例えばローカル線のガラガラの車内で毎日パンツを見せつけてくる美少女がいたとして

あまみや 要

この胸の高鳴りはどうせ……

ローカル線の車内は今日もガラガラで

 ローカル線の車内は今日もガラガラで、乗り合わせた人員は途中で補充されることもなく駅に着くたびに吐き出されるばかりだ。

 三駅も過ぎる頃にはとうとう吐き出す人員にも事欠くようになり、車内に取り残されているのは僕ともう一人だけになる。


 地元を支えるローカル線の運営会社の名誉のために言っておくと、他の時間帯の電車にはもっとたくさんの乗客が存在している。

 学校の授業終わりからは少々時間が経っているが部活の終了時刻よりは少し早く、なおかつ社会人の帰宅ラッシュとも被らない今は絶妙な凪の時間だというわけだ。


 僕はいつもの時間の電車で、いつもの車両のいつもの座席に座り、いつものように夕日を背に浴びながら手元の本に視線を落とす。

 乱読家でありやや活字中毒の気がある僕にとって、例えば学校帰りの電車で揺られる三十分という隙間時間は静かに落ち着いて読書に充てられるべき貴重な時間だ。

 そしてどうせ読書するなら静かな環境で落ち着いて本を読みたい。そういうわけでわざわざ放課後の一時間程を学校の図書館での自習に充ててまで乗客が極端に少ないこの時間の電車を利用している。


 だが今日ばかりはちっとも読書が進まない。

 原因は明白。友人から借りた、というより押し付けられたラノベがあまりにも胡乱で頭に入ってこないからだ。

 おおよそどんなジャンルでも楽しんで読めることが自慢の僕をして読んでられないと評するこの書物の作者は一周回って賞賛されるべきだと思う。


 まずタイトルからして胡乱だ。

 『陰キャでぼっちな僕に美少女転校生が性奴隷志願してきたので僕はエクストリーム縄師で天下とる』。

 どうだ、頭が痛くなってくるだろう。


 美少女転校生云々ってのはまだいい。

 エロ寄りのラブコメなんかだとこういうあたおか系ヒロインってのはよくあることだ。

 こういう掴みがセンセーショナルな作品に限って実は中身はしっかりしたラブコメってパターンは結構あるので、これはいいのだ。


 だが『エクストリーム縄師』、てめぇはダメだ。

 意味がわかんねえんだよ。高校が舞台で高校生が主役なのに『縄師』なんて単語が出てくる時点で頭がおかしいのに、そこに『エクストリーム』なんてつけてんじゃねえよ。世界が崩壊するだろうが。


 転校生に一目ぼれされて頭のおかしいアプローチを受ける主人公。これはまだいい。

 美少女転校生に惚れたサッカー部のイケメン野郎が主人公に難癖付けてくる。これはベタな展開だ。

 だがね、どうしてそこから突然異能力バトルが始まるんだよ! ラブコメどこ行った!?


 『セクシー緊縛バトル』てなんだよ!

 おいサッカー部、『ハットトリック亀甲縛り』とかしてんじゃねえよ!

 なんでそんな必殺技みたいなの繰り出しておいて全くの初心者の主人公にあっさり負けちゃうんだよ!


 胡乱だ。胡乱すぎる。意味不明だ。頭が痛い。

 僕の脳内を宇宙猫が占拠して今もミームダンスを踊り狂っている。

 この書物は人類には早すぎたのだ。


 限界だ。

 僕は脳内を不法占拠する宇宙猫を追い出すべくこの胡乱な文庫本を乱暴に閉じてしまう。




 そして顔を上げた僕は、見てしまった。







――向かいの座席に座る少女が制服のスカートをたくし上げているところを。






 青だ。青い布だ。パンティだ。

 白くほっそりとしているのに妙にむちむちとした肉感を感じさせる太ももは開かれ、くびれた腰との境界線を主張するかのように鎮座する青いパンティが丸見えだ。


「……は?」


 脳内の宇宙猫が二匹に分裂した。ミームダンスを踊り狂っている。


 誰か助けてほしい。どうか説明して欲しい。

 一体全体何がどうなってこうなっているのか。


「あ……」


 少女と目があった。

 彼女は何も無かったと言わんばかりに静かにそろりとたくし上げていたスカートを下ろし、そのままスカートの柄を睨みつける様に俯いてしまった。


 彼女のことは知っている。

 服装を見て分かる通り同じ高校の生徒だし、今年度に入ってからの直近一か月間、ほぼほぼ毎日帰りの電車で一緒になるので顔もよく見知っている。


 おまけに彼女は学校の有名人で人気者だ。

 先月入学して来たばかりの頃から彼女は噂に事欠かない存在だった。

 『トップアイドル級の美少女が入学してきた』から始まって、何年の誰々が告白して振られたなんて噂がしょっちゅう飛び交っていた。

 女嫌いでその手の話に疎い僕の耳にも自然と入ってくるのだから相当なものだ。

 たしか最新の噂では言い寄って撃墜された男の数が一か月で三桁超えた、とかなんとか。

 とにかく相当モテるって噂の女子だ。


 名前はなんだったか。

 たしか名前もアイドルの芸名みたいな感じだったはずだ。

 そこまで興味がなかったので思い出せない。


 そんな彼女がなぜ?

 なぜこんなローカル線の車内でスカートをたくし上げていた?

 僕にパンツを見せつけて一体何をどうしたいんだ?


 わからない。

 わからない。

 訳がわからない。


 混乱して思考停止する僕と俯いたままスカートを睨み続ける彼女を乗せて、ローカル線は変わらぬ速度でごとごとと進む。

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