記憶を取り戻す時

「……大丈夫か? 体調、少しは良くなった?」


「……うん。ちょっと……。ごめんね。心配かけて」


「まっ、そんなに心配はしてないよ」


「ひぅ……」


「あっ……これ、今日の連絡ノートと宿題。後、学校のプリントとかね」


「ありがとう……」


「体、気をつけてな。絶対に良くなれよ。大丈夫! 俺、これからも毎日、お前の所に来るから……」


 そう言って、俺は次の日もその次の日も……ずっと、家に通った。毎日、聯絡ノートと宿題が入った封筒を先生に持たされて、プリントとかも詰めて、家へ向かった。


 体調を崩したアイツを少しでも元気づけたかったから。けど……。


「今日も来たぞ!」


 ある時、俺がやって来た時……アイツは、いつにもまして具合が悪そうで……なんだか、すっごく漠然と心配になった。


 アイツの両親も心配していて……俺は、アイツの親がアイツの身の回りの世話をしている様子を遠目で見守っていた。


 当時の俺には、何も出来なかった。ただ、立っている事しか……。



 そのうちに……アイツの様態は、どんどん悪化してきて、どんどん悪くなる一方だったのだ……。


 そして、俺は……いても立ってもいられなくなって、立ち上がり……俺は、地元にある神社に貯金箱から引っ張り出して着た5円玉をありったけ突っ込んで、何度もお願いした。



 それは、夜と夕方のちょうど境目の時間……。





「神様、お願いします。……どうか、アイツを元気にしてやってください! 俺、何でもします! どんな罰も受けます! ただ、俺はアイツに元気になって欲しいんです! お願いします! 俺、アイツが……アイツの事が……」


 ――次の瞬間、俺の脳裏に蘇って来たのは、少しばかり懐かしいアイツの声だった。



「……義経!」


 そして俺の意識は、徐々にはっきりしていく。


「……そうか。俺は、どうして……」


 ゆっくりと目を開けると、目の前では紗兎と、”静香”が言い争っているのが見える。



 紗兎の声がする――。


「……貴方が、義経くんの何を知っているというんですか! 最近、会ったばかりの貴方が……!」



 それに対して静香も負けていない。


「知ってるよ! だって、私は……この夏休みの間だけでも……何度も……何度も……義経と会って、その度に……そう、その度に……私は、この気持ちに気付かされたんだから!」


 静香……。



 そうだ……。俺、今までずっと何をやって来ていたんだろう……。いつもいつも……俺は、自分を隠してきていた。ぼっちで陰キャな俺だけど……俺には、ちゃんといるじゃないか……俺の事を待ってくれている人が……ずっと!



 次の瞬間、紗兎の手が俺の手に触れる。アイツが、俺を自分の方へ引っ張って行こうとしている。それに対して静香は、何もしない。アイツは、俺を信じているんだ。きっと、目を覚ましてくれるって。だって……。



 俺が、あの時「傍にいる」と言った相手は、お前だったもんな。静香……。


次の瞬間、はっきりと俺は目を開け、そして――。



「しず……か」


「……!?」


「嘘……どうして?」


 静香と紗兎が、驚いている中……俺は、一歩……また、一歩とアイツがいる場所へと……向かって行く。


「し……ずか」


 ついには、紗兎の腕を解き、俺はアイツの元へ行った。


「……しずか」


 また、一歩……俺は、アイツの所へ向かった。



 俺の脳裏で今までずっと忘れていた記憶が、蘇る……。あの時、神社で願っていた事の続きだ。



「……お願いです。神様! 俺、アイツの事が……アイツの事が……本当は、大好きなんです! この先、何も起こらなくてもいい……。俺の気持ちなんて良い。だから……アイツと……”静香”と、これからもずっと……一緒にいさせてください!」



 次の瞬間、視界が明るくなった――!


 それと同時に俺は、ようやく静香の体に触れる事が……できた。


 アイツの体を俺は、強く抱きしめる――。


 俺達は、黄昏時の空の下、一緒に抱き合った。夏の暑さも忘れるくらい強く、そして……涙を流した。



「……来てくれるって、信じてた……」


「あぁ……待たせたな。静香……。約束、守りに来たぞ」


「……うん!」




               *


 私は、今まで夢を見ていたのだろうか? 私=京極紗兎は、これまでの人生をずっと義経くんと共に過ごしてきた。


 これは、紛れもない事実であるはずだった。幼稚園の頃の出会いから今日までの日々。その中で、私が感じた彼への恋心。……嘘じゃなかった。なかったはずなのに……今、目の前で起こっている事。そして……私の中に今までなかったはずの……義経くんと幼馴染じゃなかった私の記憶。この2つの事実が、今までの私を否定しているみたいだった。


 悔しい……だって、私は途中まで勝っていたんだ。完全に……それなのに。最後の最後で私は、ダメだった。



 信じられない事だが、受け入れるしかない。私は、どうやら……本当の幼馴染じゃないみたいだった……。知らないはずの私の記憶が、私に訴えかける。


 幼稚園の時、私は……義経くんや舞立さんと同じ幼稚園に実はいたのだ。


 ある時、舞立さんが集会で吐いてしまった時の事だった。少し遠くにいた私は、何が起こったのかよく分からなかった。けど、その時に舞立さんを助けていたのが、義経くんだった。私は、そんな彼の姿を見て、感動した。


 素敵だな……。あんな優しい人が傍にいてくれたらなって……。これが、私が……初めて男の子を意識した瞬間でもあった。それから……私は、小学校の3年生くらいまで義経くん達と一緒だった。けど、ある時に私は、両親の離婚の関係で引っ越す事になり、彼らと離れ離れに……。その後、高校で再会するまで私は、ひとりぼっちだった。ちなみに苗字もこの時に「京極」に変わった。


 引っ越した先でも私の脳裏には、義経くんがいた。……舞立さんが、いじめられている事は、知っていた。別のクラスだったけど、話しは聞いていたし……私自身も別のクラスとはいえ、舞立さんのクラスの仲が良かった子に注意したりもした。当然、聞き入れてもらえなかったけど……。そんな中、果敢にいじめっ子達に立ち向かっていく義経くんが、凄くカッコよかった。


 高校で、再会した時は驚いた。でも向こうは、当然……私の事なんか覚えていない。クラスも何もかもずっと違っていたし……。悔しかった。けど、同時にこれはチャンスだとも思った。今から、彼に意識してもらうには、昔から一緒だった紗兎ではなく、新しい「京極さん」として受け入れてもらおうと思った。そして、それは思いのほか上手く行っていた。



 義経くん……。あのね、私達がいた時間だって、嘘じゃないんだよ……。私だって、貴方の事……ずっと知ってた。ずっと……ずっと……好きだったんだよ。


 幼馴染としてやり直せた時、もっと早くに告白しておけば良かった。それが、後悔であり……私にとって、今後の人生の大きな糧になるのだろう。……いつか、笑い飛ばせる日が……早く訪れますように……。


 今は、ただ……目の前で抱き合う2人を見て、涙を流す事にしよう……。

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