学校で人気の美少女ギャルたちに弱みを握られた僕は優しくされたり追い詰められたりしながら今日も謎を解かされます。ただのぼっちオタクなのに!
赤月鵯
2人のギャル 山井霞と安住友那
男ならば、泣いていいときは3回だけとはよく聞く話だ。
1つ目、生まれたとき。仕方ないよね。
2つ目、親が死んだとき。想像もできないけど、悲しいはず。
そして3つ目。推しの晴れ舞台だ。当たり前だろう。
かくいう僕も、熱い雫が頬を伝っていた。
スマホの画面には推しの一人であるVtuber、徒花ヘーゼルちゃんが3Dモデルで降臨し歌とダンスを披露している。そう。昨日は僕の推しである彼女の3Dお披露目配信だった。
一挙手一投足から喜びが湧き、心に浸透していく。
昨晩から何回再生したかわからない。でも何度だって感動する。推しの晴れ舞台はそれくらいに嬉しい。
画面をタップして、再びお気に入りのシーンへと移る。
「あぁ……」
放課後まで時間を置いた分、一層身に染みた。
ここは古い空き教室で、放課後になって時間も経つ。
わざわざこんなところまで来る人なんているわけないし、今日限りは僕だけの楽園だ。
「幸せになってくれッ!」
祈願が口からこぼれ出た瞬間。
ガララと後ろから音がした。
それは楽園が崩壊する音だった。
涙を拭うのも忘れて振り返ると、一人の女子生徒が教室に入って来ようとしているところだった。
「…………」
時間が止まった。
僕が振り向いたまま止まっているように、彼女も扉に手を掛けた姿で固定されている。
『みんな、今日は来てくれてありがとう……!』
いや、時間は止まっていなかった。ヘーゼルちゃんは今も動き、今まで応援してくれたみんなへの熱い想いを語っている。
ヘーゼルちゃんの声で我に返った僕は、まずは動画を停止した。
なんでこんなところに人が!?
慌てて涙を拭う。
なんで油断してイヤホンを付けなかったのか。おかげでバッチリ聴こえてたはずだよ!
それなのに彼女は教室へと踏み入って来たかと思うと、やがて僕より二つ空けた席へと腰を下ろす。
教室の奥、一番窓側に並ぶ。
彼女は、微笑をたたえていた。
「好きなんだ? そういうの」
からかうような声が切れ味鋭く心を抉る。
あぁ、あああ。やっぱり聴こえてたんだ。
恥ずかしいよりも、苦しい。もう逃げ出してしまいたい。
いや、待てよ。まだ画面は見られていない。何を見ていたのかまではわからないはず。
「……そういうの?」
「さっき見てたやつ。アニメのライブ?」
ダメだった。完全に一人教室でVtuberを見て泣いている姿を目撃されている。
そんなのどう考えたってやばい人だ。噂が回れば、明日から学校に来れなくなる可能性もある。
まだ入学して3か月も経っていないのに。それだけは阻止しないと。
心に決めて、僕は全力でごまかす。
「あーこれね。たまたま見つけて、いいなって」
「嘘。だったら泣かないでしょ」
「うぐ」
即断され、喉の奥を絞ったような声が出た。
うなだれる僕に、彼女は視線で、僕が机に置いたスマホを指し示す。
スマホには何も映っていない。けれど何を示しているかは歴然だ。
「好きなんでしょ」
「…………はい」
否定はしない。今まで熱心に追ってきて、好きじゃないなんて嘘でも言えなかった。
「へー、そっか」
聞いたわりに起伏なく言うと、彼女は窓枠を後ろにして寄りかかった。
タイツで隠した脚を交差させる。
無表情がちで横顔からは表情がわからない。
肩下まで伸ばされたウルフカットと整った目鼻立ちが印象的な人だ。見麗しさと同時に、人を寄せ付けない独特の空気もある。
それで思い出した。
A組の山井霞(やまいかすみ)さんだ。
山井さんは僕に横顔を見せたまま、
「まぁ、秘密にしたいのはわかるけど」
と言った。
もしかして、そういう趣味に理解があるタイプの人か!
「本当に!?」
「私は別にいいと思うし」
これがオタクに優しいギャルってやつか。
見た目から怖いイメージを持っていたけど寛大な心の持ち主だ。
これがもしうちのクラスの――想像するのも恐ろしい。やめよう。
「山井さんが良い人で助かったよ」
山井さんは不思議な顔をする。
「私の名前知ってるんだ。……あなたは? どこのクラス?」
「C組の
「うん。一年生だろうなとは思ってた」
なんか同意された。
こうやって改めて自己紹介するなんて少し恥ずかしいな。
男友達ですら少ないのに相手が女の子だなんて。しかもあの山井さんだなんて。
「C組?」
「そうだけど……」
山井さんが質問してくる。心あたりがあるのかな。
「安住友那(あずみゆうな)って、知ってる?」
その名前に、どきりとしてしまった。知らないわけがなかった。
山井さんと同じく目立つ人なのはもちろん、僕が密かに気になっている人だったから。
まさか繋がりがあったとは。努めて平静を装って言う。
「うん。目立つ人だし」
「そっか」
話は続かない。何かあるわけではないらしい。
かと思うと、山井さんは再び口を開いた。
「染森君ね。覚えたから」
そうして口元にスマホを寄せる。
そういうクセに見えたけれど、微笑んだ口元を隠しているようにも思える。
妖しく細められた目からは何か企みの気配を感じた。
もしかしていつでも言いふらす準備はできているからなってこと!?
僕が震えていると、山井さんは何やらスマホをぽちぽちやり始めていた。
教室には二人きりでやけに広く感じる。
こうなったら、山井さんの本心を探るしかない。
「山井さんは部活とかやってないの? それかバイトとか」
「……特にやってない」
「もしかしてこの教室に何か用があった?」
「……別に」
「えーと……」
独特のテンポと簡潔な返答に、もしかしなくてもあまりよく思われていない気がする。
「すみませんでした!」
「?」
「あ、いや」
不思議そうにチラ見された。
教えたくないとかではなく本当に特に用事はなかったらしい。それがデフォなんだね。難しい。
山井さんはスマホをしまうと、窓の外に視線を巡らせる。
「この教室、眺めがいいんだよね。人も来ないし」
釣られて外を見る。
山井さんの言うように、グラウンドから体育館まで、敷地内で主要なところを全て一望することができるから眺めはいい。階段から遠くアクセスが悪いけど、その分人が来なくていいスポットなんだろうな。
空き教室を探してここに辿り着いただけだったけど、立ち寄るのもわかる気がする。
そんなことを考えていると、山井さんがおもむろに口を開いた。
「さっきのやつさ『徒花ヘーゼル』でしょ」
「知ってるの!?」
まさか山井さんの口からその名前が出るなんて。
「見たことある。なんだっけ、叫んでる動画の」
「どれだろ。ゲームに遊ばれてるやつかな。ホラーゲームで絶叫してるやつかな。大体叫んでるからなぁ」
バズった動画で見かけたのかな。最近のやつか?
僕が頭を悩ませていると、気づけば、山井さんは僕の顔を凝視していた。
目が合うと、にんやりと笑われた。
「やっぱ好きなんじゃん」
「は、嵌められた……!」
「嵌めてない。話す方が悪いでしょ」
「うぐっ」
後悔するももう遅い。
今ので確信した。弱みを握られた。もう生殺与奪の権利は山井さんに握られている。
こうなったら――僕も山井さんの弱みを握るしかない。
僕も山井さんの秘密を知ることで思い通りにはさせない!
となれば、他の人のいない今この瞬間がチャンスだ。僕は愛想の良い笑顔を作った。
ヘーゼルちゃんを知ってるなら、もしや似たような趣味をしているかもしれない。
「山井さんは普段配信とか見る?」
「たまに」
「どんな配信を見るの?」
「……色々。そのときやってて良さげなの」
色々とな。壁を感じる。けれど負けてはいられない。
「そっか、それでVtuberも見るんだ」
こくり。小さく頷いた。
案外性質は仲間寄りだ。
よし。この路線で攻めよう。
「他には? 好きなYoutuberとかいる?」
と、そこで山井さんの回答が止まった。
身を捩ったかと思うと、冷たい眼差しが僕を貫く。
「なに、急に」
僕は大袈裟に手を振って否定する。
「いや大したことはないよ! ただ山井さんのことも知りたいなって!」
弁明するも、山井さんはさらに怪訝な顔をする。かと思うと、別の方向を向いた。そちらには教室の扉がある。
勢い良く扉が開けられた。
「なになにどしたの? 恋バナ!?」
入って来た人物が明るい声色で話す。
その声には聞き覚えがある。いや、声よりも風貌にもっと覚えがある。
最悪のタイミングで最もお呼びでない人物がやって来た。
「安住さん……!」
「ん? 染森くんじゃん!」
僕のことはそれきりに、安住さんは扉を閉めると山井さんの前の椅子を引いた。
「今のって染森くん? 山井さんのことが知りたいってなに? 二人ってそういう?」
僕と山井さんの間で、亜麻色の長い髪を揺らし、両方を見渡しながら尋ねる。
「いやいやいや違うよ!」
目をキラキラ、いやギラギラと輝かせる安住さんに僕は全速力で腕を振る。
安住さんに知られるのが一番まずい。
安住さんは垢抜けた見た目通りに人当たりが良く、学校でも目立つ人だ。同じクラスだし、噂を広められるのは間違いないけど、それより。
もし変な人だって思われて距離を置かれたら立ち直れない!
けれど安住さんの詮索は続く。
「クラスじゃ女子に興味ないですみたいな顔してさ。かすみ目当てとかやるじゃん、この〜」
間の机一つ越えて肩を小突かれる。
気軽に触らないでほしい。身体以上に心が揺れる。
けど次の山井さんの言葉はさらに僕を揺さぶった。
「さっき初めて会った。染森君が教室で――」
「あああ!」
「なになになに!?」
安住さんの肩が跳ねた。
僕が何かと思ったよ!
普通に言われるところだった。山井さんもびっくりした顔をしているけど、全く油断ならない。怖い。
一度額を拭う。流れを変えないといけない。
「なんで安住さんはここに?」
「ん? かすみに呼ばれたから。『見せたいものがあるから来て』って」
安住さんはスマホをふりふりと見せ、山井さんもそれには頷く。
「そうなんだ……」
僕はうまく笑えているだろうか。
もう全部山井さんの差し金だった。僕に恨みがあるのかな?
それで思い出したらしい。山井さんに体を寄せる。
「見せたいものってさっきの染森くん? おもしろかったけどさ」
けどさってなんだ。けどさって。
「友那と同じクラスって言うから。呼んだら嬉しいかなって」
少し恥ずかしそうに山井さんはそう口にする。
嬉しいけども。このタイミングだとキューピットじゃなくて悪魔なんだよね。
「それに、いきなり二人っきりは……ちょっとしんどかった」
「しんどい!?」
悪魔だった。おかげで僕は今がしんどいけどね。
安住さんは目線だけをこちらに向ける。
「まんまと口説かれてたしね」
「いやだからそれは口説いてたわけじゃ……」
「いいよ嘘つかなくて。かすみ、かわいいもんね」
しみじみと言う安住さんに言い返せない。本人目の前にいるし!
そりゃ山井さんもかわいいには違いない。
当の山井さんはスマホに夢中で聞いていないっぽいけど。
「大丈夫。言わないどいてあげるから。そんなに」
「違うし、少しも言わないでくださいお願いします」
自分の影響力を舐めないでほしい。瞬く間に広がること間違いなしだ。
「しかたないなぁ」
何とか許された。
幸か不幸か、僕と山井さんとの関係に興味がいって僕の痴態もバレていない。
ほっと一息がついて出た。どうなることかと思ったけど、考えると逆にチャンスだ。
安住さんが山井さんの秘密を話す可能性がある。どうにかして弱みを引き出すぞ。
「ん? あれ?」
なんて僕の企みは、戸惑う声にかき消された。山井さんが顔を上げる。
安住さんは机に置いたカバンをゴソゴソと漁り、何かを探しているようだった。
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皆さんはどんなギャルが好きですか?
おそらく私の理想のギャルと皆さんの理想のギャルは異なっているでしょう。
私と皆さんどころか、皆さんの中で一人一人が異なる理想のギャル像を持っているはずです。
でも、それでいいんです。
だって私たちはギャルに救われて、ギャルと共に生きている。
そんな想いを込めて、この作品を載せます。
全部嘘です。すみません。よろしくお願いします。
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