2-7 黙殺

 蒼の夜の魔物を倒した二日後の夕方、司はテレビから流れてくるニュースにどきりとした。


 会社勤めの女性が二日前の夕方から行方不明となっている、とアナウンサーが硬質な声で告げた。

 彼女の勤め先が、二日前に発生した蒼の夜の近所なのだ。

 その日もいつも通り出勤し、いつも通り仕事をして退社したと、行方不明者の周りの人達は話しているらしい。


 もしかしてあの木の化け物にやられてしまったのかと司の心臓がバクバクする。


「あぁ、そのニュース。怖いよねぇ。隣の市だし。あんたも出かけたりするなら気をつけてよ?」


 母親が眉尻を下げている。


「まだ凶悪事件とかって決まったわけでもないだろう」


 父親も話に交じって来た。


 父の言う通り、まだ事件と断定されたわけではない。


「事件だろうが自分からいなくなったんだろうが、そうなる何かがあるってことでしょ。家族の心配するのが母親ってものよ。薄情な父親と違ってねぇ」


 母は大げさに顔をしかめてから意地悪そうに笑った。父も「おぅ、俺は薄情だぞ」と笑っている。


 両親のいつもの「掛け合い」に司も笑みを浮かべた。

 が。

 そうなる何かという母の一言に、やはり蒼の夜の魔物だろうかと思うと笑顔は長続きしなかった。


 友人のグループメッセージにも、行方不明のOLのニュースに触れる人がいた。

 隣の市という比較的近隣での話だから無理からぬことだ。


『事件か、家出か、どっちだと思う?』

『単なる家出ならいいのにな。事件とか怖すぎだろー』

『もう大人なんだし、家出っていうのか?』

『じゃあ失踪? とにかく自分の意思でいなくなったんならなってこと、誘拐とか殺人とかだったら犯人が隣の市にいるってことだろ? こっちに来るかもしれないし』


 司も『それな』と返した。

 蒼の夜の犠牲者でなければいいのにと思う。


 ふと、そういえば蒼の夜の犠牲者はどう報じられているのだろうと気になった。突然いなくなるわけだからやはり失踪扱いになっているのか、未解決事件として扱われているのか。


 ちょっと調べてみようかとインターネットで検索してみた。

 まさか引っかからないだろうとは思ったが「蒼の夜」を検索ワードに指定したがまったく関連のないコンテンツばかりだった。


 だよなとつぶやいて、今度は「失踪」と入力する。

 様々な事件がヒットした。

 記事を一つ一つ調べてみる。

 その後生死問わず見つかったものは除外して、未発見、未解決の記事のその後を追ってみる。


 行方不明となって何か月、何年、失踪した日に思い出したように「いまだに行方はつかめていません」と情報提供を呼びかける記事もあれば、数か月もすればすっかり報じられなくなっているものもある。


 この、その後何も報道されていない失踪人こそが、蒼の夜の犠牲者ではないだろうか。


 さらに、大型匿名掲示板のオカルト関係の界隈では突然の失踪は「神隠し」と呼ばれていることにたどり着いた。


『今日のOLの、神隠しじゃね?』

『まだ判らないけど、ふつーに生活してたのにいきなりいなくなったらしいしな』

『なんか最近多くないか?』

『いよいよ霊界とつながりだしてるんじゃないか?』


 早速言及されていた。


 蒼の夜は異世界とのつながりのある特殊な空間だと律は言っていた。最近増えてきている、とも。

 三年前に、実は蒼の夜が世界全体を覆ったのだと聞いた時の衝撃を思い出す。


 あの日は話の後に遥と律の仲を見てショックを受け、検索する気にもなれずに今に至るが、その事件のことも調べてみようと司はマウスをクリックする。


 不思議なほどに、事件の記事がない。

 まさに「黙殺」だ。

 無視されているのではなく、情報が「殺されている」のだと司は思った。


 考えて、急に怖くなってきた。

 情報さえも殺される、そんな大規模な襲来が来たとして、果たして自分は対応できるのだろうか。


 蒼の夜の「主」との戦いは壮絶なものだったと律達は言っていた。

 俺なんか速攻やられるんじゃないか?


 考えれば考えるほど怖いのに、司の思考は蒼の夜から離れなかった。




 次の日の夕食後、ニュース番組を見ていると早速昨日の続報が入ってきた。


 行方不明のOLは、周囲に悩みなどを相談したりということはなかったそうだが、会社の同僚の話では激務で、いなくなった日はとても久しぶりに定時帰りをした日だったそうだ。


 警察は「激務のストレスから失踪した可能性も視野に入れ、引き続き事件と失踪両面から捜査する」と発表している。


 なんとなく、作為的なものを感じた。

 自ら姿を消したという方向に持って行こうとしているのではないかと思ったのだ。

 となると、この人は蒼の夜の魔物に殺された可能性が高いのかもしれない。


 疑い出すときりがなかった。




 次の日、訓練の前にトラストスタッフに立ち寄って律を訪れた。


「前の蒼の夜の犠牲者っていたんですか?」


 尋ねると、律は真顔になって「どうして?」と尋ね返してきた。


「ニュースで言われてる失踪の人が、犠牲者なんじゃないかって思って」


 司はニュースを見て感じたこと、ネットで調べたことを律に話した。


「うん、本格的に暁の手伝いをすることになったなら、そういうところに興味を持つのも大事なことだと思う」


 微笑を浮かべて前置きしてから律は司の最初の質問に答えてくれた。


「氷室くんの察したとおり、犠牲者がでてしまったみたいだね。何せ亡くなってしまったら遺体が残らないから直接見た以外のことは推測になるんだけど」


 律達が到着した時、魔物は移動の途中だった。移動元でくだんのOLが犠牲となった後で律らが魔物と遭遇したのかもしれない。


「そのOLさんの足取りが、あの付近で途絶えているのは確かだし、ほぼ間違いないと思われるよ」


 あの場の近くで犠牲者が出ていた。

 司には大きなショックだった。


 失踪事件のその後の情報の出し方については、トラストスタッフではノータッチだそうだ。だが何かしら事件の扱いについてマスコミに依頼、あるいは命令のようなものはあるのは間違いないだろうと律も思っている。


「僕らにできることは、できるだけ犠牲者を出さずに蒼の夜の魔物を倒すことだね。最近ちょっと数が増えてきているから、つながっている元の異世界に大きな異変があったのかもしれないけれど。その辺りは今、総力をあげて調査中だ」

「調査って、異世界のことなのに、できるんですか?」


 司の問いに律は首を中途半端に振った。

 魔物が消えれば蒼の夜も消える。魔物を退治しなければ犠牲者が出てしまう。

 なので調査は難しいと律は言う。


「それでも、なんとかしないといけない。僕らも頑張るから、氷室くんも、頼むよ」


 あ、でも、無茶は駄目だよと笑う律はいつもの彼だったので司はほっとした。


「さぁ、そろそろ訓練所に行った方がいい。遥さんが待ってる。僕は今日は仕事があるから行けないけど、がんばって」


 律に見送られて司はトラストスタッフを後にした。

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