第15話 [黒魔導士]
イベントから数日後の夕方過ぎ、久しぶりに空き時間ができた[土煌竜人]と、彼の書斎で雑談をしていた。
「それにしても、来年の開催告知への繋ぎとしては最高だったとはいえ、魔王様の杖を持ち出してくるとは……。あの会場で言っていた説明は四天王の私ですら初耳だったぞ?」
「いや、あれはほとんど嘘っぱちだよ」
「なっ……!?しかし、杖自体は本物と同じ魔力を感じた!現に会場にいた誰一人偽物だとは疑っていなかったではないか!?」
「あれは、魔王の杖のプロトタイプなんだよ」
「……は?」
「そもそも、魔王が使ってた魔王の杖、あれは私が作った」
[土煌竜人]の開いた口が塞がらない様子を見ながら、紅茶を一口飲む。
やはりこの部屋で出てくる紅茶はおいしいな。
「仕方ない、最初から説明しよう」
ティーカップを置き、目の前の空間から歌姫の杖を取り出す。
「それは……!消えたのではなかったのか!?」
「あれも演出。こんな強力な道具、よく知らない人に持たせるわけにはいかないから」
[土煌竜人]は目の前の杖をいまだに信じられない様子。
しかし、杖から放たれる異様な魔力は、間違いなく元魔王の杖のものだ。
魔王の側近としてずっと杖を見てきた彼が見間違えることはない。
「まず、魔王の使っていた杖についてだけど、あれとこれは別物。魔王の杖は、魔王と一緒に本当に消失した」
杖を[土煌竜人]に手渡す。
彼はおずおずと受け取り、観察を始めた。
「魔王の杖は呪物や呪詛のコントロールを目的にした研究の成果なんだ。呪詛は魔力以外に強い制約を必要とする代わりに、魔法以上の効果を発揮する。ちなみに呪詛と魔法は一般的に区別されているけど、本質は同じものだよ」
呪詛と聞いて、[土煌竜人]の杖を持つ手に緊張で力が入る。
彼ほどでも呪詛と聞くと対処法の少ない致命的な攻撃のイメージが強いのだろう。
むしろ、ほとんどの魔法に対抗できるからこそ、自分の弱点になりうるものに警戒するのは当たり前か。
「魔王の杖は複数の呪詛を掛け合わせて作った。途中何が起きているかは正確には分からないが、求める結果が出るまで統計的に試していったんだ」
「それでは、一般的には呪物に分類されるということか?」
「そうだね。結果としてこの杖は、「大勢が共通する一人の対象に望んだ状態を、その一人の対象で実現する」効果を持った」
「その部分は先日の説明と同じだが……、まて、対象で実現するだと?」
「前半は本当のことを言っただけだよ。実際に、望んだ人数と彼らが捧げた魔力の総量に比例して効果が発揮される」
「本当なのか?願いが叶うと言っているようなものでは……?一度発動すれば効果は永続的なのか?」
「望みをすぐに叶えるわけではなく、対象者に物質的な変化を促すのが効果内容だね。生じた変化は杖とのリンクが切れても残る。ただし、対象者の体で元に戻ろうと強く働くものに関しては、自然回復力と杖の効果の綱引きになるから、長時間作用して不可逆な変化を起こさないと効果は弱まっていく」
「ではステージで使用していた『グローミング・ムーン』については?」
「新しく獲得した特性はほとんどないか、すぐに戻ると思われる。逆に、元の素質で伸びしろがあった部分が強化される場合には、かなり成長していると思う。おそらく彼女たちは人を先導する能力を素質として持っていたから、そこら辺の能力は使用前より格段に強くなってるはず」
「どのような変化が生じたかは分からないのか?」
「それは分からない。大勢の望んだことのうち、共通する項目ほど優先されるけれど、それは具体的でない雰囲気やイメージも抽出される。だから簡単に言えば、この呪物は誰かを皆の思い通りに変化させる道具だね」
「まさかとは思うが本来の用途は」
「贖罪用の呪物だよ。皆が思ったような罰が本人に下されて、そして本人が罪を受け入れるように思考を強制される」
非難の言葉が頭を過ったのか[土煌竜人]の表情が一瞬険しくなるが、それを魔物全員が、魔王に対して使用していたことを思いだし、口を噤む。
「この道具が特に強く働くのは思考についてだろうね。思考は、脳の構造に依存し、脳は生物の中で容易に変わりうる部分だから。自分が求められている立場を、喜んで実行できるような存在になることを強制する。突然リーダーに担ぎ上げられた者たちは、精神的に容易に不安定になりやすいし、能力も足りない。そもそも、ただの少女たちに時代の代表者になる覚悟や素質があると思う?歌は上手くても、人格者かどうかは分からない。ダンスがうまくても、想像する未来像が先導するべき地域の人たちと一致するとも限らない。そういった様々な不都合を調整する。それがこの魔道具の効果なんだ」
「……魔王様のあの人格は……、魔王を全うしていた彼は、誰かが望む作り物に変わっていったのか?」
「彼の全てに影響を与えていたわけじゃないよ。願った人たちの中で相反する部分については打ち消されるし、元の趣味嗜好を変化させるには相当数の数が必要になる。効果によるものと元の素質の線引きに関しては考えるだけ無駄だね。例えば、魔物のリーダーでありつつも、人間を憂う人格を皆が想像していたなら、彼が見せる悩みの姿さえ虚像ということになる。別にこの道具があろうがなかろうが、そう思う人格なら初めからそう思っているし、何が作りものかなんて、私たちの都合のいい解釈でしかない。それを理解した上で、彼は杖を普段から身に着けていた」
「……そうなのかもしれんが、私の中で納得するには時間がかかる」
「人格という概念は不可侵なもののように神格化されているからね。それも仕方ない。まあそんなこんなで、魔王が使用する用に作った魔王の杖と、杖自体の性質が大きく変化していないかを測定するための校正用としての杖の二本が存在したんだ。プロトタイプ兼、校正用の杖だけずっと私が保管していたから、今回使わせてもらったってわけ」
「杖が突然現れたのや、形が変化したのは……」
「全部演出。新しい時代のリーダーとして、杖から選ばれた感を出したかったから。光を集める演出にしたのは、皆の応援を可視化するため。私が杖を授けることもできたけど、それだと「なんでアイドルなんかに渡すんだ」ってどこかで暴動が起きそうだったから、杖が勝手に選んだって流れにしたくてね」
「そこまで考えての設定だったのか」
「誰かが選んだのではなく、杖に選ばれたのであれば責任を誰かが負わなくていいから。魔王が使用していた杖に選ばれたのであれば、それは民意であるって言い換えられる。ただ、魔王がしてきた暴力的な部分は引継ぎたくなかったから、戦闘ではなく歌のための杖だって認識させるためにも形を変えさせてもらったよ」
「まあ、そのおかげで、来賓たちとその場で来年の契約ができたのだがな」
実際、魔王の杖登場の影響力は大きかった。
誰よりも杖について理解していたウィッチちゃんが、来年もこの場に現れると宣言したことで、このイベントの価値が確約されたのだ。
そのかいあってか、イベント終了後の数日で、今年を上回るスポンサー契約が行われた。
「しかし、四天王であった私が主催かつ、魔王の杖が持ち出されたことで、旧魔王軍との関連をかなり詮索されたぞ。ウィッチちゃんの正体についてもかなり質問攻めされた」
[土煌竜人]の顔は疲労を体現しているようだった。
かわいそうに。
「その辺については上手くやってもらうしかないよ。戦争の負のイメージもあるとはいえ、魔王を使わないのはもったいない。それだけ彼の支持はまだ魔界に根強く残ってる。その辺は今後の施策でバランスも取っていくでしょ?」
「もちろんだ。我々の目標は一貫して教育や文化の向上にある。ウィッチちゃんのキャラクター付けも上手くいったと見ていい。誰も彼女の実力を疑わないだろう」
「そういう意味ではかなりバランスの取れる結果になったよね。彼女たち『グローミング・ムーン』は人間とも共生派だし。旧魔王軍に対して保守的な人たちは魔王の杖復活で喜ぶのか、優勝が共生派になってご立腹なのか知らないけど。私は政治得意じゃないからその辺は任せるよ」
「彼らも旧時代のやり方では人間に勝てないことはわかっているんだ。どちらにせよ技術分野に対しては推進派だろう。優勝者は我々が恣意的に決めていないとわかれば、矛先が向くこともない。そもそもアイドルには表現の自由がある故、具体的に被害が出なければ反魔王軍をテーマにしても問題ない」
「ただ、余計な争いは起こしたくないし、次にもっと規模を拡大するなら、住み分けが必要だよね」
「ある程度は善意に任せるしかないがな。問題が起きても実力で潰せると広く理解してもらえるなら、そういった心配事も少なくなろう。コントロールできるなら、文化の多様性はあった方が良い」
「まああなたもいるし、ウィッチちゃんもそういった効果には期待できるか。将来的に技術は軍事目的にも使用されるんでしょ?」
「国のあり方が固くなってからだな。あくまでそれらの文化を守るためとしなければ、本筋を見失う」
「すぐに脅威になる国はないだろうし、それでいいかもね。まあ、私が考えることじゃないか」
「魔界の土地と生命がなければ生きていけない私と違って、お前にはその制限はないからな。本心と一致しない仕事を任せるつもりはない」
「私としてものびのび研究できるのはありがたいよ。別にどの種族がどこで天下を取ろうが興味ないから。そういえば直近で実行に移る計画とかはあるの?」
「今回のイベントにかなり協力的だったいくつかの国から技術提供を持ちかけられたな。人も金もこれまで以上に集中するだろうから、公式の技術開発、研究機関を立ち上げる」
「え、ウィッチちゃんを据え置いてもいいけど、私は事務仕事とかするのはやだよ?」
「ウィッチちゃんはマスコットとしてしか使わん。お前に人事は求めていないから研究所の顧問でもしてくれ。かなり質の良い設備を揃えられるだろうから自由に使っていいぞ。どうせほっといても成果をあげてくれるだろう?」
「おお!手を動かしてくれる人が増えるのは助かるね。非人道的な内容じゃなければ、魔王軍と違って堂々と指示出せるし」
「当たり前だ……、いや待て、自由にとは言ったが不安になってきた。研究所を使うときは私に研究計画を送るようにしろ」
「新しい技術ってそういうところから生まれるからねぇ。ディスプレイも呪物だし」
「ううむ……。民意やブランディングのために、技術を停滞させるのは……」
「もう少しウィッチちゃんの万能感が育ってきてからでもいいかもね。公にしながら呪物を扱えるくらいになってからで」
「もしくは、そういったものから国を守るための研究機関とすれば納得してもらえるか?」
「悪くないね。解呪の研究でもする?」
「解呪か。龍脈や土地柄による魔力の滞留で起きる疾病などの治療法をテーマにすれば、他国との交流にも使用できるな。問題や公害を解決する機関ならウィッチちゃんのブランディングとも相性がいい」
「そういう話を積極的に取りに行くのは面白そうだね。持ってこられたら対応するよ」
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