私が兄になる日
星空永遠
第1話
私には自慢の兄がいた。高校二年生でありながらレギュラーの座を勝ち取り、バスケ部の期待のエースだった。けれど、そんな兄はわずか十七歳という若さで、神がいる世界へと飛び立った。……そう、兄は死んだのだ。とても大好きな兄だった。
「どうしてお兄ちゃんだったの?」
「なんで、お兄ちゃんが死ななければならなかったの?」
兄が他界してから半年が経つ。今でも私は兄と撮った写真に毎日のように語りかけている。何度もなんども、問いかける。だけど、答えが返ってくることはない。人が死ぬと、あんなにも冷たくなるものなんだね。
「私も、もうすぐ“お兄ちゃんと同じ世界”に行くからね」
今、私がいるところ? それはね。学校の屋上。兄がいない世界など生きていても仕方がない。私にとって、兄の存在が自分の全てだったから。
私はその身を投げ出した。ゆっくりと落ちていく。下へ、したへと。神様から貰った命を自ら捨てようとすると、罰として走馬灯ってのが見えるとか。
『雫。君はいつも可愛いね』
『僕、部活頑張ってくるよ』
『雫の作ってくれる料理は美味しいよ』
これが走馬灯っていうのかな? 今なら兄との思い出が、全て昨日のことのように思い出せる。
『明日はバスケの試合があるんだ。雫、見に来てくれる?』
あぁ、そうだ。あの日、私は補習があって行けなかったんだっけ? 当日は「なんで、赤点を取ってしまったんだろう」って何度もぼやいてたっけ。
あれが“最後のお兄ちゃんの試合”だって、知っていたら、補習をサボってまで応援に行ってたのに。あれ? 最後の試合?
『ーー残念ですが、雫さんの兄は……』
『不慮の事故とはいえ、これはあんまりよね』
どこからか、声がきこえる。
『両親もいないのに、これから雫ちゃん一人なんて可哀想よね』
『お兄ちゃんっ子だったものね、あの子』
なんで? 死ぬ間際だから幻聴が聞こえるの? 違う。これはきっと、真実だ。
私は兄が死んだ理由を知らない。私が駆けつけた時は兄はもう死んでいたのだから。
まわりは私を傷付けまいと兄が死んだ理由を教えてはくれなかった。だけど、もう死ぬのだから知る必要なんてないか。
……いや、知りたい。私は知らなきゃいけないんだ! もう地面は近い。ダメ、死んじゃう!! 私は死を覚悟して、ギュッと目を瞑った。
「そんなに兄が死んだ理由が知りたいか」
「え?」
目を開けると、そこにいたのは黒い翼の生えた少年がいた。
「あれ? 私、死んだんじゃ……」
どこか怪我でもしていないかと、身体を触って確認するも、かすり傷の一つすらない。あたりを見渡すも、そこは私の知っている景色ではなかった。煮えたぎったマグマや、ゾンビ、はたまた奇妙な生き物までが存在していた。
真っ暗な闇に包まれる世界。私は一瞬でここが自分が生きていた世界ではないと悟る。
「俺様が拾ってやったんだ。感謝しろ」
ふんっと鼻をならしながら、腕を組む男。とても態度がデカイ。
「俺様の姿を見て怖がらないとは何事だ、人間」
「自ら命を捨てようとしてた私が、そのくらいで怖がるとでも?」
男が正体を言わなくても、黒い翼があることから大体の予想はついた。「ねぇ、そんなことより」と私は言葉を続けた。
「私の命をあげるから、兄が死ぬ前に私を連れて行って! 私は真実を知りたいの!」
「ほぅ。お前、やはり面白いな」
「それで出来るの? できないの?」
「俺様に出来ないことはない!」
人差し指をビシッっと立て、それをこちらに向けてくる。きっと任せろというアクションをとっているんだろうけど、人を指さすなんて気分はあまりよくない。だけど、そんなこと今はどうでもいい。
「だが、一つ約束してくれ」
「なに?」
少年はさっきとは打って変わって真剣な表情になり、会話を切り出した。
「過去を見ることは出来る。だが、それがどんなに残酷な運命だったとしても、それを変えようとするな。過去の人物に触れてはならない。……いいな?」
「そんなの……」
わかっている。と、言いたかった。だけど過去を見てしまったら、それはわからない。
真実を知った時、私は兄をその場で助けてしまうかも。それは本能的に。それが駄目なことだとわかっていても。頭で理解していても、自分では止められないことだって時にはあるでしょう?
「今のお前には難しいかもしれないな。いざという時は俺がお前を止めてやる。ほら、俺の手を掴め」
「わかった。ねぇ、あなた名前は?」
「アルトだ」
「私は雫」
「綺麗な名前だな」
「そう? そんなことないわ。でも、綺麗だと言われたのは人生で二回目よ」
「初めてを言ったのは、どうせ兄なんだろ?」
「えぇ、なにか不満? 今日、初めて会ったばかりなのに?」
「別に」
アルトはそう言うと、プイッとソッポを向いてしまった。だけど、しっかりと手は握ってくれている。とても大きくて、かたい男の人の手。こうしていると、兄の手の感触を思い出してしまう。
「ほら、こっちだ。ついてこい」
「この先に過去へと繋がると扉があるんだ」とそっちの方向を指差しながら、目的地へ足を進めた。
「ねぇ、アルトは兄が死んだ理由知らないの?」
「知るわけないだろ」
歩いてる途中、私はアルトに素朴な疑問を投げかけてみたが、案の定知らないみたいだ。知っていたら、過去に連れて行くなんて言わないよね。
「アルトはどうして死んだの?」
「さぁな」
「なにそれ」
「悪魔になる前にそういう記憶は消されんだよ。お前、そんなことも知らないのか?」
「知らないわよ。だって、私、人間だし」
「それもそうか」とアルトは納得した。
「着いたぞ。ここが過去に行ける扉だ。雫。さっき言った言葉、覚えてるよな」
「過去の人物には何があっても触れない」
「よし、良い子だ。それじゃあ、扉を開けるぞ」
「ねぇ、アルト。私を拾ったって言ってたけど、なんで?」
「なんとなく放っておけなかった。ただ、それだけだ」
「……」
アルトの耳が赤いのは何故だろう? もしかして照れてる、とか。こうしてると、アルトも普通の人間みたい。
ギィーと重たい扉が開かれた。
やっと、真実を知ることが出来るんだ。
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