第3話 パパとおじさん、大冒険(三十路篇)


 「…下手なことを言ったら、えらいことになるぞ。もう、こういうのは名前が色々、出尽くしてるんだ」

 「うん。そうだな」

 「ここは大人的に、火ぃ噴いているほうがマルス・ソードで、雷バチバチいっているほうがジュピター・ソードだ、ということでいこう」

 そのパパの言葉に、

 「なあ…悪いけどよぅ…それも大人的にダメだと思うんだ」

 おじさんは、言った。

 「なに言ってんだよ。考えてもみろよ、三十路の野郎の俺たちが美少女に見えるかぁ! つっこまれたら、『ローマの神様の名前だぜ』って言っとけっ」

 そうパパは、怒鳴った。

 「そうか…そうかもな…」

 「なんだよ。なんなんだよ、さっきからっ。四方八方に気ィ遣いまくりやがってよぉ! それでも悪の幹部だった男かぁ。でぇんと構えとけっ!」

 「あのさぁ、パパ…」

 僕は、おずおずと言った。

 「その剣、危なくないの?」

 だって、マルスなやつは、ぼうぼう燃えてるし、ジュピターなやつはカミナリが出ている。どう見たって、どうかしている。

 「危ないよ。お前はまだ、触っちゃいけないよ」

 カッターナイフと同じノリで、パパはそう言った。

 「パパは、だいじょうぶ?」 

 「だぁいじょうぶだよ」

 パパはそう答えたが、目がぎらぎらして、どこかいっちゃってる。パパこそが、あんまり大丈夫じゃない。あぶない人だ。

 「ねえ…家、火事になったら、どうするの?」

 「だぁいじょうぶだよ、これ、魔法の剣だから。俺たちが『燃えちゃダメ』と思っているものは燃えねえから」

 こっちも、なんてガバガバな設定だ。

 「なんで、そんなもの使えるの?」

 その僕の質問に、

 「今まで言わなかったけど、俺たちが、超地底魔法王国の王家の血を引いているからだよ」

 パパは、またそんなガバガバな設定の返事で答えた。

 「えええっ!」

 僕は、驚いてママを見た。ママは、ふつうの顔をしてお茶を啜っていた。なんてこったい、僕だけが知らなかった。

 「じゃあ、飯も食ったし、そろそろ行くか」

 パパが、やおら立ち上がった。

 「どこへ?」

 すると、パパは五月のお日様のように爽やかな笑顔で、

 「お礼参りだよ」

 とてつもなく物騒なことを言った。

 「ねえ、パパ…」

 僕が「お礼参りってなに?」と訊く前に、

 「よおし、行くぜぇ!」

 パパは、鉄砲玉となって飛び出していった。おじさんやママの制止も聞きゃあしない。

 「あのぅ、どうも、いろいろとすみませんでしたっ。あいつの後を追いますんで」

 おじさんは、ママにへこっと頭を下げて、慌ててパパの後を追った。

 「パパのおにいさん、腰が低いねえ。ほんとに悪の幹部だったの?」

 首を傾げるママの横で、僕は、言いたいことをうまく言えなかったのを後悔していた。

 


 こうして、うちのパパは、おじさんと一緒にサイキョウマンの基地『サイキョウ・ベース』に乗り込んでいった。

 ゴールデンウィークの午後は、大騒ぎだ。大乱闘の大混乱だ。

 テレビの夕方のニュースで見ていたけれど、うちのパパとおじさんこそが、ほんものの最強だった。 

 鉄砲玉のパパをなだめながら戦うおじさんは、子供の僕から見ても、あのブラックシュバリエの動きじゃなかった。雷をバチバチいわせてジュピター・ソードをぶん回し、パパを背後から襲おうとする敵に、

 「危ない!」

 と、手からドドーンと雷を放ったり、どう見たって通常の三倍だ。

 「おじさん、最初から、その剣で戦えば良かったじゃん」

 と僕は思ったが、おじさんはおじさんで、理由があるのだろう。

 そして、

 「殴られたやつの痛みを知れぇ! 殴られたらいてぇんだよ! 知っているかぁ、このハンサム野郎‼」

 と、サイキョウマンを鉄拳でぶちのめしたパパは、気付いているだろうか?

 テレビにうつるパパは、サイキョウマンの正体の、あのキラキラハンサムよりもかっこよかった。おじさんもそうだけれど、テレビにうつるどんな綺麗な人よりも綺麗なパパは、最強に綺麗でかっこよかった。日本人なら普通なはずの黒い髪と黒い瞳が、パパとおじさんだと、最強にクールで大人っぽくて、どこか謎めいていて、かっこよかった。

 そうだ。

 うちのパパは、普段は自分にモブ顔になる魔法をかけている。若いころに、パパを好きな女の人たちによる、警察沙汰になるような流血沙汰のキャットファイトを、何度も何度も見てきたそうだ…それで、ハンサムでいつづけることに、疲れてしまったらしい。

 けれど、おじさんが何度も殴られてブチ切れたパパは、魔法の力を全部戦闘に向けてしまい、自分にモブ顔になる魔法をかけることじたいを忘れていたっぽい…さっき、僕はそれに気が付いたんだけれど、パパの勢いに押されて言いそびれてしまった。

 主人公のキラキラハンサム・半寒田健生はんさむだたけおを、彼よりさらにキラキラなハンサムのパパが、

 「このハンサム野郎‼」

 と叫んでぶん殴る、このカオス。

 「男の強さは、暴力じゃない。もっと別なところにあるもんだ。ケンカなんていけないよ」

 と、いつも僕に言っていたパパは、正義の秘密基地で正義の味方の仲間たちのすべてを剣と拳でぶちのめした。

 空手も、中国拳法も、カポエイラも、ムエタイも、瞬殺でのしてしまった。

 「ねえママぁ、あれは、ケンカじゃないの?」

 テレビの中の大乱闘を見ながら、僕は訊いた。するとママは、

 「あれは、正義の鉄拳よ」

 と、パパの姿にうっとりと見惚れながら言った。

 「正義をやっつけちゃってるよ?」

 「パパが、正義よ♡」

 「ふうん」

 なんだかよくわからない。もう、いいや。

 「女の子には親切にしなくちゃいけない。泣かせちゃいけないよ」

 パパはそうも言っていたけれど、相手が男ならばどうでもいいのだろうか。みんな、地面に転がって、ひいひい泣いてるじゃん。

 パパは、とどめに正義の基地を、

 「おりゃああ」

 と、マルス・ソードで一刀両断にしてしまった。

 「あああ…」

 正義の皆の、悲鳴の合唱が聞こえた。

 しかし、パパの怒りは、こんなんじゃ晴れなかった。

 パパは、おじさんが止めるのも聞かずに、返す刀で悪の組織の総本部に殴り込み、

 「よし、幹部に返り咲かせてやる」

 とご満悦で二人を迎え入れた悪の大魔王シュバルツブラックに、

 「うるせえ! へっぽこ野郎! てめえ、うちの兄貴をよくも安月給でこきつかってくれたな‼」

 と、マルス・ソードで袈裟懸けさがけ一閃で倒し、それでもやっぱり鬱憤がはれずに、ここでもおじさんと暴れまくった。

 「さっきまでの俺の部下が、ここにいるんだ。いたたまれないから、これくらいにしよう…あいつらも根はいいやつなんだよ」

 かつての仲間がだんだん可哀そうになってきたおじさんに泣きつかれて、

 「しょうがねえなぁ」

 と、うちのパパはようやく矛を収めた。剣だけど。

 悪の組織の総本部も、潰滅したらしい。

 「おりゃああ」と、パパが、こっちもマルス・ソードで一刀両断だ。

 「あああっ! 35年ローンが!」

 悪の組織のナンバー2の大神官が、悲鳴をあげていた。再起は無理かもしれない。

 「35年ローンかぁ。うちとおんなじだね」

 テレビに映る大神官の泣き顔を見て、ママがぼそりと言った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

ぼくの悪の幹部おじさん 短編版 市川楓恵 @fujishige

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ