4-2 聖女は魔力を渡したい



 風鈴の柔らかな光が収まる頃には、辺りはすっかり日が暮れていた。

 

 こじんまりとした家の中に入ると、少し埃っぽいけれど、木の柔らかさを感じる心地よい空間だった。漆喰の壁にレトロな灯りがついていて、ノワルがスイッチをつけると、ふんわりと部屋を照らす明るさにほっと安心する。


「カレン様、ちょっとお手伝いをお願いできますか?」

「うん! ちょっと埃っぽいからお掃除する? 私、中学生の時は、美化委員だったから掃除は割と得意だよ!」


 台所に立つロズが手招きするので、もしかして掃除じゃなくて料理のお手伝いかな、と思いながら近づいた。

 ゆっくりロズの腕を背中に回されて、ふわふわな赤髪がふわりと揺れて、肩にロズの頭が寄りかかって来た。ずしりと重みを感じて、支えるように両腕を回す。

 

「カレン様、魔力切れしそうです」

「ええっ? それって大変だよね? ど、どうしたらいい?」

「カレン様は、どうしたらいいと思う?」


 赤い瞳に上目遣いで窺うよう見つめられて、思わず目を反らしてしまう。いつもより熱っぽいような瞳に、心臓がとくとくとく、と大きな音を立て動き出す。


「——カレン様」


 名前を呼ばれ、彷徨っていた視線がもう一度、熱を持つ赤い瞳にたどり着いた。

 魔力を渡す方法を口にするだけなのに、ぱくぱくと鯉のように口を動かすだけで、言葉が、声が上手く出て来ないままでいると、ロズが眉を寄せて苦しそうに息を吐き出した。

 その様子を見て、はっと我に返る。照れてる場合じゃない、ロズは魔力が切れたら大変なんだ。


「ロ、ロズ、は、はやく、私とキスしようっ!」


 恥ずかしいことを言っているような気がしたけど、顔が熱くて、それに無我夢中でよく分からない。

 ロズがまた大きく息を吐き出した。さっきよりも顔が赤く染まっていて、苦しくて辛いのだと思うと、胸がきゅっと痛くて苦しくなる。


「ロズ……」


 とくん、とくんと高鳴る鼓動を感じながら、口を開くと今度は言葉がするりと出て来る。


「私の魔力、いっぱいあげる! いっぱいキスしたらいっぱい魔力もあげられるのかな? ロズ、——目、とじて?」


 ロズのふわふわな赤髪の中に手をいれると、ロズは赤い顔で熱っぽい息を吐いた。苦しそうな様子に、急がなくちゃと思うのに、ほんの少し寄せられた眉や長いまつ毛が伏せた瞳、上気したような頬の色気に頭がくらくらしてしまう。

 ロズのぷるりとした唇に目がいくと、吸い寄せられるように、唇を押し当てる。いつもより長い時間、唇が触れ合っていると溶けていくみたいな感覚になっていく。境界線がなくなる、みたいな……。


 ほんの少し、目を開けてロズを窺うと、ぱちりと目が合い、驚いて離れようとすると、今度はロズにするりと耳朶の後ろに手を差し込まれる。


「もうやめて欲しい?」


 ほんの少し離れたロズの唇から動く気配と色気たっぷりの言葉が耳に届く。

 その言葉に心臓がどきんと跳ね上がり、目の端で小指が甘い桜色にゆっくり煌めいていて、もう魔力切れは大丈夫だと分かってしまう。

 ロズが、ふっと吐息を漏らす。

 もう魔力とは関係なく、あと少しこのままキスしていたいなんて、そんなのこと恥ずかしくて言えない。さっきは魔力切れの緊急事態だったし、なんというか火事場の馬鹿力みたいな感覚だったのだ。でも、いまは違う。似ているようで、全然ちがう。


 顔が熱いし、頭もくらくらしてくる。

 だけど、きっとロズは口角を綺麗に上げていて、伝えないと離れてしまうと思うと、もうどうにでもなれと思って、言葉の代わりに、もう一度、自分から触れるようなキスをした。


「カレン様、やめて欲しくないって思ってたんだ?」

 

 こつんとおでこを合わせられると、ロズの瑞々しい春の匂いが掠め、少し意地悪そうな声が耳元で響く。

 自分がしたことなのに、恥ずかしくなって目を伏せようとすると、くすっと笑う声が聞こえて。


「カレン様?」


 ロズの赤い瞳を見つめるよう両頬を包まれる。射抜くような熱を感じて、とくとくと胸が高鳴り、苦しくなっていく。


「そう、だよ……」


 本当に小さな震える声で囁くと、今度は楽しそうにふふっと笑われる声が聞こえた。


「なら、いっぱいキスしましょうね、カレン様」


 色気を纏うロズの顔がゆっくり近づいて、優しくキスを落とされる。ロズが啄ばむように何度も何度も、ちゅ、と甘い音を立てて重ねていく。ロズの唇に触れるたびに、ふわりと身体の力が抜けていく。ロズに何度も何度も求められている感覚に、胸の高鳴りが止まらない。胸が甘くて痛くて苦しい。


「……そろそろ、時間切れみたいですね」


 はあ、とロズが大きなため息を吐くと、名残惜しそうに、ちゅ、とキスを落とされる。

 ぽやんと力が抜けて、どこか艶やかになったロズに首を傾げた私の頬に、ロズがもう一度キスを落とした瞬間。


「カレン殿! 目を覚ましたんだ! 助かったんだ!」


 ドアが激しく開かれて、目元が潤んだベルデさんがずんずん歩いて近づいて来ると、ものすごい勢いでガシッと両手で手を繋がれて、ぶんぶんと痛いくらいに上下に振り動かす。


「よかった! ベルデさん、本当によかったですね!」


 ベルデさんが大粒の涙を溢れさせるのを見ていたら、私も嬉しくなってしまい、次から次へと涙が溢れてもらい泣きが止まらなくなった。

 ロズに優しく抱きしめてもらい、涙を優しく拭ってもらっても、しばらくベルデさんと二人でたくさん泣いていた。


 ようやく涙が止まった後は、勝利草で助かった村人の家族の方たちが次から次へと訪れて、やっぱりどこか艶やかなロズが赤熊レッドベアーの肉を解体して、とっても美味しい料理を村人たちに振る舞い、幸せな笑顔に包まれた夜は更けていった——。

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