死者の復讐1

「はぁーあ、全く憂鬱な仕事だよ」


 ネズミが閉じ込められた鉄格子の前に立って見張りの男はため息をつく。

 水賊のリーダーの趣味で船の中で魔物を飼っている。


 リーダーはチューちゃんチューちゃんと気に入っているが肝心の魔物の方は他の水賊たちどころかリーダーにすら懐いていない。

 エサは基本的に余った肉なんかをあげているけれど時にヘマをやらかした仲間だったり邪魔してくれた冒険者だったりを与えている。


 食べ物を与えている時はまだいいのだけど生きたまま人間を食べる時の音は聞くに耐えない。

 時には叫びながら死んでいく人もいて耳の奥に悲鳴がこびりつく。


 可愛くも思えないネズミの魔物の世話をするのは退屈だ。

 世話をするといっても一日中監視するしかないのだ。


 リーダーはネズミの世話係を大事な仕事だというが懲罰にも近いと見張りの男は思っていた。


「ちゃんと食べたか? まあ……食べてようが食べていまいが暴れなきゃそれでいい……」


 鉄格子の中に放り込まれて無事だった奴などいない。

 全員ネズミの腹に収まった。


 今回もそうだろうと見張りの男はため息をついて椅子に腰掛ける。

 新しく持ってきた酒瓶をテーブルに置いて木の皿に袋の中からツマミを雑に空ける。


 酒でも飲んでなきゃやってられない。

 他のやつにネズミの見張り番をやりたくなかったら酒を寄越せと言って無理矢理奪い取ってきた。


「ゲェップ……」


 見張りの男は下品にゲップをする。

 文句を言う奴はここにはいない。


「女でも抱きてぇや。ガキじゃなく女でもさらってくりゃいいのによ。そうすりゃ今頃……へっ?」


 ツマミを口に放り込み酒で流し込もうとした男の胸から剣が飛び出してきた。

 血が流れて剣を伝い、遅れて熱いような痛みが襲いかかってくる。


「……スケルトン? なんで……」


 見張りの男が後ろを見ると仮面を外したスケルトンが立っていた。

 発された疑問に答えることなくスケルトンが剣を抜くと見張りの男の手から酒の入ったコップが滑り落ちて床にぶつかって割れる。


 見張りの男の目がぐるんと白目を剥いて床に広がるお酒の上に倒れた。

 透明な酒に真っ赤な血が広がっていく。


「スケルトンさん、鍵を探して」


 鉄格子の向こうにクリャウが姿を現した。

 呼び出された最初のスケルトンは目立たぬように部屋の隅で丸くなって隠れていた。


 そして見張りの男が油断した隙をついて剣で殺したのである。

 最初のスケルトンが見張りの男の持ち物を漁る。


 見張りの男の腰に鍵があって、最初のスケルトンはそれを手に取るとクリャウに差し出した。


「えと、それを使って鍵を開けて」


 最初のスケルトンはクリャウの命令に従って鉄格子の鍵を開ける。


「ええと、君、あの人の武器を奪って使って」


 スケルトンは強くない。

 素手では普通の人を倒すのにも苦労するだろう。


 せめて武器となるものが必要となる。

 今倒した見張りの男も腰に剣を差している。


 クリャウは適当に一体スケルトンを選ぶと見張りの男の剣を持たせた。


「……あとは……」


 このまま脱出、といきたいところであるがクリャウにはもう一つ作戦があった。


「……君も自由になりたいだろ?」


 ーーーーー


「そろそろ潮時だな……」


 水賊のリーダーは部屋で酒を飲んでいた。

 誘拐した子供もそれなりの数になった。


 売り捌けばしばらく遊んでいられるだろう。

 これ以上時間をかければ誘拐のこともバレるし討伐隊を組まれてしまう。


 相手が答えを出す前に立ち去らねば危険である。


「ガキ集めて何すんだか……まあ、俺には関係のないことか」


 子供をさらうなんて水賊のリーダーとしても気持ちのいい行為ではない。

 人をさらう仕事があることは別になんとも思わないが子供をさらうと利益も大きいが面倒も多い。


 それでもやる理由があるから今は仕方なくこんなずるいやり方をしている。


「……なんだか騒がしいな」


 慌ただしく人が行き来している音がしている。

 そのくせになんの報告もなくて水賊のリーダーは苛立ち始めていた。


「チッ……おい! 何してやがる!」


 騒がしさに耐えきれなくなった水賊のリーダーは荒々しくドアを開けて何事かと大声を張り上げた。


「あ、その……」


 たまたま水賊のリーダーの部屋の前を通りかかった水賊が捕まった。


「せ、船底にいたリーダーのペットの魔物が逃げ出しまして……」


「チューちゃんが逃げ出しただと!? 見張りは何してやがった!」


「それがどこにいるのか……」


「今お前らは何をやってんだ!」


「い、今捕まえて船底に戻そうと……す、すぐにでも騒ぎは収まりますので」


 顔を青くして水賊の男は答える。

 船内の騒ぎは水賊のリーダーが可愛がっている魔物のペットのチューちゃんが逃げ出したということで起きているものだった。


 チューちゃん脱走騒ぎは時々起こる。

 クソを片付けようとして油断したとかそんなことで逃げ出してしまったことがある。


 船の上なのでどこか行くことはなく怪我人が出るくらいであるが、今は誘拐してきた子供がいる。


「ガキに近づけさせるな! とっとと捕まえねえとお前らもチューちゃんのエサ行きだからな!」


「は、はい!」


 水賊の男は走り去る。


「ふん、全く……チューちゃんの管理ぐらいできないのか」


 深いため息をついて水賊のリーダーは部屋の中に戻る。

 真に何が起きているのかまだ水賊のリーダーは分かっていないのであった。


 ーーーーー

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