第十二話 『かけ違えたボタン』
安全地帯に着くと、エレナはローブを脱いで地面に敷いた。少し離れた位置にアッシュも腰を下ろすと、道具の点検をしながら、今日手に入れた魔石を眺める。
駆け出し探索者にとっては収入源となる迷宮の産物である。
探索者はこれを拾い集めて、ギルドに買い取ってもらうことで生計を立てている。
だがそんなものは自転車操業でしかなく、低階層で拾える質の悪い魔石は二束三文にしかならない。
だからこそ、探索者は連日迷宮に潜るしかなくなり、そのせいでリスクも飛躍的に増大していく。
「魔道具か……」
魔石とは比べ物にならないほど高価な代物だ。売れば一生働かなくて済むほどの財をなせる物もあると聞いている。
ただ迷宮の最深部を目指すアッシュにとっては、無用な長物ではあるが。
「あ、先客がいたんだね」
人の声が聞こえてそちらに視線を向けると、そこには三人の探索者がいた。
「ルシウス……?」
「うん? 僕のことを知っているのかい? はっはっは。有名になりすぎるのも困りものだね」
豪快に笑うルシウスに対して、アッシュは慌てて彼に詰め寄る。
「お前、俺のことを忘れちまったのか!?」
「んん?」
「俺だよ! つい数時間前にお前といただろ!?」
アッシュの剣幕にルシウスは顎に手をやって考える素振りをする。優しげな青い瞳がアッシュの事を見つめるが、すぐに彼はため息をついて肩を竦める。
「悪いね。君の顔には一度も見覚えがない。珍しい黒髪だからもし知り合いなら忘れたりはしない筈だけど」
「嘘だろ……? おい、どうしちまったんだよルシウス」
「おい! そこまでにしとけよ!」
ルシウスの言葉に衝撃を受けているアッシュの耳に、怒号のようなものが聞こえる。
「誰だか知らねえがうちのルシウスにちょっかいかけてんじゃねえぞ?」
大きな声を出したのはルシウスのパーティメンバーであるロクロだった。
「いや、そんなつもりは……」
「うるせえ! 大方、ルシウスに取り入って甘い汁でも啜ろうってんだろ? 駆け出しの新米がいい度胸してんじゃねえか」
「は、はあ? なんで俺がそんな真似しなきゃいけねえんだよ!?」
「さっきから、お前の事を見てたが、お前、どうしてルシウスの事を知ってる? 先回りするみてえに、安全地帯にいるのも怪しくて仕方がねえぞ」
ロクロは据わった目つきでアッシュを睨む。
何かがおかしいと思った。
「ちょ、ちょっと。何があったの!?」
少し離れた場所で休憩していたエレナが、慌てて近づいてくる。
「エレナ。お前は……お前も覚えてるよな? 数時間前にここで一緒に話したろ? そ、そうだよ。あのミーナとは随分と仲良く」
「──なんで私の名前を知っているの?」
今まで黙って成り行きを見守っていたミーナが、妙に強張った声を出す。
「え……?」
「おい。ミーナ。お前、こいつと知り合いじゃねえよな?」
「違う。一度も会ったことない」
「な、何を言ってんだよっ……?」
アッシュは頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「気味の悪い野郎だな。ぶん殴られたくなけりゃ、さっさと出ていきやがれ」
「さ、先にここにいたのは俺たちだろうがっ! なんでお前の言う通りにしないといけねえんだよ!?」
「ちょ、ちょっとアッシュ!? 落ち着いてよ!」
「落ち着く!? これが落ち着いてられるかよっ! ロクロ! お前もどうしちまったんだよ!? 前はあんなによくしてくれてただろ!?」
「俺の名前までっ……」
アッシュは意味のわからない状況に冷静ではいられなかった。
確かに知り合ってから数時間も経っていない。けど、彼らはアッシュを助けてくれて、いろいろと話をしてくれた。純粋な人の善意というものを与えてくれた。
だからアッシュにはこの状況がやるせなかった。
「──少し黙ってくれ」
ルシウスの言葉で、過熱していた場がしーんと静まり返る。
「ルシウス……?」
「悪いが、僕たちはこれから迷宮に潜るために準備をするところなんだ。集中しないといけないし、言い合いをする時間はないんだ」
ルシウスの言い方に、アッシュは口籠る。ロクロもバツが悪そうにしていた。
ルシウスは今までは冷たかった表情をふと和らげる。
「僕は君の顔は知らないけど、君のことはきっと知ってる」
要領を得ない言い方に、アッシュは疑問符を浮かべる。
ロクロがアッシュの方をちらりと見ると、ルシウスに問いただす。
「……んで? 誰なんだよこいつは?」
「君は僕たちのパーティに入りたいって子だろ? 確か名前はアッシュだったかな?」
ルシウスがアッシュの事をわかってくれている。それだけで、アッシュは荒んでいた心が落ち着いていくのを感じた。
「そ、そうだ。俺がアッシュだ。や、やっぱり覚えてたんだな? 冗談きついぜ」
「──この話は終わりだ」
だが、ルシウスは再び感情の見えない表情になると、問答を終わらせる様に壁を作る。
「え?」
「僕は君をパーティに入れるつもりは無いし、二度と顔を合わせて話すこともない」
「な、なんでそんなこと……?」
「君たちは駆け出しだろう? 物資もそこまで多くはないみたいだし、きっとこの安全地帯で引き返す算段だった。ならそれを少し早めてくれないかな?」
「そんな強引な言い方……」
「はい。わかりました。私たちはこのまま迷宮を出ます。申し訳ありませんでした」
「エレナ……?」
アッシュの言葉を遮って頭を下げるエレナ。それを見て、ロクロが舌打ちをする。
「情けねえ奴だなお前。一人で勝手に喚いて、挙句の果てに女に謝らせんのかよ」
その言葉に苛立ちを覚え、またも何かを言い返そうとするアッシュだったが、エレナに袖を引かれる。
「帰ろうアッシュ? 目的の三階層には到達できたんだし、ここにはもう用はないわ」
到底納得などできるはずもなかったが、エレナの不安げな表情に折れる他なかった。
「ちっ……ロクロ。お前がそんな奴だとは思わなかった。じゃあな」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえねえな。だっせえ捨て台詞だぜ」
――――――――――――――
アッシュとエレナは必要なことだけを話しながら迷宮を出た。
迷宮を出ると外は昼だった。アッシュは日の光を浴びて、眩しさに俯く。
「大丈夫なの?」
エレナの言葉にアッシュはゆっくりと顔を向けた。エレナは眉を下げて気遣う様な表情をしている。
「別に。なんの問題もねえよ。それより、エレナがいるとやっぱり楽に三階層まで行けた。感謝してる」
「ふ、ふーん。やっぱりアッシュは私がいないと駄目みたいね」
何故か勝ち誇る様な顔でそっぽを向くエレナに、アッシュはため息をついた。
「迷宮での事は……悪かった。なんか俺も混乱しててさ」
三人がアッシュとエレナの事を知らないふりするのは腹が立ったが、虫の居所が悪かっただけかもかもしれない。
「別にいいわよ。初めて迷宮で戦闘したんだもの。少しくらい動揺したっておかしくないわ」
「初めて……?」
「それに私だって謝らないといけない。アッシュに余計な話した」
落ち込んだ様子を見せるエレナに、アッシュは慌てる。
「余計な話ってなんだよ……別にそんなの」
「──ジークの話、アッシュにするべきじゃなかった」
エレナは口惜しそうに表情を歪める。
彼女はきっと、パーティから抜けた経緯を多少は知っているんだろう。だから、アッシュがどんな思いでいるのかも察している。
「……別に、俺は気にしてなんかないから」
「ううん。そんな筈ない。私はアッシュがリシャに乱暴なことしたなんて信じてないし、アッシュが役立たずだったなんて思ってない。だからそれを伝えたかったけど、それを伝えて、アッシュがどんな思いになるかとか、考えてあげられてなかったと思う」
エレナは心底悔しそうに歯噛みする。
「……悪い。気にしてないって言ったのは嘘だ。けど、もういいんだ。誰も信じられなかったけど、エレナはこうやってまた一緒に迷宮に潜ってくれただろ? それが単なる罪悪感から生まれたものだったとしても、やっぱり一人は不安だったし、嬉しかった」
「それはっ……違うわ。罪悪感なんかじゃない。私は私がしたいからしてるだけ」
「……そっか。エレナはさ。俺になんで迷宮に潜るのか聞いたよな?」
「え?」
アッシュは少し緊張しながらも話を続ける。
「俺は……遠い故郷に帰りたいんだ。その為の手がかりが、迷宮にはあると思ってる。だから、迷宮の最深部を目指してる」
アッシュの言葉に、エレナは何も返事をしなかった。
「──笑えるだろ? 単なる利己的な理由だ。高尚な目的なんてものはなくて、ただここにいたくないから、ここから逃げるために迷宮に執着してる。それが正解なのかもわからないのにな」
どれだけ沈黙が続いただろうか。エレナの顔が見れなかったアッシュの耳に、乾いた音が響いた。
「……ふう。よしっ」
「お、おい何してんだよ?」
エレナは自分の頬を、両手で強く張っていた。そのせいで白い肌に赤みがうっすらと差している。
「いいの。私が私を許せないからこうしただけ」
「許せないって、何が?」
「ずっと考えてた。アッシュは迷宮が嫌いなのに、どうして迷宮に関わるのかって。そんなに嫌なら、逃げちゃえばいいのにって」
「……」
「けど、間違ってたのは私だったんだ。アッシュは逃げるためには立ち向かわなきゃいけなかったのね……。きっと、辛かったと思う。なのに私、アッシュのこと何度も嫌な事をわざわざやって、馬鹿みたいって思ってた。どんな事情があるのかも知らなかったのに」
「……俺の話を、信じてくれるのか?」
「アッシュは嘘はつかないでしょ。少なくともつまらない嘘はつかないって知ってるから」
これまでアッシュが話してきた相手は、誰もその話を信用しなかった。当然だ。迷宮と故郷に何の関係があるのかと、当のアッシュ本人も理解されないとわかっていたのだから。
なのにどうしてエレナはこんな突拍子のない話を信じてくれるのだろうか。
だが、それに対して不信感ではなく、安心感を覚える自分がいることにアッシュは驚いた。
「故郷に帰れたらいいわね。私も応援するわ」
「はあ……くそっ」
上を向いていないと、涙が溢れそうだった。この世界に来てから、誰も信用できず、誰からも信用されないと思っていた。
なのに、エレナはアッシュの何もかも足りてない話を、一片の疑いすらなく信じ切ってしまう。自分の話でもないのに、自分のことの様に悲しみに満ちた顔をする。
「ありがとうね。私に話してくれて」
無理に作った様な笑みは、その裏に自分を責める様な表情があることに、アッシュは気づいていた。
だから、アッシュはエレナに言った。
「礼を言うのは俺の方だ。ありがとう。俺の話を信じてくれて。救われたよ。本当に」
その後は、道端で座り込んで他愛もない話をした。
別れる時にエレナが「また明日ね」とぶっきらぼうに言った。
アッシュは少し気恥ずかしさを感じながらも、それに返事をした。
「ああ……また明日なエレナ」
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