第7話 どうしてこうなる?

「──良いか、穀潰し。いつも言っているが、ここから出てくるなよ。今日は特にだ」

「はい、おとうさ──」


 バキィッ! 俺の頬が固い拳で殴られる。


「俺はお前の親ではない。フリューゲル様と呼べ!」

「……申し訳、ありません。フリューゲル様」

「……フン。最近は妙に物分かりがいいな。ようやく自分の立場を理解できたか」


 俺が深々と土下座すると、父──フリューゲル・ウィステリアは面白くなさそうに息を吐いた。

 ここウィステリア家の当主で、俺をこの物置小屋に押し込めている張本人。ライガの人生で最も大きな障害が、目の前の彼だ。

 まあ、彼も妾に托卵された身なので怒るのは当然ではあるが……産まれてきた子供に非はないだろうがよ。理不尽な話だ全く。


「お前はウィステリア家繁栄のコマにしか過ぎん。努々忘れるなよ」

「……はい、心得ております」


 フリューゲルが荒々しく音を立てて地上へ上がっていくのを、俺はひれ伏したまま見送った。


 ──繁栄のコマ。

 フリューゲルの言葉はそのままの意味だ。そして、俺が──ライガ・ウィステリアが生かされている理由でもある。


 妾とその不倫相手の間に生まれたライガは、見た目が整っている。フリューゲルはライガの顔を使って他貴族の娘との婚姻を結ぶつもりだ。いわゆる政略結婚である。


 フリューゲルが狙っているのは主に二つ。隣領のプリムローズ家と、この国の支配者であるハイドレンジア家。両家共に、ライガと同い年の娘がいる。

 プリムローズ家との婚姻が成れば、隣接する広大な領地は手に入ったも同然。王家は言わずもがな。


 俺にとってはクソ親ではあるが、フリューゲルは貴族としては優秀な部類に入る。隣国との境にウィステリア領が置かれているのは、王家からの信頼の証。なので取り入ることも理論上は可能だ。


 ライガとセナがゲームで出会うのも、両家の会談を笠にしたお見合いが開かれる時だ。


 まあゲームをやってたら全部机上の空論に過ぎないのは分かっちゃうんだけどな。

 プリムローズ家のセナも王家のお姫様も、主人公に惚れてしまうのだから。


「──ハッ、今回の躾は早く済んでよかったなぁ?」


 痛む頬を抑えながらシナリオを回想する俺に、嫌味成分がふんだんに混じった声がかかる。


「ブリンガル様……」


 見上げると、そこには血の繋がりのない兄が立っていた。その後ろには野菜嫌いのアルフリッグの姿もある。


「そのままそこで蹲っておけよ。今日はダイア姫がいらっしゃる大事な日。妾の子である貴様の顔を見れば、姫様も気分を害してしまうだろうからな」

「そうだそうだ!」


 ブリンガルが詰り、アルフリッグが追随する。そんなことを言う為だけにこんなとこまで来たのかコイツら。暇人かな?


「……なんだその表情は? 俺に逆らうつもりか?」

「いえ、そのような事は決して」


 危ねぇ。表情に出ていたか。ブリンガルから視線を外して土下座の体勢を整える。ブリンガルもアルフリッグも単細胞なのでしおらしい態度をとっていればやり過ごせるのだ。


「ふん、歯ごたえのない腑抜けになったな。まあ、父上はそれを望んでいるのだろうが」

「つまんねー」


 目論見通り、二人はぶつくさと文句を言いながら去っていった。ガチで煽るためだけに来たのかよ……。


「しかし……お姫様ねぇ」


 ようやく静かになった地下の物置小屋で、俺は筋トレに勤しみながら独り言ちる。


 お姫様──ダイア・リンデン・ハイドレンジア。ここゼクシル王国を治める王家の姫君であり、エレファンのメインヒロインの一人。

 今日は彼女が国王らと共にこのウィステリア領に視察に来る日なのだ。だからフォーシング達は気を張り詰めていたってわけだな。


 今回ばかりはウィステリアのやり方に従おう。何故なら俺は学んだのだ。ヒロインが近くに居るときに外出するとエンカウントしてしまう、と。


 ダイアが来訪しているときに外出するなど愚の骨頂。チキンレッグ狩りになんて行くか! 俺は引きこもるぞ!

 というわけで今日は筋トレマシマシデーだ。楽しくなってきたな……!


◇🔷◇


「やっべえ……張り切りすぎた。近年まれにみる特大筋肉痛だ」


 翌日。俺は呻きながらウィステリア領の街を歩く。冷静に考えて外でモンスターを狩りに行く時間を全部筋トレに当てたら苦しいに決まっている。なんで俺はあんなことを……?


 とはいえ、だ。筋肉痛であっても修行は怠ってはならない。ライガ・ウィステリアは全身が筋肉にならなければならない。次に鍛えるのは大腿四頭筋かもしれない。

 ……相当疲れてるかも、俺。甘い物でも食べて脳を休めたいな~金がないから無理だが。


 糖分を渇望しながら街をダラダラ歩いていると、いつの間にか人影が少なくなっていた。

 どうやら頭が疲弊しきった弊害でいつもとは違う道に入り込んでしまったようだ。


 スラム街……といった眺望だな。

 道路は汚れひび割れ、地べたに座り込む人もちらほら見受けられる。周囲には妙な異臭が漂っている。建物の作りも表通りのレンガ造りのものとは違い、ぼろ小屋という表現が似合いそうな酷い出来栄えだ。


 フリューゲルの統治は権威主義的なもので、富める者にはさらなる富を与えを、貧するものからはさらなる搾取を行うタイプの政策だ。そんな政策をやっていたら当然、落伍者も出てくる。そういった人達が流れつくのがこのスラムなのだろう。


 まあそうやって切り捨てたおかげで領の税収は先代の時より上がっているらしい。元日本人としてはモヤモヤするが、これも一つの成功とその負の側面という話だ。難しいことはよくわからんが。


「──おい、てめえここら辺じゃ見ない顔だな。孤児みたいなナリだが、新入りか?」


 物思いに耽る俺の背後から声がかかる。振り返ると、そこにはやせぎすの男が立っていた。髪はボサボサの伸ばしっぱなしで、頬はげっそりとこけている。何かの病気にでもかかっているのか、妙に鼻息が荒い。

 しかしスラム街の住人に間違われるとは。これでもこの街を治める領主と同じ土地に住んでいるんですよ。


「新入りなら、俺様に何か献上しな。それがここでのルールだ」

「なんだそのローカルルール。っていうか道間違えただけで別にここに用があるわけじゃねえよ」

「なっ……! てめえ、口の利き方がなってねえなあ!」


 いきなり男が殴り掛かってくる。動きおっそ。ゴブリンより遅いぞ大丈夫か?

 ひらりと躱してちょっと背中を押してやると、男は「ぬわわ!?」と奇声を上げて地面にすっころんだ。


「ガ、ガキが……! 大人を怒らせるとどうなるか教えてやる!」


 相当な醜態を晒してもなお、男の怒りは収まらないらしい。うーん、普通に逃げたほうがよかったか? でも表まで追われて騒ぎを起こされるのも困るんだよな。騒ぎを聞きつけたウィステリア家のやつらに捕まっちゃうかもしれないし。

 どうしたもんかな、と考えていると。


「そこの者、止まれ」


 凛とした声が薄暗い路地裏に響いた。

 俺の視線の先、痩せ男の背後。そこにいつの間にか二つの人影が立っていた。


 一人は騎士のような鎧を身に着けた青髪の女性。長いストレートの髪をポニーテールにしている。

 その隣に立つのは、目深にフードを被った小柄な人物。騎士はそいつを守るようにやや前に出て立っている。


 あの女騎士、なんか見覚えが……あっ!


「チっ……領主の騎士かよ……! なんで今日に限ってこんなところに……」

「貴様の立場に同情する余地はあるが、子供に暴力を働くのは見過ごせない。即刻立ち去れ」

「っ……ああわかったよ!」


 騎士の威圧感に押されたのか、男はどこか怯えた様子で逃げて行った。


「そこの子、怖かっただろう。ここは危ないからすぐに……む?」


 頭上から、随分優しくなった女騎士の声が聞こえる。が、すぐに異変に気付いたようで怪訝そうな声を上げた。


 ──膝をつき首を垂れる俺を見て。


 やばいやばいやばい。なんで彼女が、彼女達がここに!? 会合は昨日だったよな!?

 焦ってとっさに記憶の中で最も礼を尽くしたポーズをとったが……いやでも待てよ?

 『彼女』は顔を隠している。つまりはお忍びなわけだ。そんな彼女の正体に一瞬で気付いてしまうのは……マズいのでは?


 俺はすぐに敬礼の体勢を解こうとして。


「──へえ」


 とても面白いものを見つけた、と如実に語る一声によって固まった。

 ギギギ……と首だけを上に向けると、フードを被った少女が目の前に迫って俺の顔を覗き込んでいた。


「貴方……少しわたくしとお話ししましょう」


 宝石のように透き通った声。それは酷く楽しげで、俺の頬を限界までヒクつかせる。


 顔を隠すフードの中には、少女の──ダイア・リンデン・ハイドレンジアの満面の笑みが見えた。

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