


 良かった。みのりは安堵して、胸を撫で下ろした。これで会える、話ができる可能性がぐんと上がったのでは無いだろうか。


「それにしてもびっくりしたわ。常盤ときわちゃんと今村さんにそんな事情があったなんてなぁ。ほんま、世間は狭いっちゅうか。でも、これも親子の縁やろなぁ」


 赤塚さんがしみじみと言うと、隣で沙雪さんも「せやな」と穏やかに目を伏せる。


「きっとな、みのりちゃんが話を受け入れられる様になったから、その今村さん? に引き合わされたんやわ。巡り合わせってあるもんやで」


「せやな。まぁ今村さんにとっちゃあ不意打ちになるやろうけど、多分正攻法やと逃げられるやろうからな。常盤ちゃんに会いたい、でも後ろめたいて思ってはるやろうからな。突撃して「大丈夫」って言うてやったらええわ」


「はい」


 本当に心強い。みのりは笑顔で頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る