魔族の集落へ6

「……これだけ人がいればもう襲ってこないだろうな」


「むしろ警戒すべきは魔物だな」


 これだけの人が合流すればスルディトたちと大きな人数差はない。

 今クリャウたちがいるところはテルシアン族の集落が近くてスルディトたちブリネイレル族の活動している場所ではない。


 また多くの人を引き連れて戻ってくるとも考えにくい。

 警戒すべきは魔物。


 クリャウたち側の被害はイヴェールの肩とスタットの打ち身だけで済んだが、ブリネイレル族の方は二人ほど切り倒されている。

 血の匂いをかぎつければ魔物が集まってくる。


 ケーランとビュイオンはイヴェールの状態が落ち着いたことを確認してすぐに出発することに決めた。


「しかしなんでこんなところまで……」


 ブリネイレル族の活動範囲は広い方である。

 しかし今は緊張状態にあるテルシアン族の近くまで来ることは少ない。


 今回ケーランはブリネイレル族との接触を避けるべくブリネイレル族の集落から遠い方からテルシアン族の集落に向かっていた。

 まさか襲撃されるだなんてことは思ってもみなかった。


「まさかクリャウ様のことがバレていたのか?」


「……そんなことあり得ません。クリャウ様のことを知っているのは私たちと魂視者のヘルダ様、それに族長様ぐらいでしょう」


「むしろ俺たちが動いたことが注目を集めたのかもな。なんてったって俺たちだからな」


「どういうことですか?」


「……んな素直な目で見るなよ」


 少しカッコつけたスタットだったがクリャウに普通に聞き返されて少し気まずそうに笑った。


「あなたに注目する人なんていませんよ」


 カティナが怪訝そうな顔をしてスタットのことを見る。

 自分が動いたせいで注目を浴びたなど少しばかり自意識過剰というものだ。


「そんなことないだろ? 一応俺たちも精鋭部隊みたいなもんだ。お嬢の護衛も任されたしな」


「だとしても精鋭と呼べるのはケーランさんとイヴェールさんの方でしょう」


「俺だって腕が立つから選ばれた」


「まあ……そうかもしれませんね」


 実際ケーランたちミューナの護衛の四人は部族の中でも実力がある人たちだった。

 族長の娘であるミューナの護衛という役割に加えてクリャウを探すという重要な役割も担っていたので若手の中でも実力が高い人が選ばれていた。


 特にケーランは若手の中でもリーダー的な存在である。

 かく言うカティナだって若手の女性の中では一二を争う実力であった。


「俺はまだまだだ」


「そんなことないですよ」


 肩を押さえてイヴェールが苦々しい顔をする。

 あっさりとスルディトにやられかけて何が精鋭だと自嘲してしまう。


「スルディトは魔族全体で見ても強い。しょうがないだろ。それにイヴェールは強さだけじゃなく変装魔法にも価値があるからな」


 ここまで旅をしてきた中でクリャウたちが大きなトラブルを抱えたことは少なかった。

 魔族というだけで嫌われて普通によくない目を向けられる中で特に問題が起きなかったのはイヴェールの魔法によるところも大きい。


 イヴェールは変装魔法という特殊な魔法を使うことができた。

 魔法によって一時的に見た目を変えることができるもので道中の買い物なんかはイヴェールが主に交渉に臨んでいた。


 もちろん普通の人間のような姿にもなれた。

 一人が普通の人ならば他の人はフードを深く被ったままでも疑われることもなかったのである。


 唯一無二の能力を持っている。

 腕もそれなりに立つしクリャウを探しに行くにあたってはなくてはならない存在であった。


「俺は? 俺は褒めてくんないの?」


「強さでいうならお前の方が俺よりも上だろう」


 我慢できなくなって自ら評価を求めたスタットにイヴェールは堂々と答える。

 スタットも若手の中では強い方である。


 人柄もよく旅の中でも明るさがある。

 意外と冷静で頭の回転も速くて臨機応変に物事に対応できるし物怖じしない性格であったのでメンバーに選ばれていた。


「ふっ、クリャウ様も俺のようになれよ?」


「この人のようになるのはやめておいた方がいいです」


「そりゃあクリャウ様次第だろ。なっ?」


「俺は……お父さんみたいな人になりたい」


「…………あー、そっか。俺も親父は憧れだ。すぐにぶん殴られたけどな」


 母親から勇敢な人だったと父親のことは聞いている。

 どんな人なのか知らないけれどブラウから聞いた話も改めて考えてみるとクリャウの父親は正義感があって仲間思いな強い人だったと言えた。


「集落が見えてきたぞ」


「あれがミューナたちの……」


 先の方に木の柵で囲まれた家々が見えてきた。


「ふふ、ようこそ。私たちの集落へ。歓迎するよ、クリャウ」


「……お世話になります」


 村では冷たい視線ばかり浴びせられてきた。

 でもここなら受け入れてもらえるだろうかと否が応でも期待してしまう。


 こうして長い旅を終えてクリャウは魔族の集落に到着したのであった。

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