1話 転生
次に目を覚ますと、黒髪の若い女性が真上から俺を覗き込んでいた。
女性というものに疎い俺でもわかるほどの美女だ。
更にあとから筋肉質な茶髪のイケメンが反対側からこちらを覗き込んできた。
珍しい奴らだ。俺の顔を見た人間は大抵気味悪がるものだが、不思議なことにこいつらはどこか慈愛に満ちた表情をしながら俺を見ている。
「------」
「------------」
「--------」
ん、何かしゃべっているが、なんて言っているのか分からねえ。
神霊召喚の手がかりを集めるためにあらゆる国を巡った俺は、現存する大半の言語を覚えたのだが、もしかしてここは俺が行ったことのない超辺境の国なのか?
そんなことを考えていると、女性のほうが俺の体を持ち上げて抱きかかえた。
更にその豊満な胸を露出させて俺の顔を押し付けてきた。
いきなり何をするんだと思ったが、俺の体は俺の意思に関係なくそれを吸い出し始めた。
(……そうか、俺、転生したんだ)
ここになってようやく気付いた。
今の俺の体は赤ん坊。道理で体が思うように動かないわけだ。
だが、あの女神はどうやらちゃんと仕事をしてくれたらしい。
幸いなことに生まれてすぐ捨てられることもなく、気味悪がられてもいない。
これだけでも若干満足しかけている自分の幸福ラインが低すぎて泣けてきた。
「-------」
「-------------!!」
相変わらず何言ってるかさっぱり分からないが、言語はゆくゆく覚えていけばいいだろう。
これでも魔法使いの端くれ。勉強は得意なんだ。
♢♢♢
あれから3年の月日が流れた。
かなりの時間がかかってしまったが、ようやく俺は今の状況を理解することができた。
まず、結論から言うと俺はこれまで生きてきた世界とは全く別の世界に転生した。
国の名前は日本。他の国の名前も調べたが、俺が知っている国名は一つもなかった。
「あら、
「うん」
「将来はおりこうさん間違いなしね! えらいえらい」
今生の俺の名前は
そして笑みを浮かべながら俺の頭をなでているのが、母親の
生まれてすぐは全く身動きが取れなかったので、聞こえてくる未知の言語を記憶して分析することしかできなかったが、ハイハイを覚えてからは積極的に自宅の書斎に足を運び、あらゆる書物を読み漁った。
どうやら俺が生まれた逢花家は、日本の中でも有数の名家であり、いわゆる金持ちの家らしい。
まあ、父親の逢花
「あのほん、よみたい」
「んー、これかな?」
「うん、それ」
俺が指をさすと、美理が指定した本をとって俺の前に置いてくれた。
普段は霊術で本を浮かせて手元に引き寄せているんだが、こういう時は素直に母親に甘えた方が多分いい。
ちなみに、どうやらこの世界では魔力のことを霊力と呼んでいるらしく、それを用いて様々な現象を引き起こす術を霊術と称している。
だが俺にとっては霊術も魔術も大して変わらないので、この身に宿った霊力とやらは問題なく扱うことができた。
もちろん前世と比べたら微弱もいいところだが、これのおかげで情報収集がはかどっているので今のところ不満はない。
「またむずかしい本を選んだね。お母さんが読んであげようか?」
「ううん、だいじょうぶ。ありがとう」
今俺の目の前に置かれた本は「霊術師と邪霊の歴史」という本だ。
そしてそれに対抗して、霊術などを駆使して戦うのが霊術師である。
なお、俺は速読が得意なのでぺらぺらとハイペースでページをめくっているが、そのせいもあって母親からは、内容は理解していないがとりあえず本をめくるのが好き、と捉えられているようだ。
まあこの年齢で内容をちゃんと理解していたら気味悪がられても仕方がないので、そう思われているのは逆に好都合だ。
そんな訳で母親に見守られながら読書を堪能していると、奥の方からバタバタと足音が聞こえてきた。
「ただいまー! 今日もここにいたのか!」
「あらあなた、おかえりなさい」
「唯人は本当に本が好きなんだなぁ……俺が子供のころは書庫なんて近寄りもしなかったんだが」
「ここのところ毎日よ。ちょっと目を離したらいつの間にかここにいるの」
「勉強熱心で結構なことじゃあないか! これなら将来はきっと学者さんにでもなるんだろうな! って言いたいところなんだが……」
母親に代わって俺の横に座って豪快に頭を撫でてくる父親だが、その表情が僅かに曇った。
そしてしばし静寂が場を支配する。
ああ、言われなくても分かっているさ。俺が生まれた逢花家は歴史ある霊術師の家系だ。
元を辿れば古代日本の陰陽師を祖先に持つらしく、その影響もあって逢花家に生まれる子供は基本的に強い霊力を持つらしい。
だからこそ逢花家に生まれた子供は例外なく霊術師を目指して教育を受けることになる。
間違ってもこの子の将来は学者だ! などと言って教育を歪めることは許されない。
(……ならちょっとだけ安心させてやるか)
俺は霊術を用いて次の本にアプローチをかける。
わざとらしく手を伸ばし、こっちに来いと念じるそぶりを見せつつ、実際に浮かせて手元に引き寄せたのだ。
いつもやっていることだが、両親の前で霊術を使うのはこれが初めてのこと。
それを見た両親は会話もそっちのけで目を丸くしていた。
「お、おい。見たか今の?」
「え、ええ……今のってまさか、霊術……?」
「バカな……この歳で霊術だと!? まだ唯人は3歳なんだぞ!?」
「でもそれ以外で説明できないわ!」
俺は驚く両親そっちのけで新たに手に取った本を読み始める。
この国の文字はひらがな、カタカナ、漢字の3種類が混合しており、さすがの俺でも理解するのに非常に時間がかかったが、分かって仕舞えばどうということはない。
だが、読み進めていた途中で不意に体が浮き上がるのを感じた。
「すごいなー唯人は! 勉強だけじゃなくて霊術の才能もあったのか! さすが俺の息子だ!」
「これは本当に将来が楽しみね!」
気が付けば俺は雄二に持ち上げられ、高い高いをされていた。
二人が笑顔を浮かべながら、俺に対して期待に満ちた視線を送ってくれる。
(……ああ、褒められるって、やっぱり最高の気分だな)
前世では、俺がどれだけ努力したって褒めてくれる人はいなかった。
魔女に新しい魔術を見せた時だって、それくらいできて当然としか言われなかったのに、逆に失敗したら酷い罰が待っていただけだった。
それに対して今はどうだ。何をやったってえらいえらいと褒めてもらえて、精一杯の愛情を示されて、食事に困ることもなく生きていくことができる環境。
これを幸せと言わずしてなんと言う。
ならば俺がこれからやるべきことはただ一つ。
この幸せな人生を全力で守り抜く。
そのためならどんな努力だって惜しまない。
改めてそう強く決意した。
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