第47話あれから
町を追われ、秘境での暮らしをはじめてもう二か月が経とうとしていた。
泉のそばを拠点にしたことで、水源が近くにあって飲み水や生活に必要な水には困らないし、魚も釣ったり獲ったりできるので、我ながらいい判断だったんじゃないかと思う。
私が作った人造人間のホムちゃんは、相変わらずのパワーで弱った樹木を石鉈でズバンと切り倒している。
ぬいぐるみみたいに可愛くて小さいのに。もうなんんか、最近は土木担当みたいになってる。
おかげで、昼間でも陰気で薄暗かった森にどんどん光が差しこんで、明るくなっていった。
切り倒した木は、薪と木材に仕分けし有効活用している。
木材で柵を作ったり、必要なものから順に使っているので木の家がまだ建てられないでいる。
当初から変わらず、私の家は草を編んだグレードとしては最底辺の家のままだ。
まあ、今のところ困ってないからいいんだけど。
ホムちゃんのそばには、ヤギ型の魔獣マットメークンのマット君がいて、現在除草作業こと食事中だった。もしゃりもしゃり、と雑草を食んでいる。
もこっとしている毛のせいか、フォルムが丸っこい。
マット君(メス)は、ミルクを採集できるし、糞は畑の肥やしにすればいいし、除草作業もしてくれるし、大変役に立つ。私を乗せて移動することもできるお役立ち魔獣である。
物干し小屋には、マット君のミルクから作ったチーズを水抜きしている。濾すための布がだいぶ乾いてきたので、もう一息というところだろうか。
それを小屋の上からじいーっと見つめているのが、魔鳥のキューイだった。マット君のチーズの魅力を知ってしまってからは、作るたびにああして出来上がりをずっと待っている。
私と出会ってから舌が肥えたのか、手間がかかった食べ物をやたら好むようになり、ただ焼いただけのものは、あまり口にしないのである。
タダ飯食らいの鳥ではなく、貴重な卵を生むというとんでもない大役があるので、私の生活には欠かせない存在になっていった。
空を飛べるというのも大きい。
「おはよう、リオ君」
もう一つの草の家から、ビクトリアさんが出てきた。
「おはようございます。ってもう昼前ですけどね」
「あれ? そうなの? ここって、時間感覚が変になるわね」
不思議そうなビクトリアさんは、桶を反対にして椅子代わりにして座る。
以前私が住んでいた町の領主様お気に入りだったビクトリアさん。
どうにかして伯爵の元から救出したのも、もう三日も前のことだった。
「まだ本調子じゃないですか?」
「うん。でも、ずいぶんよくなったと思う。寝ぼすけなのは、前からなの。ごめんなさい」
いたずらっぽく笑って、白い歯を覗かせた。
救出したあの日。
仮死から生還したビクトリアさんを見て、感極まって伝えたいことがあると私は言った。けどビクトリアさんが体の調子も悪いので休むことになり、そして、今に至ってしまった。
勢いで好きだと言ってしまえたらよかったのだけど、そのきっかけがなくなって、切り出しにくくなってしまった。
言っても困らせるだけなら、胸に秘めておくほうがいいんじゃないか、と思うようになってきている今日この頃。
「草の家とベッドで、大丈夫ですか?」
体調が回復するまでここにいてもらおうと思い、私が使っているのと同じ物をさくっと作ったのだけど、アレでよかったんだろうか。
「もちろん。生還したときにも寝かせてもらったけど、作ってもらった物もぐっすり眠れるわ」
「ならよかったです」
ここでの生活は自由かも知れないけど、不便で厳しいことも多い。
伯爵のお気に入りとして屋敷で生活していたビクトリアさんには、不満に思うことも多いだろう。
こんなに綺麗で気立てがいい女性が、人間との関係を絶って山暮らしするなんてもったいなすぎる。
どこかの貴族に気に入られて結婚することだって全然あり得る。
ビクトリアさんへの気持ちは確かだけど、ここでの暮らしを強制するつもりはない。
男の私と違って、女性のビクトリアさんは、何かと困ることも多いだろう。
「リオ君。私に送ってくれた手紙の紙ってまだある?」
「? はい、何枚かありますけど」
「見せてもらえる?」
「いいですよ」
不思議に思いながら、私は家に置いていた数枚の紙を持って戻る。
「これです」
「ありがとう」
何をする気なんだろう。
ビクトリアさんは、手触りを確かめたり、太陽に透かしてみたり、折ってみたり、引っ張ってみたり、何かを試しているようだった。
「やっぱりすごいわ、これ」
「この紙が、ですか?」
「そう。強度も高いし、薄いし、ペンで書きやすそう。表面がさらっとしているし。……どうやって作ったの?」
興味津々なようだったので、私は製作過程を一から教えた。
「へぇ~。繊維からこうして? 布と紙で分岐点があるのね?」
「そうなんです!」
興味を持ってくれたことが嬉しくて、試行錯誤の過程をツラツラとしゃべってしまう。
「布を作るときに何度も失敗してたんで、その経験が活きたんでしょうね、きっと」
「うんうん」
にこやかにうなずいてくれるビクトリアさんに、私ははっとなった。
「あ、すみません。つまんないですよね」
「ううん。面白い」
「面白い?」
「とっても」
「とっても?」
ビクトリアさんって、もしかして変わってる……?
いや、こんなところで生活している私が言えた義理ではないけど。
「屋敷で見たときから、すごい紙だなぁって思ってたの。これも血筋なのかしら……便利なものを売って広めたいって」
「売る?」
ぽかんとしている私に、ビクトリアさんは目を輝かせながら迫ってきた。
「そう! 私が売るわ。一〇枚一〇〇〇リンくらいで」
「高っ」
「安いわよ!」
「全然……どこが?」
原価なんてないし、私の手間があるくらいだ。それが一〇枚一〇〇〇リン?
「だって、こんなの見たことないわ。屋敷にだってなかったわよ?」
「そうかもしれませんけど」
「お金儲けも多少あるけれど、世に広めるべきものだと言っているわ」
「誰がですか」
「血よ」
「血ぃ?」
「父が商人だったの。その手伝いをずっとしていたから、自然とそういう視点を持つようになったの」
はぁ、と私がきょとんとしている間にも、ビクトリアさんは何やら使命感に燃えているようだった。
「とっても、とっても、とーってもいい品なんだから、世に広めたい……いや、広まるべきよ」
血がそう彼女に呼びかけているらしい。
「ビクトリアさんがそんなことしなくてもいいですよ」
「私だって、あなたの役に立ちたいの」
切実な表情に、有無を言えなくなってしまう。
そんなふうに思ってくれていることも嬉しかった。
「ちょうど今一〇枚あるから、売ってくるわ」
「え? え? えぇぇ? 展開が急すぎる。ビクトリアさん、体調が悪いんだから大人しくしてないと」
え? と首をかしげたビクトリアさん。
「ええっとー、うん、そうね。大丈夫じゃないけれど、大丈夫よ」
どういう意味だ。
混乱と困惑でグチャグチャになっている私を放って、ビクトリアさんはマット君のほうへ近づいていく。
「この子よね? 森の外まで案内をお願いします」
「……ま」
小さくぺこりと頭を下げたビクトリアさんを見て、マット君は「まあいいだろう」みたいな反応だった。
マット君がいれば、たしかに森の出入りは問題ないだろうけど、体は本当に大丈夫なんだろうか。
というか、行動力がありすぎて、私の注意なんて聞く耳を持ってくれない。
ああ、もうしょうがない。
「気をつけて! 無理しないように!」
「うん! 行ってきます!」
ひらひらと手を振って、ビクトリアさんは拠点をあとにした。
「大丈夫かな」
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