4-4 聖女の村の滞在記は



 ノワルにお手伝いの内容を聞いたら、簡単なことだから心配ないよ、と頭をぽんぽん楽しそうに撫でられ、新しい結界は村を出る前日に張ることに決まった。

 村にあと一週間滞在したいと告げたらベルデさんも喜んでくれて、ノワルは村の壊れたり朽ちている柵を修理するのを明日から手伝うことにしていた——。


「ラピス、撫でてもいい?」

「いいよなのー」


 その夜、寝る支度を整えてラピスに話しかけると、たたっとやって来て、ぷちゅっとキスをされる。


 ——ぽんっ


 可愛らしい音と共にもふもふ龍のラピスに変身する。もふもふくんを手のひら全体で優しくやさしく撫でる。頭のてっぺんから、もふもふしっぽの先まで、毛並みに沿って軽く撫でていくと、くるぅくるぅと喉を鳴らしはじめる。

 その様子が愛おしくて、ちゅ、とキスをすると、ペロペロ顔を舐められて、くすぐったくて身をよじる。


「ラピスは明日、みんなと遊ぶの?」

「ぼくはいそがしいのー」

「そうなの?」

「かれんさまをまもるのー」


 清々しい青空の下をノワルと手を繋いで、ベルデさんとラピスが訓練していてる広場に向かうと、ラピスは村の男の子たちから憧れの眼差しでキラキラ見つめられていた。

 確かに大男のベルデさんを小さなラピスが投げ飛ばすのを見たら憧れちゃうだろうなって思う。

 そんな村の男の子たちから、びわの実を明日採り行こうと誘われて、嬉しそうな様子のラピスを見ていたので、てっきり行くのかと思っていたのだけど……。


「めっ! かれんさまーてがとまってるのー」

「あっ、ごめんね」


 ぴょこんと出る耳の付け根や頭のてっぺんのもふんもふんな毛並みをゆっくり撫でると、再びくるぅくるぅと愛らしく喉を鳴らし始める。

 ラピスの顔がとろりと溶けたら、前足をさするように撫でながら肉球をそっと包み込むように触る。優しく肉球を押すと鋭い小さなカギ爪が出て来た。


「はあ、綺麗だね」

「ん、んーくすぐったいのーちょっとだけなのー」

「うんっ! ちょっとだけね! ちょっとだけ!」

「しかたないなのー」


 もふもふ龍のラピスの爪が、夜空を切り取ったような深く鮮やかな濃密な濃い青で、小さな爪一本なのに、宇宙を見ているような神秘的な色なのだ。

 宝石を見ているみたいで、ずっと眺めていられる。肉球を優しく押して、小さなカギ爪を一本ずつ見つめては、はあ、と感嘆のため息をついていく。本当に綺麗でうっとりしてしまう。見て可愛い、話して楽しい、触って幸せ……なんだろう、ラピスって天使を通り越しているような気がする。


「もうおしまいなのー」

「うんっ、ラピスありがとう」

「もっとなでるなのー」


 そう言うとラピスがもふもふのお尻をこちらに向ける。ラピスは腰や尻尾の付け根を、とんとん、と撫でられのが好きらしく、優しく撫でてあげると、くるぅくるぅの音が大きくなっていく。可愛い音に癒される。


「ラピス、気持ちいい?」

「ん、なの……」

「ふふっ、また明日も撫でていい?」

「ん、なの……」


 しばらく尻尾の付け根を、とんとん、と撫でていると、ラピスのお尻がどんどん上がって来る。気持ちいいのかなと、手の動きを止めないまま顔を覗き込むと、とろとろに蕩けた顔になっている。半開きの口から小さな牙がちょんと見えるのが可愛くて頬が緩んでしまうし、安心しきっている様子が可愛くて胸がきゅんきゅんする。


「あのねラピス、お願いがあるんだけど……」

「ん、なに、なの……?」

「私、びわ食べたことないんだ。どんな味なのかな?」

「ん、ぼくがとってきて、……あげるのー……」


 うとうとしているラピスなら断らないかな、と腹黒花恋はお願いを口にする。

 ノワルから私が直接鯉のぼりの結界を身につけていないから、念のため三人の誰かと一緒にいて欲しいと言われていた。明日はノワルがいないから、ラピスは私と一緒にいて守ってくれると言ってくれているんだろうなと思うけれど、せっかく出来た友達と仲良くして欲しいなと思ってしまう。

 きっと明るくて元気なラピスなら、鯉だった時には鯉の友達が沢山いたんだろうだな、と青い鯉が色とりどりの鯉に囲まれる様子を想像すると、温かい気持ちになるのに、ほんの少しだけ私の知らないラピスに胸がちくちくした。知らなくて当たり前なのに、変なの……。


「ん、かれんさまーたのしみにしてて、なのー」

「ありがとう、ラピス」

「だいすきなのー」

「私も大好きだよ」

「ん、すき、なの……」


 無意識に手が止まっていて、慌てて撫でるのを再開させると、ちくちくした胸の痛みは、ラピスの言葉ともふもふな感触に溶けて消えていく。

 今度は途端に、明日ラピスが採って来てくれる『びわ』が楽しみで仕方がなくなる。びわゼリーは食べたことがあるけど、生のびわはスーパーで見かけるけれど旬が短いのか直ぐに見かけなくなるので、食べるのが初めてなのだ。

 むにゃむにゃ、もにょもにょの可愛いもふもふ龍に感謝のキスをひとつ落とすと、ラピスはそのまま夢の国に落ちていった——。


 翌日の二日目、ノワルが「いってくるね」とおでこや頬に甘いキスの雨を降らして、柵の修理に出かけて行き、ラピスが「いってくるのー」と張り切って呼びに来た村の男の子たちと出かけていった。

 その姿が微笑ましくて可愛い背中をロズと一緒に見送った。


「ただいまなのー」


 お昼近くになって淡いオレンジ色のびわの実をどっさり持ってラピスと男の子たちが戻ってきた。くるんくるんの髪の毛に葉っぱを付けていて、とっても楽しかったみたい。お互いを名前で呼んでいて微笑ましい気持ちになる。


 浄化がどんどん進んでいるようで、びわの実はたわわに実っていたとラピスや村の男の子たちが口々に教えてくれた。ラピスはみんなのリーダーみたいで、いつもよりやんちゃで楽しそうに見えて、頬が緩んでしまう。

 せっかくだからみんなでびわもお昼ご飯も食べようと誘う。


「かれんお姉ちゃん、びわ食べたことないんだろ?」

「うん、そうなんだ。美味しいの?」

「あまくて旨いよ!」

「そうなんだ! 食べるの楽しみだな」

「よしっ、おれがむいてやるよ!」


 村の男の子が逞ましく胸をたたいたので、お礼を言おうとした途端に、ロズが口を開いた。


「いえ、カレン様の分は私がやりますので、大丈夫ですよ」


 涼やかな声を上げたロズがびわの実をひとつ手に取って、男の子たちに綺麗に微笑んだ——。

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