第6話 [黒魔導士]
イベントまで残り83日。
硬いこぶしがドアに数回当たる音がした後
「失礼する」
と[土煌竜人]の声が廊下から聞こえた。
[土煌竜人]と数人を研究室に招き入れる。
彼らは皆イベントの関係者だ。
壁のように積まれたアイドルグッズの隣のソファーに誘導したが、一部居心地が悪そうにしている魔物もいた。
今回のイベントは国交などのかたい話も含まれているため、そちらの担当者だろう。
アイドルイベントの運営に直接関わる魔物たちには馴染みがあるようで、それらのグッズで話題を広げていた。
ほとんどのメンバーとは面識があって、以前[土煌竜人]に紹介してもらっている。
私のことは名だたる研究者という設定で話が通ってるらしい。
なので彼らからは「先生」と呼ばれていた。
彼らの前に観葉植物の植木鉢を引っ張り、説明を始める。
「今回の会議の目的は、アイドルイベントのメインコンテンツの共有だ。そしてメインコンテンツに求められる要件は、アイドルやファンにこの国のこのイベントが他の国で真似できない特別なものであると認識させること」
前提の共有は全員出来ていたようで、疑問を持った顔をしている者はいなかった。
「そのために私が使用するのはこれだ」
部屋の明かりを消し、短刀が接続された魔道具を起動する。
直後、観葉植物の葉が、赤、青、緑に発光し始めた。
一秒ごとに各葉の色が乱雑に変わる。
祝い事のときに設置されているイルミネーションのようだ。
しかし、葉が光った程度でそれ以上に何かは起こらない。
「光系の魔法で葉を光らせているのか?何か他に生じている魔法はなさそうだが……」
[土煌竜人]は「ただ街の樹木の葉を光らせるだけではないだろう」と思いつつも、不安の色を隠せないような声で質問した。
「まずこれらは光系の魔法ではないよ。それよりもずっと低いコストで、かつ、それぞれの葉に対して独立した魔法制御がされている」
「そこは別に問題ではない、葉が光っている以外の何かがあるのか聞いている」
「いや、ない」
「な……、これのどこがメインコンテンツに耐えうる仕掛けなのだ!?」
[土煌竜人]は怒りの混じった声をあげる。
彼以外の招かれた者も、怒りや不安の表情をあらわにしていた。
「まあ慌てないでくれ。……私はこの魔法を、この国を囲う山脈の木々すべてに対して同時に使用する」
「…………は?」
全員が言葉の意味を理解できずに呆けた顔をしていた。
常識で考えれば当然だろう。
「確かに、個々に対象を取るような魔法は範囲魔法と異なり、魔法を同時に制御できる数に限りがある。発光魔法を使って複数の対象を同時に別の色に変化させるなら、一人の熟練の魔法使いで10程度、専用の魔道具があっても100は厳しい」
これが一般的な魔法の認識だ。
単体に作用する魔法を同時に複数扱うことは難しく、逆に広範囲、多数の対象に作用する魔法ではその内容を個々に対して変化させることは困難である。
範囲回復魔法は全員に共通する回復プロセスで傷を癒すことはできるが、想定されていない損傷については治癒できないようなものだ。
例えば傷を癒す範囲魔法では、体に本来備わっている生理作用である病気のときの「発熱」を取り除くことはできない。
「しかし今回使用している装置は、事前に指定された植物かつ、特定の色に発光させる魔法であれば、使用者の制御が可能な範囲で無制限に同時発動が可能だ」
「な……、待ってくれ。規模の壮大さはわかったが、なぜそんなことをする。それが特別な集客に直接つながるとは思えんが……」
「ただ光らせるだけじゃない。スクリーンと同じ原理で、カメラで撮影している映像を、山脈の木々の葉に対してリアルタイムで反映する」
「……つまりお前は、この国を囲う山脈の斜面を巨大なスクリーンにする。というのか……?」
この国の北側に位置する山脈は、標高2000mほどの高さで尾根が続き、しかも全面木に覆われている。手前にそれを隠すような山などはなく、また、この国はどの位置からでも、少し目線をあげれば山脈を眺めることができるので、高い壁に囲まれているような印象を受ける。
「発光魔法をスクリーン上で発動するのとは違って、今回は発光源が並べられているから「ディスプレイ」とでもいう方がより正しい表現に近いかもね」
要するに、山脈に生えている木々の葉の色をそれぞれ独立して操作し、遠くから、特に街から山脈を眺めた時に、山脈全体で映像を映すという話だった。
一人の参加者が、壮大なスケールにあっけにとられながらも、先ほどの解説の疑問点を投げかけた。
「いや、待ってください、先ほど先生は使用者の制御可能な範囲とおっしゃいましたよね?いくら先生でもそのような膨大な数の制御は不可能では?」
「それはそうだ、私でも無理だよ。だから、別途用意している処理用の魔道具に接続して、自動で実行してもらう。つまり、必要な魔力さえ供給できれば、スクリーンと同じように特定の映像をリアルタイムで写すことができる」
「そんなことが、現実でできるのか…?消費する魔力や、魔法のラグに問題はないのか?」
「それがこの魔道具の良いところでね、普通遠隔で魔法を発動するには、その魔法の複雑さに比例した発動準備時間がいるんだが、この魔道具は対象の中に魔法陣を保有させる機能を持つ。また、ある程度の魔力ならストックできるから、それほど効果の大きくない魔法であれば、わずかな信号を飛ばすだけで、対象に魔法を作用させることが可能なんだ。そして消費する魔力についても、供給源を限定しない。周囲に必要な魔力があればそれを使用するから、魔力の供給を外部から行えば、発動者が指令と一緒に魔力を送る必要はない。単純な信号を送るための魔力消費で済む。消費する魔力量を現金に換算しても、全ての葉で1秒に30回色を切り替えて10時間使ったとして、金貨2、3枚程度だと思うよ。」
全ての疑問に完璧な返答を返されたが、いまだに実感がわかないといった様子。
それも当たりまえだ。
同じことを既存のスクリーンと同じ技術で行ったとしても、その設備だけで建造に数年はかかるし、建造費や維持費はこの国で賄える規模を越えてしまう。
そもそも技術的にそんなことを実現できない。
「本当にできる……のか?」
「あまり大掛かりにテストするわけにもいかないからこれで試したわけだけど、理論上は何も問題ないかな。もし心配なら、集客や宣伝もかねて、数日前から実践すればいい」
「準備にはどれくらいかかるんだ?」
「すべての木の幹にこのキリのような魔道具の針を打ち込まなきゃいけないんだけど、それさえ終われば、木自体の準備ができるのに10日、葉の位置と映像の位置をリンクさせるための処理に5日くらいかな。今から準備すればイベント10日前には始められるし、最初に打ち込んだ10m四方くらいでテストするなら、10日後には始められるよ」
山脈をディスプレイにするという途方もない計画。
それに対して提示される現実的な数字が頭の中で結び付かないといった様子。
私以外のだれも本心から納得することができない状態のようだ。
今までの魔法の常識から考えれば、あまりにも必要な時間も費用も小さすぎるのだ。
訪ねてきたイベント運営者達は、常識から外れた規格に何を質問していいのかわからず固まってしまった。
[土煌竜人]がなんとか言葉を紡ぐ。
「と、とにかく、やってみないことには何も言えん。申し訳ないがこの観葉植物だけでは、成功するかを想像しきれんのだ。お前の言うことだからおそらく予定通りになるとは思うのだが」
「まあ仕方ないね。それであれば、さっき言ったように全体の準備を進行しつつも一部でテストするのがいいだろう。1本の木に1万5千枚の葉が付くなら、大体平面にすれば100×100枚くらいの解像度にはなるだろうからそれで映像が再生されるか見てからでも問題ないよ。」
「わかった。そうしよう。ところで、準備に使用するキリの魔道具はどれだけあるんだ?」
「すぐに使えるのが10本程度かな。キリの柄の部分にこの液体をストックして、必要量を木に流し込むんだけれど……。キリを増やしても、現状は注入する液の培養がまだ間に合わない。想定される本数は、100m四方で3000本、対象の山の斜面の表面積が10km×2kmだから600万本、一回に5mlで必要量は計1tタンク30個分、3万リットルくらいかな」
「培養のためのプラントを今から用意するのか?」
「そうしよう。液はもともとこの短刀の魔道具から生産されるんだけど、外部で培養させる準備はできている。ただ、今から巨大な培養器作るのは間に合わない。イベント10日前にすべての作業を終えるように逆算して最小限の生産設備を作るようにしようか。」
予定は次のようになる。
イベント開始まで83日。
開始準備完了が73日後。
映像投影用の処理開始が68日後。
最後の木に魔道具が感染しきる期間を引いて58日日後。
58日以内にすべての木にキリを打ち込む必要がある。
培養プラントを作るに必要な日数は、まず基本となる共通部分の設備作成と最初のプラント作成に10日。
よって本格的な打ち込みは最初の1機が完成する10日後からスタートする。
1つのプラントからは日に150リットルの液が製造され、それは3万本に該当する。
ちなみに1つのプラントが一日に生産できる150リットルという量は、言い換えるなら、一人用のお風呂に張るお湯と同程度だと考えれば想像しやすいだろう。
この規模の培養装置であれば、基礎さえできれば5日程度で作成できる。
実際組み立てるだけなら2日もかからないが、培養器の中を除染したり、規定量の生成物が安定して回収できるまで3日はかかる。
それゆえ、1台5日の計算となっている。
次のプラントが建築、稼働するまでは5日必要で35日後に計6基のプラントから毎日900リットルが生産される予定とした。
つまり、風呂くらいの大きさの培養装置を6つ作ることになる。
これは工業用としてはかなり小さいが、実験室や小ロットの生産用には十分と言えるだろう。
計算上、今日から40日後に半数の300万本に打ち込まれる想定で、56日後には全ての打ち込みが終わる。
無理のない計画だと[土煌竜人]は納得したようだ。
バッファも十分にとってある。
仮に失敗しても費用が掛からないし、最初の10日と60日以降以外は私は拘束されず別の仕事ができる。
その間にサブプランの企画を進めていれば、いざというときにも対応できる。
「概ねよさそうだ。ちなみに、これらの魔道具を森林に使用することで後に発生する問題などはないか?あそこの樹木は特に保護されているわけではないが、かなり強引に計画を進めることになる故、懸念は減らしておきたい」
「構造体の維持を中断させるような命令を、任意のタイミングで送ることができる。命令を受けて5分で魔法的な機能を失い、命令を受けてから半日ほどで全体の50%が自壊する。自壊した構造体は自然に植物に吸収されることが確認済み。それに、それらの構造体を摂取しても、木の外部では機能しないから問題ない」
「そこまで調査済みということは、基幹技術の研究は以前から行っていたのか」
「こんな用途で使うとは思っていなかったけどね。実際に食用の農作物なんかに使ったこともあるし、もう10年以上は経過しているが、摂取した者たちに有意な変化は起きてないよ」
「それなら安心して実行できるな。他に懸念がある方はいるだろうか?」
「私から少し、作業者の確保でお聞きしたいことが。先ほどおっしゃられていた木への魔道具の打ち込みや、培養器での製造について、魔法能力などに関して特殊な人員は必要でしょうか?」
「打ち込みに関して誰でも問題ないから、山に慣れてる魔物でよいと思う。製造に関しては、ほとんど見ているだけだから誰でも可能だけれど、実験的な面も兼ねてるからできれば研究に慣れている者がいい。交代制で計3人程お願いしたい。いいデータがあれば次の研究に繋げられるからね」
軽い質疑がいくつか続いた後、計画は予定通り進行する運びとなり、今日の打ち合わせは終了した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます