ヤンデレ母からの追跡、僕は死ぬほど逃げ回る。
ミロク
第0話 僕は今から旅に出る。
リースと呼ばれる惑星がある。
それは僕たちが住んでいる惑星のことだ。
星のなかでも海という水源が豊富にあって、森という植物の楽園があるから生物にとってこれほどうってつけの惑星はない…らしい。
なぜこのように断定できないのか。
それは母の言っていることがどうにも信じられないからそう言ったのだ。
母の知識は、どんな本よりも優れた知識を持ち合わせている。これは否定しない。が、それでもそんな宇宙規模の話をされても実感が湧かないのが普通だ。
だから、そういうものであると、わからないことをそのまま鵜呑みにすることにした。
理解はしなくてもいいけれど、そういうものだと思い込めば、不思議なことなんて無いのだ。
そうーー胸に秘めて、僕は母のもとを出て、旅に出たのだ。
☆
僕が旅に出ようと思ったのは、至ってシンプルな理由だ。
いろんな世界を見てみたい。
町や人を見てみたい。
象っていない曖昧な思いが、いつの間にか膨れ上がっていた。
母には内緒で準備を進めた。
内緒と言っても、多分母には筒抜けだったと思う。けれど、なにも言わなかったのは、きっと僕が成長し巣立ちするのを見守りたい思があったからだ。
僕自身、いつまでも子供では居られないし、母に迷惑をかけたくない。
自慢の母のもとで育ったからこそ、母には僕が世界に一人立ちすることを望んでいてほしい。
グッドタイミング。
大きいリュックに必要最大限の荷物を詰め込んでいつでも旅立つ準備を整えてから二週間が経った。
夕刻。
早めの夕飯を取ることになった僕はダイニングテーブルの席についた。円卓には綿を網目に編んだテーブルクロスが掛けており、その上には豪勢な食事が並んでいた。
骨付きスペアリブやカルパッチョ、魚のソテーに山盛りサラダ。バゲットの中にはこんがりと焼いたパンが置いてあった。
僕は焼き立てのパンの——小麦の風味を嗅ぐのが大好きだ。
癖になって、バゲットに顔を近づけ、ずっと匂いを嗅いでしまう。
「おやおや。また犬みたいなことをしてるのか、全く変わらないな」
奥からやってきたのは、僕の母さんだ。
銀色の長髪に褐色の肌。ダークエルフを思わせるそれだが、見当違いである。少々肌の露出が多い装束で、たわわな胸が今にも肌着から溢れ出そうではある。妖艶で美貌なその姿に、誰しもが見惚れ、見惚れるはずだ。自慢の母ではあった。
——だとしても相変わらずその装束が好きなのだな……。
こんなことは言っているが、もう見慣れた光景であるし、育ての親に欲情するほど僕の脳みそは腐っていないのだ。
「悪かったな」
と、僕は呟いた。
そそくさと席に着く母。
僕は対面に座り、服にソースが付着しないようにエプロンをかける。
いただきます。
サラダを食べて、魚のソテーを頂く。パンを千切ってソテーのソースを拭くようにつけて、口に放り込んだ。
母の食べ方はワイルドで、スペアリブを切り分けもせず塊のまま持ち上げると、そのまま豪快にかぶりつく。骨までも頑丈な顎で噛み砕いて、ゴクリ……と飲み込んだ。そして同じことを繰り返した。
食事中、食べ始めは僕や母はあまり喋らない。
会話が弾むタイミングは決まって残りの料理が少ないときに限る。そして厨房から手作りデザートを母が運んでくる、その時である。
今日は紅鬼苺のショートケーキだ。
酸っぱさが強い果物だが、癖になると美味しいのだ。
「今日は庭で良いのが採れたのだ」
僕はフォークで切り取って口に放り込む。
美味い、やはり美味しい。
頬が蕩けそうなほどに。
「やっぱり美味しいよ。母さん」
「いつも感想を言ってくれるな。ま、嫌な気分にはならないがな」
と、母も小さく切り取ったケーキを口に加える。
会話が始まった。
話題は現状についてである。
「近頃、野獣共が荒々しくてな。それの被害の対処をしろとの連絡が来た。自分たちで被害を食い止めようとしているらしいが、やはり人手不足らしい」
母はつまらなそうにフォークを手の中で回し始めた。
「そうなんか。まぁ、庭の連中も怯えていたし、どうにかならんものかなぁ。不安がってたし、あいつら」
コホン。
母が咳払いをしたとき、僕は会話の流れが変わるのを予感した。
「そこでだ。私が直々に出ようと思うのだ。野獣の対処に」
僕はフォークを落とした。
珍しい。そんなこと面倒臭がってやらない性格なのに。明日は空から飴玉でも降るんじゃないのか。
「ハハッ。私でも思うさ。けれどどうやら少し面倒に鳴りそうなのだ。ま、最近は家に籠っていて退屈していたし、丁度外の空気を吸うにも良いと思ってな」
僕の胸の中に、高揚感が湧き上がり始めた。
もしかして……。
「二週間ほど外に出る。出かけるのは自由だが、一人にさせるのが申し訳なくてな。先に伝えておこうと思って」
片目を瞑って、こちらを見つめてくる母。
僕には、それが合図のように感じたのだ。
わくわくが止まらなかった。
きっと顔に出ていただろうが、もうこの衝動は抑えが効かなかった。
「明朝には出発する。なーに、散歩ついでに行くだけさ」
「ああ……気を付けてね」
僕は泣きそうになるのをぐっと堪えた。
汗が目に入ったから、だ。きっとそうだ。
ケーキをささっと食べ終えると、僕は逃げるように部屋を出た。
母の視線が痛く感じたが、どこか憂いているのも分かる。
ありがとう、母さん。僕のわがままを聞いてくれて。
☆
「ああ、お前も気を付けてな」
彼の母——マアトは静かになった部屋で、一人そう呟いた。
☆
母が城を出て行ってから三時間が経った。
そろそろ行こう。
僕は麻袋を背負い、門を潜り抜けた。
その先は森ではあるが、真っすぐに向かえば街がある。
最初の街の名は——ミスリル。
まずはそこへ向かう。
胸に秘めた思いを乗せて。
風は追い風、背中を押してくれる。
「さあ、出発だ!」
僕は声を張り上げて、歩き始めたのだった。
……それが僕の冒険譚の終わりへ向かう旅とも知らず。
ヤンデレ母からの追跡、僕は死ぬほど逃げ回る。 ミロク @Miroku92
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