クリャウの能力4

「中に入るぞ」


「はいよ」


 見張りの男はドア横にかけてあった鍵を手に取ってドアを開ける。


「ふん……」


 水賊の男が入ると中にいた子供たちは怯えたような顔をする。

 抵抗されるのも困るけれどただ怯えられるだけなのもつまらないと思う。


 水賊の男は部屋の中を見回す。

 ちょうどいいガキはいないかと探す。


「お前と……お前」


 水賊の男が二人の子を指差した。

 一人はやや恰幅の良い子。


 もう一人はクリャウであった。


「お前生意気そうな目をしてる」


 一人の子が選ばれた理由は恰幅がいいからだった。

 そしてクリャウが選ばれた理由はやや反抗的な目をしていたからだった。


 ミューナは女の子なので選ばれることはないけれどクリャウはミューナのことを守ろうと前に出て水賊の男のことを見ていた。

 他の子は視線を逸らしているのに一人だけ水賊の男のことを見ていたので目立ってしまったのだ。


「早く来い!」


「ダ、ダメ!」


「なんだこのガキ!」


「キャッ!」


「ミューナ!」


 クリャウは魔族にとって希望である。

 連れて行かれたら何をされるか分かったものではなくミューナはとっさにクリャウに伸ばされた水賊の男の手を邪魔してしまった。


 一瞬にして頭に血が上った水賊の男はミューナの頬を叩いた。

 あっけなく吹き飛ばされたミューナは壁に叩きつけられて動かなくなる。


「こいつ……!」


「チッ、お前のせいだ!」


「グゥ!」


 思わず手が出てしまった。

 どれもこれもクリャウがムカつく目をしているのが悪いのだと水賊の男はクリャウの顔を殴りつける。


「お前もこうなりたくなきゃ早く来い!」


 水賊の男はクリャウの胸ぐらを掴んで引き寄せると肩に抱える。

 もう一人の男の子はクリャウみたいになりたくなくて涙目で立ち上がる。


「お前らは大人しくしてろよ!」


 クリャウと男の子を連れて水賊の男は部屋を出る。

 鍵が閉められる音がしても子供たちは壁際で息を殺したように静かにしているしかなかった。


「うぅ……」


 思い切り顔を殴られたけれどクリャウは気を失っていなかった。

 肩に担がれて移動していることは分かっている。


 外に行くのではなく階段を降りていっていてどこに行くのだとぼんやりと考えていた。


「おーい、エサ持ってきたぞ」


 船底まで水賊の男は降りてきた。

 正面に鉄格子があってその前に別の見張りの男が座っていた。


「様子は?」


「腹が減ってんのか苛立ってる。さっきまで格子に体当たりしてたが諦めて奥に引っ込んだよ。今は良いタイミングだろう」


「そうか。投入口を開けてくれ」


 鉄格子の端の上の方に出入り口とはまた違う開閉できる場所がある。

 見張りの男は自分の座っていた椅子を引きずって持っていき、上に立つと投入口と呼ばれたところを開けた。


「まずこいつだ」


 水賊の男は椅子の上に立つ男にクリャウを渡した。


「よいしょっと」


「ゔっ!」


 クリャウは投入口から鉄格子の中に投げ入れられた。

 体を打ちつけて思わずうめき声を漏らしてしまう。


「な、何をするんだ!」


「うるせぇ、大人しくエサになってりゃいいんだよ!」


 もう一人の男の子も鉄格子の中に入れられる。


「だ、出して! 何をするつもりなんだよ!」


「あんまり騒ぐと危ないぜ?」


 何かがいるとクリャウは思った。

 薄暗い部屋の奥に蠢く何かの気配がある。


 出してくれと騒ぎ立てる男の子は何かがいることにまだ気づいていない。

 クリャウは痛みをこらえて這いずるようにして部屋の隅を目指す。


「こっちを向いた……」


 闇の中の影に赤い二つの目が見えた。

 男の子が大きな声を出すものだから気がついたようである。


「俺はしばらくここ出るぜ」


「俺も行く」


「出してよ!」


「エサを食べる時の音は何度聞いても慣れねぇ」


 水賊の男と見張りの男は男の子のことを完全に無視して階段を登っていく。


「ねえ! ねえってば!」


 どうせ出してなどもらえない。

 これ以上声を出さないでほしいと思いながらクリャウは部屋の隅についた。


「ひっ……」


 何かが手に触れてクリャウは慌てて手元を確認する。

 そこに落ちていたのは骨だった。


 手元だけではない。

 よく見ると周りにはたくさんの骨が落ちている。


「なんだよこれ……」


 なんで船の中にたくさんの骨が転がっているのか。

 クリャウが骨をどけて部屋の隅に小さくなっていると部屋の奥にいたものが動き出した。


「あ、あれは……」


 鉄格子の向こうにつけられた弱い光に照らされて奥にいたものの正体が見える。


「魔物だ……」


 部屋の奥にいたのは巨大なネズミの魔物であった。

 クリャウは口を手で押さえて息を殺す。


 もう姿も見えなくなった水賊の男に対して叫び続ける男の子は自分がネズミの魔物の注目を引いていることを分かっていない。


「へっ?」


 ネズミの魔物が一鳴きした。

 なんの音だと男の子が振り返る。

 

 そこには赤い目を男の子に向けているネズミがいる。

 男の子はそれでようやく鉄格子の中に魔物がいたのだということに気がついた。


「う、うわああああああっ!」


 ネズミの魔物が後ろにいて驚いた男の子は叫んで逃げようとする。

 しかし鉄格子で閉じ込められているのだから外には出られない。


 こっちに来るなというクリャウの願い通じたのか男の子はクリャウと逆の方に走り出した。

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