5-6 聖女は聖獣が恋しい


 みんなに会いたいと思ったらもうだめだった。ここに来たいと思ったのは私なのに、出ていきたい、みんなに会いたいという気持ちに心が占領されてしまう。


 目を閉じたまま聞こえてくる村の女性たちの喧騒の中で小さくため息をこぼした。


「かれん様」


 穏やかなリリエさんの声を耳に拾い、目を開けるとソレイユ姫の髪に優しく手を置いているリリエさんと目が合った。

 つい髪に置かれた手に目がいってしまう。優しく撫でてくれるノワルの手の感触を思い出してしまい胸の奥がきゅうっと切なく締めつけられる。


「どうかしましたか?」

「あっ、いえ、なんでもないです……」


 心配した様子で聞いてきたリリエさんに、数時間しか離れていない三人に会いたくて仕方ないとは言い難くて、慌てて両手を胸の前で振った。リリエさんは、すぐに何かに気が付いたように笑みを浮かべる。


「かれん様は、聖獣さまと離れると寂しいですか?」


 そっとリリエさんが優しく手を握ってくれる。温かな体温がじわりと広がっていき、認めるように小さく頷く。


 会いたい。本当は今すぐにでも会いたい——。


 三人に会いたい気持ちが溢れそうになっているとリリエさんの声がして、視線を向ける。

 

「かれん様、聖女と聖獣を召喚した魔法があるように、この世界から元の世界へ戻す魔法もあるのです」

「えっ、そうなんですか?」


 驚きで目を見開いた。ノワルから戻るために登龍門をくぐる必要があると聞いていたから、そんな魔法があるなんて夢にも思っていなかった。

 

「ええ、とても多くの魔力が必要になりますが。けれども、召喚された聖女と聖獣が使った記録はほとんどないと聞いております。なぜだと思いますか?」


 リリエさんは言葉を切ると、織部色の瞳で私をじっと見つめる。

 

「なんでだろう? 魔力が足りないから?」

「はい。それもありますが、聖女と聖獣が戻るための魔法を望まないのです」

「戻るための魔法を望まない?」


 おうむ返しのように呟いて、リリエさんを見つめ返した。


「はい。聖女さまの魔力の強さは、元の世界で聖獣さまと結ばれることが困難であるほど、強くなると聞いております。聖女と聖獣は、運命の相手——その相手と結ばれることのない世界へ戻りたいと思う者が、いるでしょうか?」


 とっさに言葉が出てこなかった。


「かれん様の魔力は、歴代の聖女さまと比べてもとても強いように感じます」


 続けられるリリエさんの言葉を受け流そうとするけれど、凍りついたように笑うことも出来ない。


「かれん様も戻りたくないのでは?」

「だめ……戻らなくちゃ、だめなの……」


 凍りついていた声は、少し震えていた。否定するように首をふるふると振った。


 三人は私の聖獣だけど、私の鯉のぼりじゃない。たっくんの鯉のぼりだ——そう思った刹那、心の重さの正体を捕まえてしまった。


 私は三人とずっと一緒にいたいのだ……。


 三人を想うと甘くて口あたりのいいバニラアイスを食べているみたいにしあわせな気持ちになるのに、たっくんの鯉のぼりだと思うと濃いめに抽出されたエスプレッソをかけ過ぎたアフォガードみたいに苦味が口の中で広がっていくようで呆然とする。


「かれん様と姫さまは、似ておられますね」


 リリエさんがソレイユ姫のきらきらした金髪を柔らかく撫でながら眉尻を下げて言葉をつむぐ。


「えっ、そうですか?」

「はい、かれん様も姫さまも幸せになるための手を差し出されているのに、掴まないところがそっくりです」


 なにか言葉を返そうと思うのに言葉が詰まってしまうが、リリエさんは気にしないで話を続ける。


「姫さまは、ご自身が幸せを望んではいけない、イニーツ王を支持していた私たち一族のためにカルパ王国で再興をしなくてはならないと思っているのです」

「違うんですか?」

 

 人里離れた場所にソレイユ姫が身を隠しているのは、それが全てではないにしても、そのためもあると思っていたので、首を傾げる。


「イニーツ王自身は姫さまから金髪碧眼を隠すことによって、自由を手に入れて幸せになって欲しいと願い、我々一族に姫さまを託されたと聞いております。ですが、我々一族の中に再興を望む者が多くいることは、口に出していなくても聡い姫さまには伝わっていたのだと思います」


 リリエさんは、言葉を切ると、力なく自嘲を浮かべるように笑う。


「ですが、姫さまは瘴気の病いに伏しました。我々一族はあの時に姫さまは死んだと思うことにしたのです。死んだ者に再興を願う者などいない、姫さま自身の幸せを——何度そう言っても頑なに首を横に振るばかりで……」


 思わず息を呑んだ。

 それってもしかして、ソレイユ姫はベルデさんと結ばれていいと言うことではないのだろうか。


「あの、それって、つまり——」

「はい。姫さまにはベルデと結ばれて欲しいと思っております」


 リリエさんが織部色の瞳がまっすぐに私に向けられる。


「かれん様、どうかこのまま村にとどまってもらえませんか?」

「……へっ? なんで?」

 

 予想外の言葉にまぬけな声が漏れた——。

 

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