第18話 ウィン・マグノリア
勇者の一族。
エレファンの世界は定期的に脅威に襲われる。巨大クジラだったり竜だったり悪魔だったり魔王だったり。その種類は様々だ。
そんな世界滅亡の危機に立ち向かうために、女神フォーシングからの加護を授かっているのが勇者の一族だ。
彼ら彼女らに共通するのは、常人には一つしかないエレメント適性が二つあることだ。水と風とか、土と闇とか。まあ普通に強い。扱えるエレメントが増えるということは、様々な戦闘シーンに対応できるからだ。
ウィンは炎と光のエレメントに適性がある。火力に優れた炎魔術をメインウエポンにして、ピンチになったら光魔術で回復ができる。単体で完成された性能を誇る。さすがは全プレイヤーが必ず使うキャラ。開発者もしっかり強く作ったのだろう。
ぶっちゃけ、ウィンを強くするだけでゲームはクリアできるからな。公式チートと言っても差し支えない。
ちなみにヒロインの誰とも結ばれないままクリアすると、エンディング後に女神フォーシングからお叱りを受けることになる。エンディング後の隠しシナリオも解放されないので、しっかりヒロインといちゃいちゃしておこう!
閑話休題。
さて、問題は目の前にそのゲーム主人公がいることだ。
うーん……まあ、今の俺には害とかないだろうし深く考える必要もないか。
「こんなに早く同性の同級生が見つかってよかったよ~。僕、田舎から出てきたから知り合いが誰もいなくてさ」
「確かに、そんな感じの見た目だな」
ウィンの服装は、ゲームでの初期装備である『旅人の服』だ。防御が微増するだけで他に効果はない。さらに言えば、一体どんな旅路をたどってきたのか服のあちこちに落ち葉やら土埃やらが付着している。
「……もしかして、歩いてきたのか?」
「え? うん、まあね。お金はあまり持ってないから」
たはは、とウィンが笑う。ゲーム開始時の所持金って千シング(一シング=一円)とかだったか。装備も武器も大したものは持っていないのに、一体どこにお金を使ったのだろうか。
「実は、途中の街で盗まれちゃって……」
「しっかりしろよ……」
いや本当に。今明かされる衝撃の真実に開いた口がふさがらない。お前、世界を救う勇者なんだぞ。
「ライガは、汽車できたの? お金持ちだね」
「いや、俺は貴族に仕えている身だからだよ。ほら、そこにいる金髪ツインテが俺とお前の同級生兼俺の未来のご主人様だ」
「へー……って、お、女の子!?」
横で成り行きを見守っていたセナ達に視線を向けると、何故かウィンが素っ頓狂な声を上げた。
「ご、ごめん! 僕用事を思い出したからもう行くね!」
「い、いやちょっと待てよ。せっかくだし彼女達にも挨拶しておけって。こう見えても結構重要な立場の人達なんだぞ」
ゲーム時よりもタイミングは早いが、むしろ好都合だ。ウィンという男の存在をメインヒロイン達に周知するのは、今後の展開に大きく影響してくる。とっととくっついてさっさと世界を救ってくれ。俺はウィンの小さな背中を押して、セナ達の方に近付いていく。
「き、貴族様とかでしょ!? ならなおさら僕に近付かない方がいいよ! 僕は──」
「ちょっとライガ? いつまでその人と話してるのよ?」
「──ひぃ!? ごごごご、ごめんライガ! じゃあね!」
見かねたセナが俺達に近付き、その仕草にウィンが悲鳴を上げて背を向けて走り去ろうとする。
が、ウィンが振り向いた先には、当然俺がいるわけで。
「あっ!?」
「うお!?」
勢いよく突撃してきたウィンを支えることもできず、俺は彼と共に地面に倒れこんだ。
「だ、大丈夫ライガ!?」
「あらあら、怪我はありませんか?」
「ん、痛かったら私が治す」
セナ、ダイア、アルスが慌てる声が聞こえる。が、その様子がわからない。何故か視界が真っ暗になってしまっている。おかしいな、【ブラックカーテン】を使った覚えはないんだが。
あとなんか下半身でなにかがもぞもぞしている感じがする。
……なぁんか既視感があるんだよな。この、ウィンが慌ててずっこけて周囲に居る人がそれに巻き込まれるシチュエーション──
──まさか。
俺がエレファンの『とあるシステム』に思い当たると同時に。
「い、いたたた……ごめんライガ、だいじょ──うわあああああああ!?」
男が出したとは到底思えない、ウィンの甲高い悲鳴が響き渡った。
「あ、あんたたち、なにやってんのよ……」
そして、セナのげんなりとした声も聞こえてきた。
察するに、ウィンの頭が俺の股間に、ウィンの股間が俺の頭に乗っていた状態だったのだろう。
本当に、この世界はやってくれるぜ……。俺は深くため息を吐き、それが股間に当たったウィンから「ひぃ!?」と再び悲鳴が上がった。
◇🔷◇
ラッキーサプライズシステム。略してラキサプ。
エレファン運営の性癖とサービス精神と悪ノリが存分に詰め込まれたこのシステムは、非常にシンプル。ウィンとヒロインが突然エッチなハプニングに見舞われるというものだ。
ウィンが何気なく伸ばした手がヒロインの胸を揉み、体勢を崩したウィンの頭がヒロインの下半身または胸につっこむことになる──いわゆるラッキースケベ要素を引き起こすシステムだ。
特定の場所にヒロインと赴いたときや、特定の衣装を着たヒロインと特定の時間に会った時などによく発生した覚えがある。
専用のイベントイラストまで用意されており、運営的にも力を入れていたのがよくわかる。
──しかし、これはユーザー間でも非常に賛否両論を呼んだ。
『エッチなの最高!』『もっとやれ!』『ラキスケキター!』と喜ぶ者もいれば、『正直ノイズでしかない』『戦闘職がそう何度も転ぶな』『現代のコンプライアンスに合っていない』『エレファンは硬派なゲームなのに……』『ヒロインが普通に可哀そう』『これのせいで人に布教しづらい』『エロゲでやれ』と嘆く者もいた。というか、嘆く人の方が多かった。
実際、このラキスケのせいでエレファンはお色気ゲーと誤解されがちだった。断じて『硬派なゲーム』ではなかったが、王道のファンタジー作品だった。俺も「めっちゃ面白いのに、このラキスケがなぁ……」と思って友人に勧めることはできなかった。
更に悪いことに、このラキスケシステムがSNSの風紀委員達に見つかって大バッシング。元々ユーザーからも芳しくない評判だったので、運営はその後アップデートで『ラキサプオフ機能』を実装した。そうしたらしたで『ポリコレに屈するな!』と外野から言われてしまうという散々な目に遭ってしまった。
ラキサプとは、そういう曰くつきのシステムなのである。
まさかそれが現実にもあって、しかもその被害に遭うのが男の俺だとは思っていなかったけどな……。
「ご、ごめんねライガ……わざとじゃないんだよ……」
「いや、気にすんな。俺も無理にセナ達と引き合わせようとして悪かったよ」
ダイアが予約してくれていたカフェレストラン。壁際の一番暗くて狭い席に座った俺は、目の前で肩を縮こまらせるウィンに苦笑を返すしかない。ちなみにセナ達は離れた席から俺達の様子を見守っている。たまにひそひそ話しているのが心臓に悪い。
「昔からこうなんだ。何もないところで転んじゃって、近くに居た女の人を巻き込んじゃって……それで変態とか屑とかゴミとか色々言われて……」
「さ、災難な人生を送ってきたんだな……」
流石に同情してしまう。先ほどの態度も納得しかない。そりゃあ女性に近付こうとも思わなくなるわ。
「男の人を巻き込むことはなかったから、これまでは男の人と一緒に魔物を倒してきたんだけど、性別も関係なくなったら、もういよいよ僕と仲良くしてくれる人がいなくなっちゃうよ……」
「……」
ウィンの悲壮感溢れる独白に、俺は無言を返すことしかできない。
なんとかしてやりたいが、世界の定めみたいなものだからな。死亡フラグをブチ折るよりも難しいかもしれん。
「……まあ、もう一回言わせてもらうけど、俺は気にしてないから。今後ともよろしく頼むよ」
「えっ……い、いいの!?」
ガバッとウィンが体を乗り出してくる。その気迫に押されながらも、俺はこくこくと頷いた。
「あ、ああ。ウィンは俺にとっても貴重な同性の友人なんだよ。だからウィンがよければ……」
「うん、うん! こちらこそよろしくね、ライガ!」
ウィンは満面の笑みを見せながら、握りしめた俺の手を何度も振るのだった。
それからは互いの身の上話をして、俺とウィンは別れた。俺は一緒に寮に行こうと思ったのだが、なにやらウィンにはやることがあるらしい。
「ライガ、じゃーねー!」
元気よく手を振るウィンの姿は、なんとも微笑ましいものだった。
俺が応えるように手を振っていると、横に立っていたセナがジトっとした視線を向けてくる。
「……あんた、女の子だけじゃなく男の子も誑し込むのね」
「人聞きの悪いことを言うな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます