錬金術師の山暮らしスローライフ ~死のうと思って魔境に来たのに気づいたら快適にしてた~

ケンノジ

第1話しがない錬金術師は苦労している

「リオ、すまん! 金貸してくれ! 一五〇万ほど!」


 親友のアルバスが私に頭を下げた。

 これまで彼がこんなふうに頭を下げることも、金を貸してほしいなどと言ったことは一度もなく、突然の頼みごとに私は面食らうしかなかった。


「どうしたんだよ、いきなり」


 一五〇万というのは、私が錬金工房を開くために貯めていた開店資金だ。

 頭を上げた親友は、申し訳なさそうにポツポツと語りはじめた。


「妹がいるって話はしたよな……」


 要約すると、離れて暮らしている妹が盗賊に襲われて足を失う大怪我を負ったそうで、治療費と当面の生活費が必要になったという。


「おまえしか頼めないんだ」


 親友の必死な頼みごとに、私は数日間考えることになり、そして返事をした。


「わかった。わかったよ」

「ありがとう、リオ!」


 泣いてお礼を言うアルバスは私と固く握手をした。


 正直、アルバスの話が本当かどうかは判断しようがないけど、それくらい私にとって彼は大きな存在だった。

 お金でどうにかなるのであれば、それが一番だ。返ってこなくても、お金はまた貯めればいい。

 後々になって、この件が笑い話にできるくらいになればいい。


 ――そんなふうに思っていたが、翌日から彼は姿を消した。


 行き先は妹がいる地元の村だろうか。

 お金を借りたことで気まずくなり、挨拶しづらくて去っていったんだろうか。

 それとも、騙されたんだろうか。








「え~~!? なんでそんなことするのよ!」


 仕事で屋敷にやってきた私に、ここのメイドであるビクトリアさんは、どちらを叱ったのかわからない発言をする。抱っこしている猫は退屈そうにあくびをしていた。


 ビクトリアさんの自室でのことだった。

 彼女は、錬金術師として私に定期的に仕事を依頼してくれるお得意様だった。


「ひどい話ですよね」


 ははは、とどうにか笑ってみせるけど、話をする度にお金も親友も失くしたのだと実感して、力が抜けてしまう。


「なんで貸しちゃうのよーっ!」


 苦言を呈したのは私のほうだったらしい。


「でも、まだ騙されたって決まってないですから」

 と、一応親友の良心を信じてフォローしてみる。


「何言ってるのよ! 後ろめたいから挨拶もなく蒸発するんでしょう!?」


 うん。そうなんだよ……。

 その通りだよな……。


 正論にヘコんで、事実にまたヘコむ。

 私は肩を落として力なく言った。


「はい、もう、おっしゃる通りです……」

「もう……」


 呆れたようなため息をこぼすビクトリアさん。


 今日は猫が割ってしまった花瓶を元に戻す仕事だった。


 なんでも、屋敷に住みついてしまった猫らしく、粗相がバレると放り出されてしまう。それを阻止したいから、ビクトリアさんはわざわざ自腹を切っているという。


 以前頼まれた仕事は、猫がダメにした絨毯を元に戻してほしいとか、猫が引っ掻いて傷をつけた家具を直してほしいとか。

 ……猫絡みの依頼が多いが、ともかく、そういった修理屋のような扱いで贔屓にしてくれている。


 私が設定している依頼料は、買い替えるより安くつくというのがウリなので、単価は高くなかった。

 大きな町でもないため仕事の数も少なく、私はどうにか毎日暮らせているような錬金術師が、私、錬金術師リオ・リンドヴァルだ。

 師匠や他の高名な先生であれば、そんなこともないようだけど、私みたいな無名の錬金術師に大した集客力はない。


「破片はこれで全部ですか?」

「ええ。ちゃんと捨てずに取ってあるわ」


 布の包みを開けて破片の様子を見る。

 あまりに粉々だと再生不可能だけど、つまめるサイズであれば大丈夫だ。


 花瓶の再生は簡単で、錬成の紋様を描いていき、花瓶と割れた欠片をその上にのせる。

 準備が整うと相応の魔力を流す。

 魔力放出と同時に花瓶が光りを放ち、収まったころには元の姿に戻っていた。


「わあ」


 手品を見た子供のようにビクトリアさんが声を上げた。


「いかがでしょう」


 割れたはずの花瓶を持って、ビクトリアさんに確認してもらう。

 この段階になって文句を言われたことは一度もなく、今回も「いつ見ても面白いわね、錬金術って」と、お馴染みのセリフをいただく。


 ビクトリアさんは革財布から修理代の三〇〇〇リンを差し出した。


「どうも」

「もっと取ればいいのに」


 元町娘らしいざっくばらんな発言をするビクトリアさん。

 年齢は私の三つ下の二二歳だという。

 噂では、奴隷として買われてきたという話で、今は屋敷で仕事をしている。

 ……にしては、部屋が広い。

 私の一人暮らしの部屋より断然大きい。


「信用が一番なので人を見て料金を変えたりしませんよ」

「真面目なのね。またお金貯めていくつもり?」

「そうするしかありません」

「お店を持つのが夢だって言ってたのに。その人もそれをわかってたでしょ? なのに逃げるなんて最低だわ」


 お金だけを失う程度ならまだよかった……いや、これも相当堪える。何せ、自分の錬金工房を構えるっていうのは、錬金術師として憧れであり夢でもあるからだ。それがゼロになってしまうのは、言葉にできない絶望がある。


 それよりも辛いのは、親友すらも失ってしまったことだった。

 ちょっとした食事やお酒に付き合ったり、付き合ってもらったり、他愛のない話ができたのにその相手がいなくなってしまった。

 唯一の友達といってもよかった。


 怒りを大爆発させることもあったが、もう今ではただただ虚しい。


 仕事道具を鞄に詰めて、お暇しようとしたときだった。

 別のメイドさんが血相を変えて中に入ってきた。


「ビッキー!」

「何よ、そんなに慌てて」

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