4-7 聖女は鎮める儀式を行う


 オーリ君たちが嵐のように去っていくと二人きりの部屋に沈黙が訪れた。


「ラピスに嫌われちゃったかな……」


 ラピスの曇った表情を見たのが初めてで、思ったよりショックを受けて呟いた。

 肩を落として俯いていると、ぽんぽん、と何も言わないまま髪を撫でてくれるロズの手が優しくて、気持ちが緩むのに合わせて目元が潤んでいく。そんな私にふわりと柔らかな感触を落としてくれる。


「あとで、ラピスといちゃいちゃしたら許してくれますよ」

「本当に、ほんとう?」


 そう言うと、頭の上でくすりと笑った気配がした。ロズの頬を撫でる手がするりと移動して耳朶に手が入り、促されるように顔を上げると、赤い瞳と見つめ合う。


「ええ。それより、二人きりの時に他の男の名前は言わないものですよ」

「えっ、でも、だって、……ラピスもだめなの?」


 窺うようにロズに尋ねたら、悩ましげに眉をひそめながら頷かれ、ぐっと身体を寄せられる。瑞々しい春の匂いが近づいて、ロズの唇が耳元に触れるぎりぎりに近づいていた。


「よそ見しているなんて、余裕ですね」


 赤鯉に睨まれた花恋は動けなくなってしまう。細くて長い指が、ほんの少し乱れた前髪を愛おしそうに直しながら顔を覗き込む。

 ロズの赤い瞳が甘く細められ、素早く唇を重ねられる。すぐに離された唇をロズがぺろりと舐め上げる色気のある仕草を惚けたように目で追ってしまう。


「甘いね、カレン様は——」


 しっとり濡れた唇を動かして、熱に揺らめく眼差しを向けられると心臓がとくんとくんと痛いくらいに脈を打つ。


「それでは」


 ロズが涼やかな表情で、口を開いた。


「皆が戻る前に、昼食作りを始めましょうか?」


 艶やかな雰囲気からの変わりように、呆気に取られてしまう。椅子から立ち上がろうとしたロズの洋服の裾を咄嗟に掴んだ。


「どうかしましたか?」


 どこか見透かしたように、色気たっぷりに微笑んで、ロズは私を見つめる。

 みんながいる時には、気づいたらキスしようとするのに、二人きりになった途端にロズは焦らすように意地悪を口にする。色気をたっぷり含んだロズの流し目に顔が痛いくらい熱くなってくるのがわかって、視線が左右に揺れてしまう。心臓の音が、呼吸する音が、耳に直接響いているみたいにうるさい。


「あの、ね、……つづ、き、して……?」


 洋服の裾をぎゅっと握りしめて、恥ずかしくて伏せていた目元に涙が浮かんだ顔を上げた。

 一瞬、目を見開いたロズと目が合ったような気がしたと思ったら、ふっと色気たっぷりに笑いかけて来て、心臓がどきんと跳ね上がった。


「——あんまり煽らないでください」


 えっ、と言おうとした疑問の言葉はロズの唇に溶けて消えていった。

 下唇をはむりと食べられる。ゆるりと味わうみたいに下の唇も上の唇もあまく食べられていく。するりと差し込まれた手で耳をなぞられ、くすぐられると、ん、と吐息が溢れてしまう。

 唇の離れたすきまにロズの吐息が肌を撫でていくと、またキスを落としていく。


 意地悪なことを言うロズの柔らかな唇と触れ合うと、溶けるような甘さを感じる。ロズの息づかいや唇の体温に触れていくと、ロズの心に触れているみたいな感覚に心がとろりと甘くなっていく。


 ロズの首に腕を回すと、瑞々しい甘い匂いが立ちのぼり、はむりとじゃれあうみたいなキスに身をまかせていると、甘さはどんどん増していった。

 唇が離れる時間が短くなり、体温を重ね合うような唇にとけるような甘さを感じるけれど、同じくらい息つぎの出来ない苦しさを感じていく。


「ん、……」


 ロズの唇が重ね合わせていた私の唇の上をすべらすように動くと、肩が揺れてしまう。耳をなぞる手は頭の後ろに差し込まれロズの唇から離れることは出来なくて、ただただ心地よい甘さが与えられていく。

 ロズが私の唇の上をはうように動かしていき、息つぎの出来ない苦しさで口を開いた途端。


「——ロズ兄ちゃん! カレンお姉ちゃん、清めの儀式に参加してもいいって!」


 勢いよく開いた扉から威勢のいいオーリ君の声が響き渡った——。


「本当にいつもいちゃいちゃしてるんだな」

「ふえっ? いや、その、あの、いつもってわけじゃ、ないんだけど……」

「はいはい、そういうことにしといておくよ。ロズ兄ちゃん、おかわり!」


 オーリ君に呆れられたような織部色の瞳で見られたものの、すぐに目の前に差し出された赤熊レッドベアーのステーキに目を奪われると、口も奪われていった。


「かれんさまーぼくといちゃいちゃするんだぜーなのー」


 あの扉を勢いよく開けられた後は、ラピスがててっと走って来て、お膝の上にぴょんと飛び乗った。ぎゅっと抱きつくラピスの早技に目を瞬かせた。

 それでも、うんっ、と大きく頷いて、くるんくるんのしっとり柔らかな髪に埋もれると、ふわりと優しい春の匂いが香る。ラピスが甘えてくれるのが嬉しくて、何度もその髪にキスを落としてしまう。心臓の痛いくらいの高鳴りは、ラピスの柔らかな匂いに癒されていき、「かれんさまー」と甘えるような舌足らずな呼び方に胸がきゅんきゅんしてしまう。


 オーリ君たちには少し呆れられたけど、ラピスはちょっと得意そうな顔をしていたので、その様子もかわいくて沢山のキスをおでこや頬に落としてしまった。

 

 ロズの絶品料理でお腹をぽんぽんにしたオーリ君たちは満足そうに帰っていき、私は明日ベルデさんの好きなお姫さまに会うことが決まった——。

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