第10話 アシッド村のガク

 ついてきてと言う彼の言葉に従い、一行は村の門から続く小道を歩いていた。

 この先をもう少し歩けば、村長の家があると言う。


「そういえば。名前、教えてなかったよな。俺はガク、よろしくね」

「ガク! よろしくな!」


 案の定チッタが元気良く言ったのに対し子供が好きなのか、ガクはその表情を少し緩めた。

 その時向こう側から「ガク兄!」と慌てた様子で駆けてくる少年と少女がいた。

 近づいてきた子供達にガクは「どうした、何かあったのか?」と怪訝な表情で子供の背丈に合わせてかがんだ。どうやら村に住んでいる子供らしい。

 男の子の方が何かを伝えようとするが気が動転しているのか上手く言えないようで、それを見兼ねたもう片方の少女がガクに口を寄せた。彼女の言葉を聞いた彼はなんだって、と驚きの声を上げ、その声に結衣菜達三人は何かあったのだと息を飲んだ。そして彼は再び、口を開いた。


「村長の孫娘が、行方不明だ」


 銀色に輝く彼の髪が風に揺れ、美しい瞳が不安気な暗い色を帯びたようだった。


***


 先ほどの子供たち二人を含めた一行はひとまず居なくなった女の子の祖父であるこのアシッドの村長に会うため、ガクの案内で村中で一番大きな家の前に来ていた。


「ここだよ」


 そういったガクが扉の前に立ち、何かの決まりごとなのだろうか、三回ノックをした。誰だ、と低くしわがれた声が返り、彼は言葉を返した。


「ガクです。南の吊り橋の件でディクライットの騎士団の方が。それと……チャチャが居なくなったと聞いて」


 返事とともに村長とおぼしき濃い灰色の髪にそれと同じ色の長い髭を携えた老人が開いた扉の向こうから顔を出した。


「旅の方、疲れているじゃろう。チャチャの話も詳しく聞きたい。立ち話もなんだから、みんな入りなされ」

「……いいんですか」


 何故かそう返したガクを一目みやり、村長は何も言わずに中に入って行った。彼はその長い銀色の睫毛を少し伏せ俯いたがすぐに顔を上げこう言った。


「みんな、入ろう」


 ガクの言葉で村長の家に入った結衣菜たちだったが、事がかなり深刻なのか重い空気が漂っており、チッタでさえその雰囲気を察知し口を閉じたままであった。大きなその広間のような部屋にはおそらく村の住人であろう中年の男の人たちが何人か立っていた。


「ディクライットの騎士団の方……と言ったな。伝書は届いておる。すまないがこの件は後回しにしてもいいかね。こちらも緊急事態でな」

「構いません。あの、宜しければ私達もお話を伺ってもよろしいでしょうか?」


 わかったと頷きながら村長は何か袋のようなものに入った紙を取り出した。


「さきほど皆にも見せたが、こんな手紙が届いた。ガク、読んでみろ」


 少し困惑の色を見せながらガクが手紙を受け取って、中を開いた。

 ──娘は隠した。本当の村人には見つけることができないだろう。彼女は永遠に暗闇の中で孤独に怯え、そしてその命を果たすだろう。


「なんだよそれ……」


 不穏な言葉が綴られたその紙切れの文字を彼が読んだ後、真っ先にそう呟いたのはチッタだった。


「厚かましいようですが、脅迫文にしては変な手紙ですね。本当の村人……ではないとすれば、私達旅人のことでしょうか」


 そう流れを切ったティリスの言葉に村長はいや、と一言告げ、首を傾げる彼女に彼は続ける。


「おそらく、このガクのことだろう」

「でもガクさんはこの村の人、だよね?」


 驚いた結衣菜に、ガクは再び俯き村長はごほんと一つ咳払いをした。周りにいた村人は黙りこくっている。

 触れては行けない話題だったのか、と結衣菜も口をつぐんでいると、「とにかく」と村長が重い空気を断ち切った。


「わしのかわいい孫娘がさらわれたのじゃ。心当たりがあるものはいないか」


 村人たちが顔を見合わせ、何かコソコソと話をしだす。その視線の先にはまたしても銀髪の青年、ガクの姿があった。村人達と何か確執があるらしいその人が何かを言おうと口を開けたその瞬間、再び村長が口を開いた。


「お前じゃないだろうな?」

「そんなっ!」


 そう半ば叫ぶように言ったガクに村人は非難の声を浴びせる。お前がやったのだろうという決めたかの言葉。

 いったいこの村はどうなっているのだろうか、これでは単なる弱いものいじめである。

 ふと結衣菜がティリスを見るとなぜか深刻な顔つきで目を逸らされてしまった。彼女の緑色の綺麗な瞳が何かを知っているかのように揺れている。


「俺はそんな……あの子を拐って何の得が……」

「お前があの子を助けたように装えばこの村での居心地が良くなる。理由は一つ、それで十分じゃないか?」


  絞り出すように言葉を漏らしたガクに追い打ちをかける言葉。彼に投げかけたその目は冷たく、まるで憎んでいるようなものであり、結衣菜は背筋に冷たいものが走る。

 止まない村人の野次の中から邪魔だという言葉が聞こえたその時、遂に彼は堰が切れたように駆け出し、逃げるように村長の家から出て行ってしまった。


「待てよ!」


 追いかけようとしたチッタが扉をくぐる前に振り向き、こう言い放った。


「おじさん達最低だかんな! あいつ絶対違うもん!」


 再び重い空気が部屋を包む。ティリスはなぜかとても落ち込んでいるように見え、結衣菜が声をかけようとしたその時、彼女も口を開いた。


「私達も様子を見てきます」


***


 村長の家からそう遠くないところに彼らはいた。


「ガクさん!」


 そう声をかけたティリスを一瞥したガクはチッタに声をかけ、こちらに歩いてくる。


「先ほどは……」


 何か声をかけようとしたティリスにいいんだ、と彼は一言返し続けた。どうやら言葉を交わさずとも二人の間では何かが伝わったようだ。


「それより、村長の孫がいそうな場所に心当たりがあるんだ。俺はチャチャを探しに行く。悪いが君たちはここで待っていてくれないか? ……あの様子だとこの話が収まらないと君たちは用事を終えられな……」

「俺たちも行く!」


 彼が言い終わる前にチッタが叫んだ。目を丸くするガクに、伝わらなかったと思ったのか彼は首を傾げて言い直す。


「俺たちもチャチャを助けに行く!」

「で、でも……」

「私もついていきます。……早く用事を終わらせるためには、ね?」


 微笑んだティリスの表情にはガクへの気遣いが隠れているようで、困惑しながらも彼は頷いた。


「分かった。……で、君はどうする? 危ないだろうから村で待っていたほうがいいと思うけど……」

「あたしも行きます」


 ガクは心配そうだ。村の子供へ向けるような視線を感じて、結衣菜は付け加えた。


「騎士団の人もいるし、大丈夫」

「そう……じゃあ行こうか。心当たりのある場所は、ここから東に半刻ぐらい歩いたところにある」


 そう言って歩き出した彼を追い抜いてチッタが走り出した。


「じゃあそこまで競争な!」

「ちょっと! 遊びじゃないのよ!」


 ティリスの声が聞こえているのかいないのか、チッタはどんどん遠ざかっている。

 ただの迷子捜し。その時、彼らはまだそうとしか思っていなかったのだった。

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