第26話 祭壇


「せっかくです。古代遺跡を探索しませんか?」島主は、消化不良らしく言い出した。


「母さん、どうしたら?」ノルドは、セラに尋ねた。


「構いませんよ、ノルド。行ってきなさい。私は帰ります。」セラは、用が済んだとばかり家に帰って行った。


 彼女は、自分がいない方が冒険らしくなると思っていたし、実は遺跡の中も知っていた。


 ヴァルを先頭に、古代遺跡に足を踏み入れた。階段を降りると、そこがゴブリンたちの棲家であることがわかった。


 壁には何物かの彫刻が施されており、かつて礼拝の場として使われていたことがうかがえた。

 

 煙幕玉の効果がまだ残り、空間は煙で満たされている。ガレアが風魔法で煙を吹き飛ばすと、ゴブリンたちが食い散らかした家畜の死骸や糞が露わになり、同時に積もっていた埃が舞い上がった。


 鼻をつくような腐敗臭と汚物の匂いが辺り一帯を支配し、思わず息を止めたくなるほどの不快感が広がった。


「うっ……たまらん!」


 ガレアは風魔法を放ちながら、ノルドを庇って階段を駆け上がった。嗅覚が鋭い少年は鼻を押さえ、苦しげな表情を浮かべている。


 ヴァルもたまらずその場を飛び出し、煙の中から一瞬で姿を消した。


「すまない、無理をさせたな……」


「大丈夫です」ノルドはスカーフで顔を覆い、ポケットから取り出したレモンオイルを垂らして応じた。


「これで、何とか……」


 しばらく時間をおいて再度遺跡に突入することにした。ヴァルも渋々ついてきた。


 ノルドが一歩踏み出し、突然立ち止まった。目を閉じて深呼吸すると、遺跡の奥から漂うかすかな聖なる気配を感じた。


 それは冷たい空気の中に潜むその力は、この場所がただの遺跡ではないことを物語っている。


「何か、感じる……」ノルドが静かに漏らす。


 ガレアは振り返り、懐かしげな笑みを浮かべた。「こういう場所で冒険していた頃を思い出すな」


 部屋に入ると、ガレアは水魔法を使い、石室の中央が少し高くなっていることに気づいた。両脇には溝があり、水が流れ落ちていくようだ。


「やはり、この溝は水路だな」


「詰まっているところを直して、流れるようにしましょう。それと、この室内もきれいにしたいです」


「ただの遺跡だろう?そこまでやる必要はないと思うが」


「このままじゃ駄目な気がするんです。島主様、手伝ってもらえませんか?」ノルドは真剣な表情で訴えた。


「わかった」


 ガレアが水魔法で壁や岩石の床を洗うと、汚れが落ち、滑らかな床や精緻な彫刻が鮮やかに蘇っていった。


 ノルドは黙々と掃除を続けながら、ぽつりと呟いた。「この場所、なんだか……放っておけないんです。理由は分からないけど」


 地下はこの部屋だけのようで、他の部屋への入り口は見当たらない。


「ヴァル、探索してきて!」


「ワオーン!」


 助かったとばかりにヴァルは溝に飛び降り、勢いよく走り去った。


 その間、ノルドは手袋をはめ、大きな塵や埃を掴み取ると、嫌な顔ひとつせず布袋に詰めて地上に運んでいった。


 埃の中には乾燥した植物の破片や土の塊が混じっており、時折パリッと音を立てて折れた。


(この少年、本当に変わってるな……)とガレアは内心思いつつも、その真剣さに感化されていた。


「なんか、楽しいな!」


 ガレアはいつしか普段の退屈な日常を忘れ、作業に没頭していた。



 しばらくして、ヴァルが戻ってきた。自慢げに、ノルドとガレアに『ついて来い』と顔で示した。


 ヴァルは遺跡を登り、森の匂いを嗅ぎながら進んでいき、やがて小川にぶつかった。


「ワオーン!」と川に飛び込んだ。上手に泳ぐ小狼は、向こう岸で何かを見つけたようで、川を渡ると体を振って水滴を飛ばし、合図を送った。


「そこに何かあるのか?」ノルドの体では泳ぐのは危険だと感じ、少し躊躇した。


「任せておけ、シシルナ島の男だ!」島主はノルドを背負い、飛び込むとヴァルの元へ向かって泳ぎだした。あっという間に、対岸についた。


「吸水口の蓋かな。少し上げてみよう!」


 蓋の取っ手に紐を結びつけ、引っ張るが、なかなか動かない。


「えいやぁ!」みんなで力を合わせて引っ張ると、蓋が少し動いたのか、川の流れが急に変わり、水がどこかに流れていった。


 紐を木にくくりつけて遺跡に戻ると、室内に水の流れる音が響いていた。少しだが、水路に水が流れている。


 綺麗になった室内は、静謐な雰囲気を漂わせている。浮き上がった壁に彫られた彫刻は、一つの物語を語りかけているようだった。


ノルドは、この物語に見覚えがなかった。


「くしゅん」秋の夜の冷たい川の水で、服が濡れてしまっている。ガレアは衣服を脱いで乾かそうする。


「ノルド君、すまないが、火をつけてくれないか? 火魔法が使えないんだ」


「え! そうなんですか?」


「ああ、魔術師としては珍しいと思うよ。ただ、どんなスキルが獲得可能かは神のみぞ知るだ」


 ノルドが合図をすると、ヴァルがアーマリーバッグを持って戻ってきた。袋から蝋燭を取り出し、部屋を照らし始めた。ちょうど祭壇と思われる場所に灯火台があり、そこに蝋燭を置くことができた。


 部屋の温度が、なぜかどんどん上がり始めた。


 蝋燭の光だと思っていたものが、実は火の精霊で、見えないほどの大きさで蝋燭の周りをぐるぐると回っていたのだ。

 

その数は、何十、何百にもなり、やがてガレアたちにも見える大きさに成長していた。


「エルフツリーで見たのと同じかな?」ノルドがヴァルに尋ねたが、ヴァルは暑さに耐えかねてか、遺跡の入り口で寝ていた。


 ガレアが目を向けて驚いた。彼は祭壇に向かい、両足を石室につけ、両手を組み、祈りを捧げていたのだ。


「ガレア・シシルナ、この島主をしております。精霊王様、この島の行末をお守りください」


ノルドも真似をして、祈りを捧げた。


「母さんの病気が良くなりますように」


 やがて蝋燭が燃え尽きると、精霊たちは静かに姿を消した。


「ノルド! 何してるの?」リコとセラが心配してやってきた。いつの間にか朝になっていたようだ。


「綺麗好きね、ノルドは!」セラは楽しげに笑いながら、彼の様子を見守っていた。


「母さん、ここは何ですか?」


「ここはね、大聖女様も来たことがある、精霊王の祭壇の一つよ」


「帰って、ご飯食べようよ! 朝の散歩でお腹減った!」リコは真剣に困った顔をした。


【後がき】


 お時間を頂き、読んで頂き有難うございます。⭐︎や♡等で応援頂きますと、今後も励みになります。又、ご感想やレビュー等も一行でも頂けますと、飛び上がって喜びます。 引き続きよろしくお願いします!  織部


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