5 御華屋神社(みけやじんじゃ)

「うちの猫がさ、夜中ににゃーにゃー鳴いてるのよ」五年生の女子生徒が友達と話しをしている。

「トイレに行きたいとか?」別の女子が言った。

「ううん、何か、外に出たがってるみたいなの。でも、室内でずっと飼ってるから、外に出すわけにはいかなくて……それで、一晩中鳴いてるのよね。だから、ちょっと寝不足で」女子生徒は小さなあくびをした。

「でも、去年はそんなこと言ってなかったよね」

「うん。夏って発情期だっけ? 外でも猫が結構鳴いてるのよね」

「やだ、発情期だなんて」女子生徒たちは笑った。

 女子生徒たちの話を盗み聞きしながら、猫の発情期っていつだったかなと康介は考えた。たしか、一月から八月だったと思うけど、室内猫の場合、照明の加減で一年中発情期になる猫もいたはずだ。メス猫に限る、だけど。

 オスとメス。どっちの野良猫が増えているのか、調べてみる価値はありそうだ。康介は自由研究のノートを取りだし、メモをした。

 教室の中で、野良猫のことを話題にする者が多くなってきた。やはり康介だけではなく、実際に増えていると感じている人が多いようだ。

「そういえばさ、もうちょっとしたら夏祭りだよね」さっきの女子生徒が言った。「私、浴衣買ってもらったんだ」

「へえ、いいなあ。御華屋神社(みけやじんじゃ)に屋台も出るし、楽しみだよね」

「御華屋神社って、御神体が猫なんだよね」

「そう、三毛猫」

「あれ三毛猫なの? 色なんて全然ついてないじゃん」

「ついてないけど、村の大人はみんな、三毛猫だって言うよ」

「変なの」

「変だね」

「猫を奉ってる、ていうのも変だけど。狐とかならわかるんだけど」

「お稲荷さんじゃないのよね。何でだろ」

「今度、お母さんに訊いてみる。お母さん、この村の人だから」

 康介は御華屋神社、御神体、三毛猫というキーワードをノートに書き足した。鉛筆を指でまわしながら、じっと文字を見つめる。

 御華屋神社では、毎晩、猫の集会が開かれていると、父が言っていたのを康介は思いだした。実際に見たわけではないが、あそこは猫に縁があるから、集まっていたとしてもおかしくはないとのことだった。

 ひょっとすると、増えた野良猫も集まって、会議をしているかもしれない。クロがボスなら、案外、その中にまじって議長でもしている可能性もある。

 クロが議長……。

 想像して、笑いそうになった。猫の会議といっても、集まってにゃーにゃー鳴くわけではなく、じっとお互いの顔を見ているというのがセオリーだ。野良猫たちの群れの中で、クロはじっとしながら何を考えているのだろうか。

 調べてみる価値はあるかもしれない。

 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。低学年が帰ってしまったため、クラスメイトは半分に減っている。康介はノートをしまうと、今晩の予定を頭の中で立てた。

 放課後、太一が「ドッジボールしようぜ」と言って、ボールを持って運動場に出ていった。ほかの六年生や五年生の男子が続くが、康介に声はかからなかった。面倒がなくていいと、康介は思っていた。

 ランドセルに教材をつめて背負ったとき、「立原君」と声をかけられた。担任の安藤先生だ。

「何ですか?」康介は安藤にたずねた。

「いや、何、ということはないんだが」安藤はどう言えばいいものかと思案顔で「君はひとりでいることが多いね」

「そうですね。ひとりで本を読んだり、図書室に行ったりしてます」

「友達はいないのかい?」

「いません」

 安藤は目をまるくした。そんなに驚くようなことだろうか。

「ひょっとして、嫌がらせを受けているのか?」いじめられているのか、とは訊かないところに、安藤の心のうちが少しだけ透けて見えたような気がした。

「いえ、大丈夫です」

「秋山君や寝屋川君といっしょにいるところをたまに見かけるんだが……大丈夫か?」

 康介は驚いた。安藤は康介が思っている以上に、康介のことを見ている。

「たまにいっしょに帰ることはありますけど、嫌がらせとかはありません。つきあいもほとんどありません」康介は嘘をついた。

「そうか……」安藤は嘆息した。「高校はみんな、隣町の高校に行ってしまうから、バラバラになってしまう。でも、中学まではいっしょだ。無理にとは言わないが、できれば友達ぐらいは作っておいた方がいいと思うな」

「僕はひとりでも大丈夫です」

「……そうか。そうだな。立原君はそういう子だったな」安藤はうなずいた。「変なことを言って悪かった。でも、何か困ったことがあったら、先生に相談しなさい。いいね?」

 はい、とこたえて、康介は教室を出た。教師からは教室で孤立している生徒、いじめを受けている生徒だと見られているらしい。たまに嫌がらせは受けるものの、そんなことはまったくないのに。

 まあ、孤立している、というのは本当だと康介は思った。康介には友達がいない。朝のあいさつをすることはあっても、それ以上の関係を持っている人間はいない。

 だからどうした、とも思う。今、自分が興味を持っているのは、クロや、増えた野良猫たちだ。人間ではない。

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